第26話 楓ソード

 楓が思い付いた作戦は、これまで『絶対睡眠』の迎撃システムにドン引いていた弟の蓮や彩音の反応から着想を得た、最強の盾があるなら、盾で殴ればいいんじゃね理論に基づいた作戦である。分かりやすさから『楓ソード』作戦と楓は名付けたが


「基本的に私はまくらの上で寝てるから、モンスターがいるときだけ、まくらが私を振り回すの。戦闘時間も短縮されるし、まくらの消耗も抑えられる。どう?」

「くぅん…」 

「どうって言われても…」


 素直にドン引きする2人。

 感情的には当然反対すべき作戦だが、無駄に理に適っている分、質が悪い。


「というか、それって楓ちゃんはだいじょーぶなの?」

「わんわん!」

「問題ないよ。私はまくらと『絶対睡眠』を信頼しているから」

「そ、そっか」

「わ、わん!」


 結局、楓のその一言が決めてとなって『楓ソード』作戦は決行されることとなった。

 


 モンスターは基本的に最下層に近づけば近づくほど、強く、そして賢くなっていく。

 強く賢くと一概に言っても様々だが、敢えて言うなら、生存能力が高いと言い換える事が出来る。つまり勝てないことが本能的に分かる相手とは戦わない個体も増えると言うことである。


 ダンジョンの意思によって強制的に特攻させられる場合もあるが、『氾濫』モンスター等のダンジョンの意思から外れたモンスターたちは、生存本能に従う傾向にある。

 そのため、最下層付近で出現させられた『氾濫』モンスターたちが、『楓ソード』を携えたまくらと遭遇したらどうなるかと言えば


【【【ギャァオ!? ギャァァァ!!】】】

「くぅ…わん!」

【ギィィァァァァ!!】


 まくらをみた瞬間四方八方に逃走を始めるのであった。その中で運悪くまくらの進行方向に逃げてしまったモンスターたちは、『楓ソード』の錆にされてしまうのだった。


 この作戦は剣を振るう度にまくらに精神的ダメージが蓄積していく以外には穴の無い作戦であるため、特に障害もないまま、ボス部屋まで直行してしまうのであった。


――――――――――――――――――

 


「昨日から『氾濫』警報が発令中であった『黒の夢』において、『氾濫』及び『転換期』が発生したことを探索者協会が正式に発表しました。ダンジョン内には50人を越える探索者が探索中であったようで、未だダンジョン内に閉じ込められているとの事です」


 とあるニュース番組で『黒の夢』の騒動が特集されていた。

 急遽であったが、ダンジョンや探索者業界に詳しい有識者を呼び今回の件について意見を求めていた。


「『氾濫』も『転換期』も頻繁に発生するものじゃありませんが、特に『転換期』を向かえたダンジョン自体、日本でも数例しかないほど珍しい。これを予測出来なかったと言えど協会側に落ち度はありませんよ」

「そうですね。逆に『氾濫』警報は発令されていた訳ですから、警報に従ってダンジョンに入らない、これを徹底していなかった探索者の落ち度と言っても言い過ぎでは無いでしょう」

「『氾濫』警報や注意報は精度が低いと言われ続けていますが、年々精度は向上してますのでね、ええ」


 論調としては、警告を無視した探索者が悪いと言う方向に持っていきたいのだろう。

 と言うよりも、それ以外に言うことが無いとも言える。


「閉じ込められた探索者の対策としましてはどのようなことが考えられますか?」

「そうですねぇ……協会の発表では最下層付近で『氾濫』が発生したとの事ですので、上層に集まって集団で対処するしかないと思います」

「ミッションが発令されており、ボスを倒せば『転換期』は終了するとの発表もありましたが?」

「難しいでしょう。そもそも通常の『転換期』の期間は平均1日から3日とされています。そんな短期間ではダンジョンを攻略など不可能で―――」


 一人の有識者がアナウンサーに向かって講釈を垂れていると、速報が入ってくる。


「え、は、はい! 速報です。たった今、『黒の夢』の『転換期』が終了し、探索者たちが『記録水晶』を使い続々と帰還し始めているとの事です。帰還を果たした者たちは『ボスの討伐が完了しました』という世界の声が聞こえてきたと証言しているとの事です!」


 その衝撃的ニュースに、番組出演中の有識者たちも驚きのあまり言葉を発することができないのであった。


 

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