すれ違い

「用紙切れ?どこだったっけな...」

 

明日行われる期末報告の資料を作っていた。課長とはいえ、まだまだ部長、統括部長...と上の存在がいるわけである。上司から部下へという仕事の押し付けに行きつく果ては私のような中間管理職である。部下たちも必死に仕事をしているわけで、こうして作業をしていた。会社ですればいいのにと考えている方も多いだろうが、麻知は残業をひどく嫌い、それを許さない。以前、部下の仕事を手伝い帰りが遅くなった時。

 

『その部下って女...?』

 

『男だが...』

 

『そう。...........でも、私のほうが大事だよね?なんでこんなことするの?私はあなたの帰りが遅れるたびに心が痛むのに...部下より私のことが好きなら...もうこんなことしない...よね?』

 

そういい、玄関であるというのにキスをしてきた。呼吸が止まるまで長く、深いキスをされた。また、取引先との会食が長引いた際...

 

『山城様、お電話がありました。』

 

『すいません。少し失礼します...』

 

電話に出ると

 

『もしもし』

 

『聞いた時間よりもだいぶ遅れている...』

 

『連絡しなかったのはすまなかった。先方との話がすすんでな...』

 

『言い訳はいい...それで、最初に電話に出た女は何?あの女にお酌されたり、話したりしたの...?』

 

『それは料亭なんだから仕方ないだろ。女将さんや女中さんに接待されるのは。』

 

『......今そっちに向かう』

 

『は?何を言って.......電話切れちまった』

 

その後麻知が現れ、『お義父様が危篤なの!』と女優さながらの演技で周りをだまし、私を家に連れ戻した。家に帰るなり『食べて』と晩御飯を用意され『もうおなかいっぱいで入らないよ』というと先ほどまで胃を満たしていた懐石料理は麻知によって吐しゃ物となり、胃を痛めながら晩御飯を食べた。

 まぁ、そんなこともありそれ以降は残業などがあれば極力家で持ち帰りにしている。

 

「用紙は....ん?これは」

 

資料の紙束の中を探していると、ほこり被ったお菓子の缶箱があった。なんだろうかと開けてみると昔の彼女との手紙が入っていた。その彼女の家は旧家の出身で携帯電話を持たせてもらえなかったのでデートなど連絡の際は文通でやり取りをしていた。彼女との思い出とは決別をしたつもりであったが、とっていたのか...

 この頃女の子の文字と言えば丸文字というなんとも読みずらい字体であるが、それでも彼女の丸文字というのはかわいらしく思えた。麻知とはメールなどでやり取りをしていたから麻知がどんな字を書くのか知らなかった。今でも麻知の字体というのは興味のあるところだ。

 しかし、これをどうするべきだろうか...麻知に見つかれば故意がなくても責められるだろう。

 すみれのことよりも麻知のことが好きなのは事実である。麻知は私の青春時代を新しく塗り替えてきた伴侶である。時に嫉妬深いところもあるが、彼女の一途さの延長線だろう。とはいえ、手紙の処理を誤れば何をされるかわからない。捨てるとなると明日以降になるだろう。家で捨てれば何かの拍子で見られる可能性もある。

 

「まぁ明日持ってどこかで捨てよう。さて、資料をプリントアウトして寝るか...」

 

あまり時間をかけるわけにもいかない。今日も少し帰りが遅れややご不満の様子であるし、風呂に一緒に入るという約束もこの作業を終えてからというと不満げな顔をしていた。

 こうして、山城は缶箱のことはひとまず置き寝る前にでも片づければいいと考えた。しかし、そこから先の麻知との交わりの激しさや麻知の行動までは予測できなかったわけである。

 

**********

 

そして、早朝の出勤に戻るわけである。

 

『なんで、なんで私じゃダメなの...』

 

麻知が最後に言った言葉が胸を苦しませる。そうじゃないんだ...焦燥感や背徳感が勝ったのだろう。元の彼女を守るような言動をとってしまった。それも麻知を責めるように...自分でも悪いのは間違いなく私だと感じている。しかし、夢で彼女のことを見たことが、麻知に知られたことがなんだというのか。麻知を裏切ったような気がしてそのまま勢いで出てきたのはいいが..

 時計を見ればまだ六時前である。朝ごはんもまだである。

 

「卵かけごはんセットを」

 

「朝たま一丁入りましたー」

 

外食などいつぶりだろうか。牛丼屋で朝ご飯を食べることにした。それにしても最近の牛丼屋というのは朝ご飯らしい焼き魚などを提供するようになったのかと感心する。まぁ味は値段相応な感じであるがほぼ家出同然で出てきた者のモーニングにしては上等だろう。

 特にやることもなかったので、早くに出勤しデスクの掃除などをした。時間があるときにすっきりとさせようと考えるのだが、なかなかできずにいたのでよかったのかもしれない。今更出てきてもらっても困るなものから、小銭などいろいろなものがあちらこちらで出てきた。勤務時間に入ると、期末報告会としてそれぞれの課が決算にむけての業績報告を行った。

 

「...ということで以上で2課の業績報告を終わります。」

 

「うむ。2課のほうはだいぶ業績を上げたようだね。これも山城くんの力量といったところか」

 

「いえ、部下たちが必死に働いてくれたおかげです」

 

「えーそれでは次に3課の報告に入らせていただきます。野口課長...」

 

なんとか報告も問題なく終了した。野口の3課も特に例年通りの業績でお咎めなしだった。

 

「山城。お疲れ」

 

「あぁお疲れ。どちらもなんとか首の皮一つ繋いだって感じだな」

 

「よく言うよ。山城は今度の人事で昇進するんじゃないか」

 

「まぁ、部長はだいぶ喜んでいたけど」

 

「それで、これから部で打ち上げがあるそうだが、お前はいつも通りだろ?」

 

普段なら麻知のこともあり断っている。しかし今日は家に帰りたい気分ではなかった。時間が解決してくれるだろうと...そんな一縷の望みを抱いていた。

 

「いや、参加するよ。おい、みんなも行くのか?」

 

「課長!課長も来られるんですか?いつもはすぐ帰られるのに」

 

「まぁ、今年度みんなが頑張ってくれたんだ。会費の方は私が持つからじゃんじゃん飲みなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

「山城」

 

「...」

 

「何があったか知らないけど、朝まで付き合うよ..」

 

「ありがとう」

 

山城はその日帰ってくることはなかった。

 

「.......」

 

山城家は灯がひとつも灯っていなかった。そして玄関で崩れたように座る女性が一人。

 

おかしいおかしい...こんな時間になっても帰ってこない...なんで..どうして..

『コウくんは麻知のことを見捨てたんだよ』

もう1人の私が話しかける

 

違う!ただ帰りが遅いだけ..滉一のことだからまた約束を破って部下の手伝いをしてるだけ..

 

『そうなのかなぁ?じゃあ、なんでコウくんはあの手紙を大事にしてたのかな?』

 

...?!

 

『麻知のことよりぃあの女のほうが好きなんだよきっと。麻知とは仕方なく結婚したんだよ』

 

違うもんっ滉一は..滉一は私のことを愛してるって言ってくれたもん...

 

『違うわけないよ。麻知のことなんてもうどうだっていいんだよ。だから見捨ててどこかに行ったんだよ。もう帰らない...』

 

..うるさいうるさいうるさい!滉一は絶対に見捨てない!死ぬまで一緒。何があっても一緒だもん....

 

麻知は自分の中の疑心暗鬼と戦っていた。しかし、彼女の心は壊れかけていた。夜は彼女の闇をより深めていくだけであった。

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