第17話 決着
王城にて。名乗りを上げた両大将は同時に魔法を行使した。
「
ユリアの杖の穂先に雷属性の魔力が集約し、発光と帯電を始める。ただ発動しただけで周囲の空気が振動し、その光と音に感覚が麻痺する。
オリンポスの主神ゼウスが持つと言われる雷を操る神器『雷霆』を再現する魔法だ。
雷を宿した杖がエミリアに向けられると音よりも速い神の雷撃が放たれた。
「
エミリアが左手を掲げると虚空に魔力で編まれた白銀の盾が出現し、神雷を阻んだ。暴れ馬のように乱れ散っていた雷撃は瞬時に鎮まる。
オリンポス神話の女神アテナの持つ神器『アイギスの盾』を再現する魔法だ。オリンポス神話の最強の矛が『雷霆』だとすれば最強の盾は『アイギスの盾』である。
最高位にして同格の神器を再現する魔法同士がぶつかり合えば、その勝敗を左右するのは使い手の実力。盾が雷を防いだということは、エミリアの能力がユリアを上回っているということなる。
普通の魔力弾を防ぐことすらできなかったエミリアからは想像もつかないほどの魔法能力だ。
今度はエミリアが杖をユリアに向けると、空中に光属性魔力で構成された槍が出現した。
「
光の槍が撃ち出され、あまりの威力と速さに衝撃波が発生する。
「雷甲」
ユリアは自身の身体を雷属性の魔力で覆い、防御力を高める。
「なにッ!?」
エミリアの放った女神の槍像の威力は雷の鎧の防御力を上回り、貫通する。ユリアは直撃の寸前で雷属性魔法による身体能力の活性化を利用してなんとか回避する。
「封印を解いた君は私よりも高い能力を持っているようだ。しかし、戦いの勝敗は魔法能力だけでは決まらない。そうだろう、ユニコーン寮大将」
ユリアは不敵に笑うと杖を逆さに向けた。すると飛行魔法によって身体が優雅に浮遊し始める。さらに雷属性攻撃魔法の魔法陣がエミリアの頭上に無数に展開され、そこから雷撃が放たれた。
エミリアに向かって雨のように雷が降り注ぐ。閃光と雷鳴が感覚を遮る中、一撃必殺の電撃が止めどなく浴びせられるが、アイギスを傘のように頭上に掲げることで全て防ぎ切る。
「!?」
ユリアの姿がない。激しい光と音に乗じて逃げたのか。いや、戦いを楽しみにしていたユリアはそんなことしない。隠蔽魔法は禁止のためその線もない。エミリアは瞬時に脳みそをフル回転させて、背後にアイギスを構えるという答えを導き出した。
「やるね、良いセンスだ」
アイギスが強化されたユリアの拳を受け止めるが、咄嗟に構えたため体勢を崩されて、壁まで吹き飛ばされる。
雷魔法の副産物である光と音を利用し、背後を取ったのだ。隠蔽系と幻覚系の魔法は禁止だが、雷魔法は禁止されていない。ユリアは戦い方が上手い。圧倒的な力に驕ることなく、テクい小技も利用してくる。
ユリアは戦闘経験、魔法練度を合算することで、ゼウスを超え得る才能を持つエミリアに戦闘で優位に立っていた。
対してエミリアは封印の解かれた状態での魔法使用が不慣れで、本来の能力を発揮し切れていない。
それでも、生まれてからずっと封印されていた能力を封印解除してから即座に扱えている時点で凄いことだった。
もちろんそれはエミリアの本来の才能が優れているからだが、同時にエミリアの努力の成果でもあった。
諦めの悪いエミリアは寮対抗戦以前から、封印されているせいで使いこなせない『
完全に使いこなせてはいないものの、今こうして封印を解いてすぐに魔法が使えるのはその練習のおかげだった。
「流石ですわね、ユリアお姉様」
劣勢だというのに、エミリアは感服して楽しそうに微笑んだ。その顔を見てユリアも一層嬉しそうに笑った。腹違いの姉妹だからなのか二人の笑顔は似ている。
「なんだい、楽しまないと言っていたが、随分と」
「ええ、お姉様。私、自分の本当の魔法が使えて、心の底から楽しいのですわ!」
エミリアは高揚感に満たされていた。これまで魔法弱者として虐げられてきた自分がユリアと戦えるほどの魔法が使えることが嬉しかった。自分がユニコーンチームの一員として戦えていることが幸せだった。
その気持ちが、彼女の魔力を一段と昂らせる。
「いきますわよ!
