オンナノコの日

雛祭りは我々男が立ち入るイベントではない。ひな人形を見て甘酒を飲む(たまにひなあられが好きな物好きもいるが)だけの男としては退屈なまつりも女の子が集まれば楽しいようだ。女の子同士のおしゃべり...画的にはとてもいいのだが、その内容は恋バナ(彼氏の悪口、男の査定)、女の悪口、愚痴がほとんどで女の群れとは地獄絵図のようなものである。

 

「うぅ....」

 

「...」

 

この2人の女の子も桃の節句に集っていた。

 

「麻知ちゃぁん...またお弁当渡せなかった」

 

「...」

 

麻知は終始黙っていた。と、いうより終始聞き手に回っているというのが正しいだろう。彼女の場合先ほどの会話例の例外である。山城の悪いところも好きだし、自分と山城以外の世界のことなど興味がない。となると彼女はガールズトークの参加資格はない。故に傍観者・オーディエンスとして参加するほかないのは詮無いことかもしれない。

 この泣いている彼女は山城の同僚・野口の奥さんである透である。元々麻知は『警戒』していたのだが、彼女の素顔を知ってからは唯一無二の親友となった。その素顔というのは、

 

〜〜〜

『じゃあ、行ってくる。ん、どうかしたか』

 

『...お、お.......』

 

『お?』

 

『お、ひなまつりケーキ買ってきて!こ、これお金!お昼の分も入ってるから』

 

『ひなまつりケーキ!?』

 

説明するほどではないが、素直になれない女の子である。野口から見れば昼を外で済ませろといわれ、時にパシリに使う彼女と自分の仲は経年夫婦のアレだと思っているが、彼女の気持ちは新婚ほどではないが、変化していない。

 

「普通に渡せばいいのに」

 

「それができれば苦労しないもんっ麻知ちゃんはどうやって渡してるのさ」

 

「はい....って」

 

麻知はジェスチャーをふまえ、もはや愛のない(ように見える)渡し方を見せる。

 

「やってみるから麻知ちゃん相手して」

 

「ん」


透が麻知に向き合い、エアお弁当箱を渡そうとする。

 

「...............はい....って無理だよぉぉぉ」

 

透は一旦、麻知のやった通りしたがすぐに膝から崩れ落ちる

 

「私のキャラじゃないもんっ絶対引かれる、キョドられる...」

 

「そんなことないよ」

 

「そんなことあるもん!だってわたし宏人(ひろと)の前じゃ麻知ちゃんみたいに...その、イチャイチャラブラブしたこと...ないもん」

 

「イチャイチャラブラブって...ぷっ」

 

「ちょっと!笑わないでよ麻知ちゃん!」

 

麻知が顔を手で覆いながら笑みを隠す。あまりにも可愛すぎる彼女が面白くてしょうがなかった。

 

**********

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「ひなまつりケーキってなんだ...」

 

山城と野口はお昼の何気ない会話をしていた。

 

「ひなまつりケーキ...知らないけど、そんなものがあるのか」

 

「いや、嫁に買ってこいと言われてな。なんでも行事にケーキを食べる日本ってなんなんだろうな」

 

「ひな祭りといえば、雛人形に甘酒のイメージしかないな」

 

「だよなー。まぁ女心は所帯を持っても分からねぇな」

 

「..だな。」

 

麻知の手中で転がされてる男と透の想いが伝わっていない鈍感な男には理解しがたい現代のひな祭りのようだ

 

**********

野口宅にて

「ただいまぁ」

 

「お、おかえり」

透はぎこちなく出迎えをした。

 

「なんだ珍しい。ケーキならちゃんと買ってきたぞ、ほら」

野口はケーキの入った箱を軽く上げ、透に見せた。

 

「その..ありがと」

 

「別にいいよ。夫婦だろ」

 

「...!宏人大好きっ」

 

「おわっ、そんなにケーキがうれしかったのか」

 

透は野口に飛びついてきた。何年振りかというくらい久しぶりの光景であった。

 

「それもあるけど、えへへ。やっぱり内緒」

 

「変な奴だな」

 

山城宅にて

「ただいま」

 

「いつもより遅い。電車も遅延してない...なんで」

 

帰ってくると麻知が玄関前におり、そんなことを聞いてきた。

 

「野口がひな祭りケーキ?を買いに行くって言ってたから一緒に買いに行ってな。ほら。麻知、甘いもの好きだし」

 

「...それはうれしい。でも、寄り道は好きじゃないって前言ったはず...早く帰ってきて欲しい。あなたはわたしのモノなんだから」

 

「あ、あぁ」

 

最後のことばは理解しかねたが、帰りが遅れてややおかんむりのようだ。

 

「今日はオンナノコの言うことは絶対...だから一緒におふろに入って、ごはんを食べて、その...夜に...」

 

麻知が言い切るのを待たずに山城はポンッと頭に手を置いた

 

「帰りが遅れてごめんよ。姫様の仰せの通りにしますよ」

 

「今日は寝かせない...」

 

春のはじまり、それぞれの夜を過ごした。

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