小菊
昨日は一睡もできなかった...彼女の家は旧家でとても厳しい家庭なのは知っていた。こうなることも理解しているはずだが、頭でわかっていてもなかなか切り替えができないものだ...
『ダイスキだよ』
彼女の最後の言葉が頭でループされる。まるでガムの銀紙をなめるほど卑しいが、この言葉の甘さをずっと味わっていた。
「おはよっコウくん....ねぇコウくんってば...コウくん!」
「え...あ、おはよう」
「もう、ボーっとして」
彼女は幼馴染だ。幼稚園の頃からの仲で昔はよく二人で遊んでいた。高校も同じで最近は通学路で会っても会話などしないのでボーっとしていなくても驚いただろう。
「どうしたの?今日なんか変だよ?あ、もしかして彼女さんと喧嘩でもしちゃったのかなぁ?」
「な、何でもねぇよ」
「....コウくん、嘘つくときは人を選んだほうが良いよ」
先ほどまでの口調とは違い、背筋が凍るような突き刺さる声で彼女は言った。
「だから、なんでもねぇよ」
「あっ」
俺は走った。幼馴染に詮索されるのが嫌だったのもあるが、この事実をまだ自分の口で認めたくなかった。
「...大丈夫だよコウくん。あの女のことなんて私が忘れさせてあげる...」
走り去る山城を見て幼馴染....北方麻知はそんなことを呟いた。彼を見る目はひどく濁っていた。
***************
「...」
「おい、山城もう昼休みだぞ。食堂いこうぜ」
「あぁ野口。今行く」
朝の麻知の様子がとても気になり仕事どころではなかった。何か言いかけていたがなんだったのだろうか..
「奥さんの様子がおかしい?」
「あぁ。いつも無口だけど、今日はそれに黒さというか、もやがかかった感じでな」
「山城が何かしたとか?」
「冗談はよしてくれよ。なにも変わったことはしてないよ。でも、今日妙な夢を見たな..」
「夢?」
「昔付き合っていた彼女と別れた時の夢を見てな。なんで今更そんな夢を見たのかわからないけどな」
「麻知ちゃんが初恋じゃなかったのか。あんなにラブラブだから初恋結婚かと思ってたぞ。」
山城の話に野口は驚いていた。
「ラブラブって...今のどこがそう見えるんだよ。麻知はそのしばらく後に付き合って結婚したんだよ」
「へぇ...誰が見てもラブラブだと思うがな..そろそろ午後の業務だ。帰ろうか」
***
「...ん」
麻知は山城のベッドに入りそのまま眠ってしまった。起きてみればもう昼下がりであった。昼食はお茶漬けと簡単に済ませ、外へ出かけた。
「こんにちは..」
「あぁ山城さんこんにちは。今日はそういえばお参りに来られる日でしたね」
「これ、お供えとお布施です。」
「いつもありがとうございます。たまには中に上がってもらってもいいですよ。」
「いえ、ではお参りさせていただきます...」
住職に挨拶を終え、墓苑に入る。今日は月命日で麻知は毎月、寺に足を運んでいる。仏花と手桶を持ち「南無阿弥陀仏」と書かれた墓の前に立つ。柄杓で墓に水をかけ、丁寧に布で磨く。草は毎月来るのでなかなか生えないため来てすることは墓磨きぐらいだ。
そして花を入れかえ、ろうそくと線香に火をつける。
「お義母さま、滉一は私が守りますから安心してくださいね。どんなことがあっても私は滉一の味方だから...」
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