第5話

「こ、コックリさんではないナニカって、なんですか!?」

「俺が知るか」

「知るかって、ど、どうしよう……。こ、このままじゃ私達、呪われちゃうかもしれませんよ!?」

「それはそれで面白そうだな」

「面白くない!? ど、どうしよ、どうしよう……」


 ガタガタと四谷が震える。


「オカルト好きの癖に怖いのか?」

「か、関係ないでしょう!? い、犬好きだって犬に噛まれたら痛いし怖いです! それと一緒!」

「一緒か?」

「そんな事言ってる場合ですか!? コックリさんじゃない謎のオバケを呼び出しちゃったんですよ!?」

「まぁそうなんだが。とりあえず落ち着け。コックリさんをやる時の注意点でもよく言われてるだろ。なにがあっても絶対に取り乱すなと」

「この状況で取り乱すなって言う方が無理ですよ!?」

「そうかもしれんが。それで硬貨から指が離れたら、呪われるのは四谷だぞ」


 実際、四谷の指は硬貨から離れかけていた。


「ひぃっ!?」


 それに気づいたのか、四谷はギュッと硬貨に指を押し付ける。


「さて。どうしたもんかな」


 色々考えていると、向かいの四谷がもぞもぞしている事に気付いた。


「どうかしたのか」

「ぃひっ!? ……な、なんでも、ありません……」


 そんな風には聞こえなかったし見えなかった。


 四谷は明らかにそわそわしていて、左手をスカートの間に挟みながら、椅子の上で尻をモジモジさせている。


「うんこか」

「おしっこですよ!?」


 ハッとして四谷が口を塞ぐ。


「股間を押さえた手でそれはどうかと思うが……」

「ほっといて下さい! ていうか、女の子になんて事言わせるんですか!」

「ただの生理現象だろ。男も女もないとおもうが」

「あるんですよ女の子には!? ていうか人間ならみんな持ってる恥じらいです!」

「俺にはないが」

「そういう所が異常者なんです!」

「大袈裟な」

「大袈裟じゃなああああい! はぅっ」

「漏らしたか」

「漏らしてません!」

「ならチビ――」

「チビってもない!? 仮にそうでも言わないのがデリカシーですよ!」

「なんでもいいが、その様子じゃ遅かれ早かれだろ。なんでそんなになるまで我慢していたんだ」

「うっ……。だ、だって、廻間さんに裏切れた事で頭がいっぱいで……。絶対に呪ってやると思ってて……。その後も、一緒に遊んでくれるってなって嬉しくて……。トイレの事なんかすっかり忘れてて……。そうですよ! つまり全部、廻間さんが悪いんです!」

「言いがかりだろ」

「なんでもいいから助けてください!? このままじゃ、乙女の尊厳が破壊されちゃいます! いいんですかそれでも!」

「俺は別に構わないが」

「この異常者は……。友達なら、友達のピンチは助けるものでしょう!?」

「なるほど。面倒だが、そういう事なら仕方ない」


 友達のピンチを助けるのが友達だと言うのなら、四谷を助けなければ俺は友達ではなくなるという事になる。


 それは俺も困る。


「見て見ぬふりをするというのはどうだ? そうすれば、漏らしてないのと同じ事だ」

「却下! 漏らさない方向で助けてください!」

「そうなると……」


 俺はぐるりと部室を見渡した。


「あぁ。ロッカーに掃除用のバケツが入ってる筈だ。机ごと移動して、そこにすればいい」

「嫌ですよ!? バケツなんて!」

「では仕方ない。紙を持って二人で女子トイレに行くか」

「同じだから!? 何度も言いますけど私はお、ん、な、の、こ! 人前でおしっこなんか出来るわけないでしょう!?」

「注文の多い奴だ……」

「そんなおかしなこと言ってます私!?」

「そこについて議論してもいいが、四谷のおしっこ問題は解決しないぞ」

「ぐ……。そ、そうですけど。せめてそこは、おトイレ問題にして下さい!」

「なんでもいいが。こうなると後は、こいつに帰って貰う他なさそうだな」


 コックリさんではないナニカ。


 こいつが帰れば四谷も自由になり、一人でトイレに行ける。


 それで全て解決だ。


「最初からそっちで考えて下さいよぉ……。ぁ、ぁ、ぁっ」


 ビクビクと四谷が震える。


 どういう状況かは想像出来るが、触れないのがデリカシーらしいので無視しておく。


「普通ならそうするが、四谷の膀胱が限界に見えたからな。今すぐ確実に実行出来る方法を先に提案した。無駄だったが」

「なんでもいいから早くしてええええ!」


 バタバタと四谷が床を踏む。


 思っていたよりも限界は近いらしい。


「とりあえず、通常の手順を試してみよう。それで帰ってくれれば解決だ。せーの」

「「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻り下さい」」


 同時に唱えると、指先のコインが『はい』を目指してスゥーっと動き出した。


「や、やったぁ!」

「案外素直だったな」


 これで解決か。


 と思ったのだが。


 あと少しという所でコインが超加速し、Uターンして『いいえ』に戻った。


「そ、そんなぁ!?」

「普通に意地悪だったな」

「ど、どどど、どうしましょう!?」

「オカルト好きなんだろ? こういう時の対処法、なにか知らないのか?」

「知りませんよそんなもの! 私はただのオカルト好きで、マニアでもオタクでも除霊師でもないんです! 普通にネットで見つかるくらいの知識しかないんです!」

「なんだ、にわかか」

「エンジョイ勢って言ってください! ひゅっ!? あんまり、興奮させないで……。で、出ちゃう……」

「もう一度言っておくが、最悪漏らしても問題ないぞ。俺は見て見ぬふりをして一人で帰る。その際の記憶も綺麗さっぱり忘れよう」

「問題しかないでしょう!? 明日から、どんな顔して廻間さんと会ったらいいんですか!?」

「それはそっちの問題だろ。まぁ、それは最悪のケースを想定した保険だ。友達として、出来る限りそうならないよう努力する。だから四谷も頑張れ。無駄な体力を使わずに決壊までの時間を伸ばしてくれ」


 コクコクと無言で四谷が頷く。


 さて、ここからが問題だ。


 コックリさんではない正体不明のナニカ。


 こいつを退散させるにはどうすればいいのだろうか。


「とりあえず、こいつがなんなのかハッキリさせるか。聞こえているんだろう? お前は何者だ」


 俺の質問にナニカが答える。


 見えない糸で引かれるように、軽快にコインが滑り、文字の間を行き来する。


『そ』

『つ』

『く』

『り』


「そつくり? そんな霊、聞いた事ないです……」

「俺もないが。心当たりは一つある」

「本当ですか!?」

「自信はないがな。確かめてみよう。お前の正体はソックリさんか?」


 ズコっと四谷の頭が盛大にコケた。


「ソックリさんって、そんなわけないでしょ!?」

「俺もそう思うんだが。どうやら正解だったらしい」


 いつの間にか、コインは『はい』の上に移動していた。

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