第6話

「これは俺の仮説だが、五円玉に似た5センティモ硬貨を使った事でコックリさんに似たソックリさんを呼んでしまったんじゃないだろうか」

「そんな、バカな……」


 コインが紙の外周を一周し、再び『はい』に戻って来る。


「ほら。ソックリさんもそう言ってる」

「どーでもいいですよ!? こいつがソックリさんだからなんだって言うんですか!?」

「謎の幽霊Xよりはマシだろ。少なくとも、名前が分かればそこから色々推測出来る」

「出来ますか?」


 四谷は疑わし気だ。


「推測は自由だからな。第一に、ソックリさんというくらいだから、こいつはコックリさんの派生種だ。コックリさんがあってのソックリさんで、その逆はない」

「な、なるほど……」


 四谷は一瞬納得するが。


「だからなんだっていうんですか!?」

「ソックリさんがコックリさんの派生種なら、ベースはあくまでもコックリさんだ。基本的にはコックリさんのルールに従うはずで、わけのわからない理由でいきなり謎の呪いを振りまいたりはしないはずだ」

「……思ったよりも説得力がありますね。やっぱり廻間さん、オカルト好きなのでは?」

「ただの論理的思考だ。コックリさん自体、ヴィジャ盤から派生した日本独自の都市伝説的怪異だと解釈できる。ソックリさんは名前からして明らかにコックリさんから派生した存在だ。この推測が正しければ、ソックリさんはどう足掻いても大本であるコックリさんのルールの制約を受けざるを得ない。なおかつ、ソックリさんという名前である以上、なにかしらコックリさんとは異なる点があるはずだ」

「あ、頭がこんがらがって来ました……」


 フラフラと四谷が頭を揺らす。


 お陰で一時、尿意の事も忘れているようだ。


「簡単に言えば似て非なるもの、名前の通りのソックリさん紛い物という事だ」

「な、なるほど……。それなら私にも分かります……」

「ソックリさんと呼ばれるからには、絶対的にコックリさんとは異なる特徴があるはずだ。それが分かれば、こいつを退散させる糸口になるかもしれない」


 そこで俺は言葉を区切った。


 四谷は前髪の隙間から羨望の視線を向けている。


 数秒経ち、待ちきれない様子で四谷が先を促した。


「そ、それで?」

「以上だが」

「はい?」

「名前から推測出来る事はこんな所だ」

「なんの解決にもなってないんですが!? うきゅっ!? が、がっかりしたら、急に尿意のビッグウェーブが……」

「乗るしかないな」

「乗りません!? 乗って、たまるかぁああああ!」


 身体を前後に揺らしながら、四谷が必死に波に耐える。


 そんなに苦しいならさっさと楽になればいいのに。


 俺としては、膀胱炎にならないか心配だ。


『も』

『ら』

『せ』

『も』

『ら』

『せ』


「ほら。ソックリさんもこう言ってるぞ」

「余計嫌ですよ!? 女子高生のお漏らしを催促する怪異とか普通にキモイですし!? ていうかこれ、本当は廻間さんが動かしてるんじゃないですか!?」

「言いがかりにも程がある。俺自身の名誉に誓って、俺は他人の失禁姿なんか見たくない。普通に汚いし臭いだろ」

「言い方!? これからそうなりそうな人がいるんですよ!?」

「知らんがな……」


 心の底からぼやきつつ、俺はスマホを取り出した。


「ちょ!? こんな時に、なに携帯なんか弄ってるんですか!? あ、あ、あぁ!? わ、わかった! ツイッターに私の恥ずかしいお漏らし姿を晒してバズらせる気でしょう!? や、やめた方がいいですよ! 今時そういうの、流行りませんから! 絶対炎上します! 秒で特定されて家族諸共人生終わっちゃいますからね!」

「なにを勘違いしてるんだ。俺はただ、ソックリさんについての情報を探してるだけだ。折角名前が分かったんだから。利用しない手はないだろ」

「ならいんですけど……。そんなの、ネットに載ってますか?」

「さぁな。どうせ手詰まりなんだ。ダメで元々だろ」

「そうですけど……」


 そわそわと四谷の頭部がロッカーに向く。


「バケツを使いたいなら机を動かすぞ」

「ち、違いますけど!?」

「友達の間に遠慮は必要ないと言ったのは四谷だろ。下着と床を汚すよりはマシだと思ったから勧めただけだ」

「………………じゃあ、お言葉に甘えて……。も、もしもの為です! 万が一! ただの保険ですから!」

「わかってる。当然だろ」


 お互いに空いた手で長机を持つ。


「不安定だし、少し重いな……。そっちは大丈夫か?」

「だい、じょばない、です……」


 押さえを失くして、四谷は今にも決壊しそうな雰囲気だ。


「引きずった方がよさそうだな――うぉっ!?」


 突然右手のコインが狂ったように暴れ出した。


「わ、わわわ、な、なんでぇ!?」

「どうやらこいつは、意地でも四谷を失禁させたいらしいな」


 その証拠に、机を動かすのを止めたらコインの動きも止まった。


「そんなバカな……」

「俺もそう思うが。そういうバカげた怪異らしい。ソックリさんという名前自体冗談みたいなものだしな」


 そう言って俺は、先程見つけた個人サイトのページを四谷に見せた。


「ソックリさん。やはり俺の推測通り、コックリさんの派生怪異らしい。本家との違いは二つある。一つは、どんな質問をしても、こいつが真面目に答える事はない。まぁ、こいつの正体については例外のようだが。もう一つは、どれだけお願いしても、こいつが退散する事はないらしい」

「えぇえええ!? そ、そんなぁ……。で、でも、そんなのおかしいですよ!? それじゃあソックリさんを呼びだしたら、一生そのままになっちゃうって事じゃないですか!」

「いや。そうはならない。お願いしなくても、ある条件をクリアしたら、こいつは勝手に退散するらしいんだが……」

「な、なんですかそれは!? 勿体ぶらずに早く教えてください!」


 歯切れの悪くなった俺に四谷が催促する。


 しかし、うーむ。


「言いにくいんだが、その条件とは、参加者の誰かが漏らす事らしい」


 四谷が声を失った。

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