第4話
そんなわけで久々に部室にやってきたわけだが。
少し見ない間に随分様子が変わっていた。
窓には魔法陣風の落書きが描かれた遮光カーテンが設置され、オカルト雑誌やキモいクリーチャーの飾られた棚がただでさえ狭い部室を息苦しくしている。どこから持ち出したのか部屋の隅には人体骨格の模型が置かれていた。
「四谷が持ち込んだのか?」
「ぃ、ぃひひひ。す、素敵でしょう? 廻間さんが来ないなら、オカルト同好会にしてしまおうと思って、ふ、ひひ、模様替えしたんです」
「なるほど。だがこの通り、ここは変わらず友達同好会だ」
「か、片付けろって言うんですか!?」
「いや。確認しただけだ。悪趣味だが、インテリアに拘りはない。四谷がそうしたいのなら好きにしろ」
「ふひ、ふひひひ……。あ、ありがとうございます……。廻間さんも、その内良さが分かりますよ……ふひっ」
「それより、俺と一緒に遊びたいんだろ。なにがしたいんだ?」
「ふひ、ふひひひ! せ、急かしますねぇ。廻間さんも、じ、実は私と遊びたかったんでしょう!」
「いや全然」
「照れなくてもいいのに……。と、友達のいない嫌われ者のボッチ同士、遠慮する事はありませんよ?」
「何もしないのなら俺は帰るぞ」
「コックリさんです! コックリさんがしたいんです!」
帰ろうとする俺の腰に抱きつき、四谷が引き留める。
「コックリさん……」
呟いて、俺は四谷を見つめた。
「や、やっぱりダメですか……」
落胆した様子で言うと、四谷はいきなり床に這いつくばった。
「お、お願いします! い、一度だけ、一回だけでいいんです! こ、子供の頃から、お、お友達と一緒にコックリさんをやるのが、ゆ、ゆゆ、ふひっ! 夢だったんです!」
「嫌な夢だな」
「ほっといて下さい! た、楽しいですよ、コックリさん! やった事はないですけど、た、多分、きっと! そ、そうだ! ふ、ふひひひひ……。い、一緒にこっくりさんしてくれたら、は、廻間さんの知りたい事、なんでもコックリさんに聞いてあげます! よ、余命とか、し、ししし、死因とか! ねぇ? 知りたいでしょう!」
「いや全然」
「う、う、う……裏切るんですか!? 私と遊んでくれるって言ったのに! 舌の根も乾かない内に、裏切るんだ! 呪ってやる、呪ってやるううううううう!」
床の上でバタバタと、死にかけのゴキブリみたいに四谷が暴れる。
「やらないとは言ってないだろ。俺はただ――」
「ただ、なんなんですか!」
「コックリさんなんか一人でも出来るだろと、そう思っただけだ」
「な、な、な……なに言ってるんですか!?」
仰向けにもがいていた四谷が突然ブリッジをはじめ、カサカサと俺の周りを這いまわる。
本当にゴキブリみたいだ。
いや、ゴキブリよりもキモい。
「ひ、一人コックリさんはタブーなんです! ていうかそんなの怖すぎじゃないですか!?」
「今の四谷程じゃないと思うが」
子供が見たら泣くぞ。
大人だって泣くかもしれん。
俺は平気だが。
「い、意味の分からない事をいいい、言わないで下さい!」
「そうか? コックリさんは降霊術の一種だろ。ヴィジャ盤を模した紙の上に硬貨を置いて、その上に指を置き、コックリさんを呼び出して質問する遊びだ。俺は別に信じてないが、本当にコックリさんが存在するなら、一人でも硬貨は動くと思うんだが」
「……詳しいですね。じ、実は好きなんですか!? お、オカルト!?」
「別に好きでも嫌いでもない。この程度は一般常識だろ」
「そんな事はないと思いますけど……」
ブリッジの姿勢のまま、四谷が腹筋だけで起き上がる。
やはりどう考えても、コックリさんなんかよりこいつの方がホラーだろ。
「と、とにかく、一人コックリさんはダメなんです! 一人でやって本当に動いちゃったら怖いし! 呪われちゃったらどうするんですか!?」
「お祓いして貰ったらいいんじゃないか」
「正論パンチは止めてください!」
そう言われたら返す言葉はない。
俺は適当に肩をすくめた。
「まぁいい。やるならさっさとしてくれ」
「ふひっ! じゅ、準備するので、ちょっと待っててください!」
そう言うと、四谷は破ったノートに『はい』や『いいえ』、『鳥居』や『50音』、『数字』などを書き込んだ。
それが終わると、例の魔導書に似た革製の、目や口のような装飾が施された、ツギハギの悪趣味な財布をバリバリと開いた。
「……むぅ。廻間さん、十円玉持ってませんか? なかったら、五円玉でもいいですけど」
「持ってない。5センティモ硬貨ならあるが」
そう言って、俺は五円玉に似た銅色の硬貨を取り出した。
「……なんですか、それ」
「外国の硬貨らしい」
「なんでそんな物が財布に入ってるんですか……」
「さぁな。気付いたら入っていた。捨てるわけにもいかないし、使い道がないから入れっぱなしだ」
「……まぁ、いいですけど」
いいのか?
