第24話 氾濫と転換

 大学の講義が終わりそのままダンジョンに直行しようとした楓。それを見た彩音が楓に慌てて喋り掛ける。


「今日行くダンジョンってどこの予定なの?」

「え?『黒の夢』じゃない? 近いし」

「わん!」

「やっぱり…今日は『黒の夢』に行くのは止めといた方がいいと思うの」


 探索者は自己責任であるということを信条としている、彩音が楓に向かってそういうことを言うのは珍しかった。


「なんで?」

「『黒の夢』に『氾濫』警報が発令されてて危ないの」

「…はんらんけーほー? 何それ」

「くぅん?」


 ダンジョン素人の楓には聞き馴染みの無い単語であったため、彩音に説明を求める。

 『氾濫』、ダンジョンでモンスターが異常に発生する現象であり、普通のモンスターは自身が発生した階層を越えることはしないし、ましてやダンジョン外に出ようとはしないのだが、これらの制限が『氾濫』によって異常発生したモンスターには無いため、上層に中層や下層のモンスターが出現するなんて現象が起きてしまう。


「それが起きるの?」

「警報が発令されたからって言って実際に発生するなんて事はほとんど無いけど」

「なら大丈夫でしょ。私は眠るだけだし、まくらもいるし」

「わん!」

「ま。まぁそうなんだけど…」


 とはいえ、警報や注意報が発令された程度で探索を中止する探索者は多くない。そこまでの精度では無いのである。

 せめて一緒にとも考えたが、今日はギルドの方で用事があったためそれも出来ない。


 結局、楓たちのダンジョン睡眠を止めるられなかった彩音は、彼女たちを見送りながら一人言を呟くのであった。


「楓ちゃんたちって持ってるからなぁ…こういうときって引きそうなんだけどな」


 そんな彩音の予想はそれ以上の形で的中することになる。



 いつも通りダンジョンに来て、いつも通りダンジョン内で睡眠を取った楓は、いつも通り『記録水晶』に触れて地上に帰還しようとした楓は、何度触っても反応しない『記録水晶』に首を傾げる。


「あれ? 故障した?」

「くぅん?」

「故障ならしかないね。まくら、地上までエスコートお願いね」

「わんわん!」


 『記録水晶』が使えないのは面倒だが、まくらの機動力を持ってすれば、十数分で地上に戻れるだろう。 

 そのため楓はまくらの上で、そのもふもふな毛並みに包まれ意識を手放そうとした。その時、楓のスマホが音を鳴らす。


「もしもし?」

「あ、出たの! 楓ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫じゃない。今から寝ようとしてたのに」

「え? まだ寝てなかった…わかった! 『記録水晶』が使えないからまくらくんの上で寝ようとしてたでしょ」

「……よく分かったね。ってか何で『記録水晶』が使えなかったって知ってるんだ? 今『黒の夢』にきてるの?」


 彩音が自身の実情を知りすぎている事に疑問を抱く楓。


「…今、『黒の夢』に二つのイレギュラーが発生してるの」

「二つ?」

「一つは『氾濫』、それも最下層付近の発生」


 最下層付近のモンスターが異常に発生し、それらが地上に向かってくるとなればかなりの脅威となる。


「なるほど? もう一つは?」

「もう一つは、ダンジョンが『転換期』を向かえたみたいなの」

「てんかんき?」

「そう、『転換期』」


 『転換期』とはダンジョンの性質や難易度が変化する事を言うのだが、『転換期』と一言で言っても、様々な種類がある。

 今回の『転換期』はそれで言うとタイミング的に最悪なモノであった


「『転換期』を乗り越えるためにって中にいる探索者たちにミッションが発令されたらしいんだけど、楓ちゃんの所にも世界の声届いてない?」

「…寝てたから知らない」

「そうだったね! って普通なら寝てたとしても世界の声は聞こえるんだからね!」


 世界の声ごときで楓の『絶対睡眠』は妨げられない。


「それでその声が何?」

「ミッションが発令されたの『ダンジョン最奥に眠るボスを打ち倒せ』って」


 普段でも厳しいミッションであるが、『氾濫』で最下層のモンスターが激増している今、その難易度は跳ね上がっているのであった。



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