第20話 桜華

 日本でも有数の攻略系ギルドである『桜華』、そのギルドマスターの部屋に、とある少女は呼び出されていた。


「『眠り姫』って呼ばれている女の子。この子と一緒に映ってるコレ、貴女よね彩音?」

「……そうです」


 どちらも映り込みではあるが、昨日は本人、今日は従魔が衝撃的過ぎる配信を行ったことで、探索者業界に『眠り姫』の名前が爆発的に広まっていくことになる。

 しかし楓は、配信中ほぼ寝ており、相棒のまくらの言葉は、普通の人からすれば「わん」としか聞こえないため、花咲楓本人の情報は出回らなかった。


 そのため、少しでも情報を得ようとネットで密かに『眠り姫』が有名に成り出した頃の投稿などを確認していた所、楓と彩音が一緒にダンジョンに行っている時の写真が見つかったのであった。


「別に責めてる訳でもないのよ? 単なる確認。だからそんな顔はしないでちょうだい」

「はい…氷織さんは楓ちゃんをこのギルドに誘うつもりですか?」

「うーん、そうね。彩音は反対なのかしら?」


 『桜華』のギルドマスターである氷織は、日本のみならず世界的にみてもトップレベルの戦闘系探索者の一人である。そんな人に見つめられれば、いくら彩音と言えど緊張してしまう。

 しかしだからといって、ハイそうですねとは言えない。彩音としても楓が同じギルドになれば嬉しいが、彩音はギルドというか探索者としての活動自体が向いていないだろう。

 

「配信を見れば分かると思いますが、楓ちゃんはダンジョンへは眠るために行っています。モンスターを倒すだけなら兎も角、攻略となると合わないと思います」

「そうなのね。でも、あの子には好きに寝てて貰って、従魔に付いていって貰えば良いんじゃ無いかしら?」

「そ、それも駄目です」

「どうして?」

「えーと、その、まくらくんは、楓ちゃんの枕だからです。か、楓ちゃん、枕変わると寝れないって前に言ってました!」


 自分でもよくわからないことを言っていると自覚するが必死に言葉を紡ぐ彩音。

 そんな彩音をじっと見ていた氷織だったが、すぐに笑みを浮かべる。


「ふふ、そうね。あんなもふもふしてる枕を取り上げちゃダメよね」

「ふぇ!?」

「ごめんなさいね。ちょっと、ある人に探索業界から『眠り姫』を護るように頼まれちゃったのよ。だから色々知ってる彩音に意地悪しちゃったの。でも大丈夫そうね」


 先ほど、幾つかのギルドが勧誘をしようとして失敗したという話が氷織の元に入ってきた。楓の近くにまくらがいて気が付くと目の前からいなくなったらしい。

 楓に話し掛けも出来ないとなれば、次にスカウトが攻めるならば周囲の人間であろう。そして今、一番楓について知っているのは彩音である。


 しかし彩音はギルドマスターである氷織の圧にも耐えたのだ。同業者からの圧程度に負ける筈はない。

 

「その子が入りたいって言えば歓迎するわよ。でも無理に探索させるのは『探索者は自由なれ』の理念に反するわよね」

「は、はい!」

「でも、眠るためにダンジョンへか。ちょっと自由すぎるわね」


 そう苦笑しながら呟く氷織の表情は何かを懐かしんでいるようであった。

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