まぁ、四谷がいいならいいのだろう。
鳥居の上に5センティモ硬貨を置き、四谷と向かい合おうように席に着く。
「ふひ、ふひひひひ……。つ、ついに念願のコックリさんが出来る! こ、コホン。廻間さん。コックリさんを行う上での注意事項は知っていますか?」
「知ってる」
「でも念のため説明します」
「なら聞くな」
「念のためです! 第一に! ずぇえええええったいにふざけないで下さい! オカルト全般に言える事ですけど、こういうのは信じる心がなによりも大事なんです! 遊び半分でやったらコックリさんに失礼ですからね。来てくれないだけならまだいい方で、呪われたって文句は言えません。いいですね?」
「わかってると言っている。オカルトの類は信じていないが、やるからには本気でやるぞ」
「怪しいですが……。まぁいいでしょう。次に――」
「儀式の最中はなにがあっても硬貨から指を離すな。一回の質問ごとに鳥居に戻って貰う。使った紙は細かく破って処分し、硬貨も三日以内に手元から無くする。こんな所か?」
「あー! あー! わ、私が言いたかったのに!」
「まどろっこしい。さっさと進めてくれ」
「ぅぅぅ……。そんなんだから友達が出来ないんじゃないですか?」
「お互い様だ」
「あと、そのなんとか硬貨。どうやって無くすつもりですか? 日本のお金じゃないなら使えないと思うんですけど……」
「賽銭箱にでも投げておけばいい。オカルトパワーで浄化されるだろ」
「え~! それ、迷惑じゃないですか?」
「なら、迷惑料に五百円玉も一緒に入れておけば文句はあるまい」
「……それならまぁ」
「迷惑料は四谷持ちだぞ」
「な、なんでですか!?」
「俺は四谷のお遊びに付き合ってるだけだ。俺に払わせるのは筋違いだろ」
「そ、それはそうですけど……。ご、五百円はちょっと……」
「迷惑がどうとか言い出したのは四谷だ。お前が納得できる額を出せばいい」
「う、うぅぅ……。と、友達ですし、ここは仲良く割り勘というのは!」
「俺は既に5センティモ払ってる。その上さらに出せと?」
まぁ、それでも別に良いんだが。
ちなみに5センティモは一円以下らしい。
調べたのは昔だから、今はどうだか知らないが。
結局硬貨は後で四谷が処分する事になった。
あの様子では、迷惑料に100円出すかも怪しい所だが。
「うひ、うひひひ! そ、それでは始めましょう!」
お互いに硬貨の上に指を置く。
小さな5センティモ硬貨の上は窮屈で、不可避的に四谷と指先が触れ合う。
「……な、なんか、ドキドキしますね」
「まったくしないが」
黒髪のカーテンの隙間から、ムッとしたようなジト目が俺を睨む。
四谷はコホンとわざとらしく咳をした。
「……ぃ、一応これでも、私は女の子なんですけど」
「言われなくても知っている。それがどうした」
「……どうもしませんけど……。ぶぅ」
不満そうにブー垂れる四谷に俺は言った。
「集中しろ。こっくりさんに失礼だぞ」
「わ、わかってますよ! それじゃあ、いきますよ? せーの!」
「「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」」
声を合わせて唱える。
5センティモ硬貨はピクリとも動かず、不気味な静寂だけが後に残った。
「……動きませんね」
「静かに。集中を切らすな。このままもう一度呼び掛けるぞ」
「は、はい!」
続けてもう一度。
それでもダメで、さらにもう一度繰り返す。
「うぅ……。動かない……。どうして!? 私はこんなに真剣なのに……」
俺のせいだと言いたげに、ジトリと四谷が見つめて来る。
「俺だって真剣だ」
「じゃあ、5センティモ硬貨のせいです」
「別の硬貨で試してみるか? 五百円玉持ってるんだろ?」
「こ、コックリさんに五百円玉は勿体ないです!」
「そんなんだから来ないんじゃないのか?」
「それはそれ、これはこれです! 大体、狐の霊に硬貨の価値が分かるわけ――」
「待て。動いてるぞ」
「え?」
ギョッとして四谷が手元を見る。
いつの間にかゆっくりと、5センティモ硬貨が這うよに紙の上を滑っていた。
「う、動いてる!? は、廻間さんじゃないですよね!?」
「違う」
「で、でも、私でもないし……、硬貨が勝手に動くなんて事……」
「だから、コックリさんが動かしてるんだろ」
「そ、そんな馬鹿な!? し、信じられない……」
「だが硬貨は勝手に動いている。それが事実であり現実だ」
なにを驚いているんだ?
俺達は今、本気でコックリさんに取り組んでいるんだ。
なら、コックリさんが硬貨を動かしても、不思議な事などなにもないだろうに。
「す、すごい……すごい! うひ、うひひひ! 私、霊感が弱いのか、オカルト好きな癖に心霊体験って全くした事なかったんです! 本当はちょっと疑ってたくらいなんですけど……。まさか本当にコックリさんが硬貨を動かすなんて! 感激です! 感動です! これも全部、廻間さんのお陰です!」
「それはどうでもいいんだが。これはちょっと、良くないんじゃないか」
「なにがですか? コックリさんが成功してるんだから、良いに決まってるじゃないですか?」
「成功してるならな。見た所この硬貨、明らかに『いいえ』に向かってるんだが」
「へ?」
ハッとして四谷が硬貨を見る。
そうしている間にも、硬貨はズルズルと紙の上を這いずって、『いいえ』の上でピタリと止まった。
「……初手、いいえ!? こ、これって、どういう事ですか!?」
「どうやら俺達は、コックリさんではないナニカを呼び出してしまったらしいな」
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