第3話

 翌日から、俺が友達同好会の部室に行く事はなくなった。


 俺が友達同好会を作ったのは、先生に頼まれて友達を作らなければいけなかったからだ。


 四谷と友達になった今、部室で入部希望者を待つ必要はない。


 それはそうと、友達が出来た事で俺の生活にささやかな変化があった。


 俺が部室に行くのをやめた数日後から、休み時間や放課後に四谷が訪ねて来るようになったのである。


 いや、訪ねて来るというのは少し語弊があるだろうか。


 教室の入口付近に立ち、なにをするでもなくじっと俺を見つめている。


 多分、初めて出来た友達にはしゃいでいるのだろう。


 俺としては、友達というものに特別な感情を抱いているわけではないので、こちらからはなにもせず、ただ四谷のしたいようにさせておいた。


 四谷は俺と友達になった事が余程嬉しいのか、その内その喜びを四谷なりの方法で表現するようになった。


 死にたての白魚みたいな指がついた両手をこちらに向け、ブツブツと呪術めいた言葉を唱えたり、俺を模したと思われる藁人形を扉の枠に釘で留め、カツンカツンと金槌で叩いたり。


 確かに、互井先生の言う通り四谷は少し変わり者らしい。


 オカルト好きというのは本人から聞いていたから、俺はなんとも思わなかった。


 多分あれは、四谷なりの友情に対する自己表現なのだろう。


 だが、クラスメイトは不満らしい。


「……おい廻間。あれ、お前の知り合いか?」

「あれじゃない。四谷だ。最近友達になったんだ」

「友達って、貞子と? 嘘だろ……」

「俺を嘘つき呼ばわりするのか?」

「そ、そうじゃないけどよ……」

「それにあいつは貞子じゃない。四谷麗子だ。嫌がってるから、変なあだ名で呼んでやるな」

「し、知らねぇよ! そんな事――」

「だろうな。だから今、教えてやったんだ」


 クラスメイトが黙り込んだ。


 人と話す時は相手の目を見るのが礼儀だと教わった。


 だから俺は、そいつの目をじっと見ていた。


 ただそれだけの事なのに、クラスメイトは気味悪そうに視線をそらした。


「わ、わかったよ……。と、とにかく! 四谷の事なんとかしろよ! 休み時間の度にあんなのが入口に立ってたら気味悪くて仕方ねぇよ! それにお前、あいつの事友達とか言ってるけど、なにかの間違いだろ!」


 そんなわけはない。


 俺と四谷は友達だ。


 友達同好会のルールでは、部員同士は無条件で友達という事になっているのだ。


 だが、名も知らぬ部外者がそんな事を言うからには、なにか根拠があるのだろう。


「何故そう思う」

「何故って……。見りゃ分かるだろ! 明らかにお前の事呪ってるだろ!?」

「あぁ。その事か。それは勘違いだ。四谷なりの友情表現、挨拶みたいなものだろう」

「……お前それ、本気で言ってんのか?」

「冗談ならもっと面白い事が言えるぞ」


 名も知らぬクラスメイトは呆れたように溜息を吐き、興味津々こちらを伺っていた他のクラスメイト達に「ダメだこいつ……」と言わんばかりに手を振った。


「なんでもいいけど、四谷の事どうにかしてくれ! みんな怖がってんだからな!」

「わかった。努力しよう」


 友達でもないただのクラスメイトだが、迷惑をかけるのは本意ではない。


 四谷だってそうだろう。


 そんなわけで俺は先程から、薄汚い革製の、人の鼻や耳らしき装飾のついた、ツギハギだらけの魔導書めいた本を片手に、ぶつぶつと名状しがたい呪文を唱える四谷の元に向かった。


「おい四谷」

「ぐらあ、いしたぁ、いあぐん! のぐさごす、するむ! いおす、さいごん! おごす、よぐそとす! ぐらあ! ぐらあ!」


 四谷は長い髪を逆立てて、冒涜的なくねくね踊りを踊りながら、一心不乱に謎の呪文を詠唱している。


「いぁ! いぁ! いぁああああああああああ!」


 先程俺に話しかけてきた名も知らぬクラスメイトが奇声をあげてひっくり返った。


 白眼を剥き、ピクピクと痙攣しながら床に伸びている。


 四谷のオカルティックな雰囲気に当てられたのだろう。


 感受性の高い奴だ。


 どうでもいいのでそちらは無視して、俺は四谷の頭にチョップを叩きこんだ。


「おい四谷」

「ひでぶっ!? な、なにをする!? おおおお、お父さんにも叩かれた事ないのに! って、廻間さん!? いつの間に!?」

「お前が妙な踊りで変な呪文を唱えている間にだが」

「ど、どどど、どうして呪殺の呪いを受けても平気なんですか!?」

「そんな物騒な呪いを友達にかけるな」


 どうせ眉唾に決まっているのだが。


 それはそれとして俺はお仕置きチョップを連打した。


「ひでぶっ!? ひでぶっ!? ひでぶっ!? ひでぶっ!? ちょ、やめ、止めてください!? ていうか、廻間さんなんかもう友達じゃありませんから!」

「どういう事だ? この前は友達が出来た事をあんなに喜んでいただろう」

「そうですよ! 生まれて初めて出来た友達に、私はすごく喜んでいたんです! これでついに私もボッチじゃなくなる! 友達が出来ればお昼休みに一人寂しく便所飯を喰らう必要もなくなります!」

