第25話 持ってる? 持たれる

 探索者は実力主義の世界であるが運も当然に必要である。

 特別なスキルやアイテム等は特別な出来事に巻き込まれる事によって得られる場合が多い。イレギュラー個体のドロップ品や世界の声によって発令されるミッション報酬等、そういった特別な出来事を経て一歩抜ける探索者は存在する。

 そのため探索者業界の中では、圧倒的な実力か、圧倒的な運が無ければ探索者は大成しないとまで言われている。

 

 その点、楓は確実に持っている側の人間である。既に『絶対睡眠』という他の追随を許さない才能を持っている楓であるが、ダンジョンに潜りはじめて2ヶ月程度で特殊な場面との遭遇が多すぎるのだ。

 そのため、彩音も『氾濫』警報が発令されている『黒の夢』に行くことを心配したのだが、それにしてもである。


「『氾濫』が実際に発生するのも珍しいのに、その発生階層がボス階層の一つか二つ上って激レアなの。それに加えて『転換期』って…多分、ダンジョンが現代に出現して以降、初の事例じゃないのかな?」

「珍しいのは分かったよ。…困ったな、明日も大学あるから早めに帰って寝ないといけないのに」

「…まだ寝るの!?」

「くぅん」

「あ、そうだ! まくらが下まで行ってボス倒してよ。そうしたら『記録水晶』が使えるようになるでしょ?」

「わんわん!」

「いやぁ~それは無茶だと思うの」


 妙案が思い付いたみたいな表情をする楓とヤル気満々なまくらだが、それは流石に無茶である。

 確かにまくらは竜種を瞬殺してしまうくらい強い。今はそれ以上の強さを有しているため、単独でのボス討伐も可能だろう。

 

 しかしダンジョン攻略は別次元の難しさがある。いくらまくらと言えど消耗する。しかも、『黒の夢』のモンスターたちは軒並み、まくらの『夜』に耐性があるため普段より消耗は倍増するだろう。

 それに加えて『氾濫』によるモンスターの異常発生である。


「そうなんだ。いつもまくらがサクッとモンスター倒してるから感覚麻痺してたな」 

「くぅん」

「だから、『転換期』が終わるまで耐えるのが最上だと思うの。ミッションは失敗になっちゃうけどボス討伐は諦めて、楓ちゃんたちには上層に上がって『氾濫』から他の探索者たちを――」

「あ、いいこと思い付いた! つまりまくらがボスまで消耗しないならいいんでしょ」


 彩音が提案している言葉を何も聞いてなかった楓。彼女は早く帰るにはどうすれば良いかのみを考えていた。

 そしてその方法を思い付く。それをまくらと彩音に伝えると2人は、


「わ、わふぅ!!!」

「いやぁ、それは、うーん」


 途轍もなく戸惑うのであった。

 

――――――――――――――――――


『黒の夢』の下層で探索していた探索者パーティーは、先程の世界の声を聞き取り乱している真っ最中であった。


「だから探索は止めようって言ったんだ!」

「そんなこと今言ったってしょうがないでしょ!」

「そうだよ。『氾濫』が起きたら直ぐに『記録水晶』で離脱するって事でその近くにいたんだ。まさか『転換期』まで一緒に発生するなんて誰も予測できなかった」


 おそらくであるが、現在『黒の夢』内にいる探索者で一番、位が上なのは自分達である。つまり『氾濫』にしろ『転換期』を早期に終了させるために課されたミッションであれ、やるとしたら自分達が主導してやる必要がある。しかしそれは難しいとここにいる全員が思っていた。

 ボス討伐は当然として、『氾濫』で大量に発生した最下層のモンスターすら倒せる自信は無い。現実的には普通に『転換期』が終わるのを待つのが最適だが、いつ終わるか専門家でもわからない上に『氾濫』で発生したモンスターは直ぐにここまでやってくるだろう。


「何とか『氾濫』モンスターをやり過ごすしかねぇーだろ」

「それしたら、上にいる子たち全員死ぬわよ!」

「じゃあ上の奴ら助けるために全滅か! それとも上に上がって皆で協力なんて寝言をほざくのか。無理に気まってんだろ!」

「って叫ぶな、モンスターが集まって――」


 取り乱し、揉めに揉めるパーティーの騒ぎを聞き付けたモンスターたちがわらわらと集まってきた。

 それらに対処しようと向き直った瞬間、黒い物体がパーティーたちの目の前を通っていった。その物体の行く道を阻むモンスターたちを吹き飛ばしつつ。


「あ、え? 今さ…」

「あ、あぁ。今、通った黒いの、何か人間振り回してるように見えたんだが」

「一瞬だったからよく分からんかったけど、私もそんな感じに見えた…」

「『氾濫』と『転換期』なんてイレギュラーが立て続けに起きた影響で色々とバグってる感じ?」


 異様な化物が通った事により、パーティーは妙に冷静さを取り戻し、上に上がることにするのであった。

 誰も言葉にはしなかったが、あんなのが周りに彷徨いているのに、ここにいたくないと全員が考えたからである。

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