「悪いが、俺は男だから女子トイレには入れないぞ」

「二人で便所飯するって意味じゃないですから! 廻間さんと、普通にどっかその辺で、例えば部室とかで、楽しくお昼を食べるって意味です!」

「なるほどそっちか」

「そっちしかあり得ないでしょ!? どうなってるんですか頭の中!?」

「脳みそが入ってると思うが。というか四谷、普通に喋れたんだな」

「怒ってるからです! はちゃめちゃにブチ切れてるからです! 怒ってるのにオドオドしながらイヒイヒ愛想笑いしてる奴いたらキモいでしょ!?」

「それはいいが、なんで俺とはもう友達じゃないんだ?」

「その説明をしてる途中で茶々入れてきたのは誰ですか!?」


 さて誰だろう。


 俺は犯人を捜すべく教室を見回した。


「死ぬな健司!? 戻ってこい!? 一緒にユーチューバーになってトップ取る約束だろ!」


 名も知らぬクラスの男子Bが、先程呪殺された名も知らぬクラスの男子Aに必死の蘇生活動を行っていた。


 具体的には人工呼吸とか。


 その甲斐あって、Aは息を吹き返した。


「……ぶはっ!? なんか急に意識が遠くなって夢の中で死んだひい爺ちゃんが手招きしてたんだが!?」


 臨死体験とい奴だろうか。


 羨ましいな。


「余所見をするな! あなたですよ、廻間さん!」

「む。俺か」

「煽ってるんですか!? うぎぎぎぎぎぎぎいいいいい!?」


 バリバリと、四谷が頭を掻きむしる。


「と! に! か! く! 私は怒ってるんです! 我が家に伝わる秘蔵の魔導書をこっそり持ち出すくらいキレ散らかしてるんです!? 何故だか分かりますか!?」

「クイズをやる気分じゃない。さっさと答えを教えてくれ」

「あなたが! 私を! 裏切ったからでしょう!?」


 唾を飛ばしながら、バシバシと四谷が魔導書で叩いてくる。


 適当に捌いたので痛くはないが。


「裏切った? なんのことだ。全く心当たりがないんだが。誤解じゃないのか」

「白々しい! 友達になるとか言っておいて、あれから全然部室に来てくれないじゃないですか!」

「だから?」

「だから!? 口先だけで友達らしい事なんか全然しない! そんなの友達でもなんでもないじゃないですか!?」

「そうなのか?」

「そうなのかって……。ふざけてると、本気で怒りますよ!」


 もう既にこれ以上ない程怒っていると思うのだが。


「別にふざけてるわけじゃない。四谷と同じで、俺も今まで友達が出来たことがないんだ。だから、友達というのがどういうものか分からない」

「そんなの嘘に決まってます! 他の人達みたいに、私の事をからかって、バカにして、遊んでいるだけなんでしょう! わかってるんですから!」

「嘘は嫌いだ。泥棒の始まりだからな」


 とは言え、それを証明する術はない。


 俺に出来る事と言えば、胸を張って真っすぐ四谷を見つめる事だけだ。


「………………むぅ」


 四谷は疑わし気に唸ると、蘇生したクラスメイトAに視線を向けた。


「本当ですか?」

「お、俺が知るかよ!?」

「クラスメイトなら私よりは廻間さんに詳しい筈です。嘘をついたら呪いますから」


 その言葉にクラスメイトAは青ざめた。


「う、嘘じゃねぇ! こいつはそういう奴なんだ! 頭のおかしい異常者なんだよ! ちょっと話せば分かる事だろ!?」

「やはりですか……。薄々そんな気はしていましたが」

「ちょっと待て。俺のどこが異常者だ」

「なにもかもだろ!?」


 クラスメイトAのツッコミに、四谷を除いた全員がうんうんと頷く。


「部外者には聞いてない。おい四谷。仮に俺が異常者なら、そんな俺と友達になったお前も異常者という事になるぞ。それでもいいのか」

「よくないですし、どんな理論ですかそれ!」

「類は友を呼ぶという言葉がある」


 四谷はしばし考え込み。


「確かに!?」

「ダメだこいつら、どっちも異常者だ!?」

「むくしゅじゅさ、そふとす! いさぐらふ、なんとかかんとか! 部外者は黙って!」

「ぶくぶくぶくぶく!?」


 四谷に呪殺され、Aが泡を吹いて倒れる。


 ただの思い込みだと俺は思うのだが。


 なんとかかんとか! なんて適当な呪文あり得ないだろ。


「……わかりました。百歩譲って、廻間さんに悪気がなかった事は認めましょう。でも、私の気持ちを裏切った事には違いありません! 私は一緒に遊んでくれる友達が欲しかったんです! それが出来ないのなら、廻間さんとは友達じゃありません!」

「いや。友達同好会に入っている間は、四谷と俺は友達だ。そういうルールだからな」

「じゃあ辞めます! それならいいでしょ!?」

「それは困る。四谷に辞められたら友達がいなくなってしまう。先生には友だちが出来たと報告したのに、嘘になってしまうじゃないか」

「そんなの私の知った事じゃありません!」

「だとしても、四谷は今後も友達同好会に籍を置き、俺の友達であり続ける」

「そんな勝手、通りませんよ!」

「通るさ。何故なら俺は友達同好会の部長だからな」

「部長だって、退部したい人を無理やり引き止める権利はないはずです!」

「あぁ。そんな権利は持ってない」

「だったら――」

「だが俺には、友達同好会の部長である俺には、部のルールを変更したり付け足す権利はある。その権利を俺は行使する。第一条、友達同好会の目的は友達を作る事である。第二条、友達同好会の部員同士は無条件で友達である。そして新たに第三条を追加する。友達とは、お互いの要求に応じて一緒に遊ばなければならない」

「な、なにぃいいいいいィィィィィ!?」

「これにより俺は四谷、お前の求めに応じて一緒に遊ばなければいけなくなった。俺達が友達である限りずっとな。これならば文句はあるまい」

「う、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ……」


 悔しそうに歯軋りすると、四谷はガクリと俯いた。


「そんなの……そんなの……」


 そしてブルブルと震えだす。


「そんなの……ふひっ……。ひひ、いひひひ、ひゃっはー! 最高じゃないですか!」


 枯れ枝のような両手を高く広げ、長い髪を振り乱してクルクル回る。


「そうですよ! それでいいんですよ! そういうのを私は求めていたんです! なぁんだ、廻間さん! ちゃんと分かっているじゃないですか!」

「俺だってバカじゃない。口に出してちゃんと言ってくれればそれくらいの事は分かる。とは言え、友達に対する認識に行き違いがあった事は認めよう。悪かったな、四谷。お前を不安にさせた事を謝罪する」

「いひひひひ。いーっひっひ。いいんです、いいんですよ廻間さん。だって私達、友達じゃないですかぁ? これから色々、私と一緒に遊んでくれるんでしょう? 一人では出来なかった色んな事を一緒にやってくれるんでしょう? 私の孤独を埋めて、疎外感から救ってくれるんでしょう? うひ、うひひひひ……。ならいいんです。それならば、全部水に流しましょう。でも、忘れないで下さいね? 次はないです。次はないですから。私は決して、裏切りを許しません。もしも今後、私達の友情を裏切るような真似をしたら。私は絶対、廻間さんを許しませんから」


 黒髪のカーテンの隙間から、狂気的な闇を孕んだ深淵が俺を見つめる。


「もちろんだ。俺も裏切りは好きじゃない。もし仮にそんな愚行を犯したなら、殺されても文句は言わない。煮るなり焼くなり呪殺するなり、好きにしてくれて結構だ」


 と言っても俺の場合、裏切る事が嫌いなだけで、裏切られる事に対しては特になにも思ってはいなかったのだが。


 それこそ他人など、どこまで行っても所詮は赤の他人なのだし。


 だが、四谷がそこまで言うなら仕方ない。


 約束とは相互に対等であるべきだ。


 もし今後、四谷が俺を裏切った時は。


 約束通り、四谷を殺そう。


 そうでなければ、これ程までに熱い友情を俺に向ける四谷に失礼というものだろう。


「……えーと。なにか今、私はとんでもない過ちを犯してしまった気がするのですが……」


 ぶるりと身震いをして、四谷がそんな事を口にする。


「気のせいだろ」

「ですよね。そんな事より! 折角素敵な第三条が出来たんですから! 使わない手はありません! というか、私はずっと待っていたんです。あの狭くて陰気な部室で一人、廻間さんが来てくれる日を待ちわびていたんですから! さぁ行きましょうすぐ行きましょう! そして今までの分、私とたっぷり遊んでもらいますから! もちろん、いいですよね?」

「あぁ。面倒だが仕方あるまい」

「うひ、うひひひひ! いーっひっひ! やったぁ! 面倒でも、一緒に遊んでくれるなら文句はありません! やったーやったやったったー! 友達出来たー! るんたったー」


 吐き気を催すような踊りと共に、四谷が教室を出て行った。


「あまりはしゃぐな。転ぶぞ」


 俺はその後を追いかける。


 友達とは一緒に遊ばないといけないそうなので仕方がない。


 狂乱の後には、名も知らぬクラスメイト達が取り残された。


「……なんだったんだよあいつらは……」


 死の淵から二度目の生還を果たしたAの呟きが俺の耳に届く事はない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る