炎のように燃え上がる黄金の魔力がエミリアを包み込み、背に光の翼を出現させる。
『
デメリットとして、肉体と精神に大きな負荷がかかるが、そんなものは後でアリスに治療してもらえばいい。自分が傷ついたとしても絶対に勝つという強い覚悟を決めていた。
「
エミリアの後方に六つの光槍が聳え立つ。それはミサイルのように続々とユリアに向けて発射される。
絶対勝利女神によって底上げされたポテンシャルで、攻撃魔法は先ほどよりも格段な強化されており、同時に使用できる数が六つに増え、回避できないようにホーミング機能まで付与してある。
光の槍の猛追から逃れるべく、ユリアは雷魔法による身体能力の強化と飛行魔法で高速移動を行う。さらに、雷属性攻撃を空中に放ち、フレアのように光槍のホーミングを惑わし、互いにぶつけ合わせて自滅させた。
なんとか六つの光槍を捌き切るが、自滅時に閃光が発生、ユリアは眼を守るために瞼を閉じ、腕で顔を庇った。
「
その一瞬の隙目掛けて、エミリアが突っ込む。杖の穂先を光の槍と一体化させ、飛行魔法と身体強化で勢いをつけた最大出力の突撃だ。
ユリアの閉じていた瞼が開かれる。その瞳の色は黄金。
「星を見よ、時を読め。
突撃攻撃は紙一重で躱されてしまう。それにより今度はエミリアが隙を晒すことになる。
「
ゼロ距離。無防備なエミリアの顔面に神雷を纏った拳が撃ち込まれる。
「がはっ!?」
アイギスの防御は待に合わず、纏っていた光の魔力だけでも防ぎ切れず、エミリアは壁に叩きつけられた。
エミリアの頬には大きなアザができ、口からは出血している。よろけながらも、追撃されないように立ち上がって盾を構えるが、視界がブレて安定しない。
「ありがとうエミリア。君のおかげで、私はようやく本気で戦える」
あまりに傲慢。ユリア・コンセンテスはこれまで一度として本気で戦ったことはなかった。彼女の優れた能力はゼウスから受け継いだ雷の力だけではない。
「この
ユリアは数秒先の未来までだがね、と付け足す。
「……み、未来を視る、ですって?」
たった数秒先だったとしても未来を視る魔法は戦闘においてかなり強力だ。明かされたユリアの能力に唖然としながらも、エミリアはその能力について思案する。
先ほどユリアは『エミリアが目眩しの後に突撃する』未来を視たのだろう。あらかじめ知っていたため、目眩し後の不意打ちを回避できたのだ。自分に都合の悪い未来を行動で変えることができるようだ。
逆に自分に都合がいい未来を視たなら、その通りになるように行動で仕向けることもできるはずだ。
未来を知れるということは大きなアドバンテージだ。魔法の戦いは相性によるジャンケンのようなもののため、相手の出す手がわかっているなら必勝だ。
ゼウスを全知全能たらしめる未来を知る力。ユリアはその能力を受け継いでいた。
「───そんなもん強いに決まってますわ〜!」
未来視について考えた結果、その強さを理解してしまい驚愕の大声を上げてしまった。
「そう、この眼の力は強すぎてね。面白くないから、私が窮地に陥る時までは発動しないように封印していたんだ」
わざとらしい傲慢極まりない笑顔で言い切った。他人に能力を封印されたエミリアからすれば己の意思で己の力を封じるなど傲慢と贅沢の極みだった。
エミリアは珍しくユリアに憤りを覚えたが、挑発するためにわざと言ったのだろうと思い至り、すぐに冷静になる。お返しをしてやろう。
「こちとら未来視の予言のせいで、生まれた時に親父に魔法を封印されたというのに、自ら封印するなど贅沢な我儘ですわね。負けた時の言い訳にでもするつもりでしたの?」
挑発に乗って怒ったフリをして、口調を強めに皮肉っぽく言った。リーダーたるもの舌戦で負けてはならないと、アリスから手解き(遠回しな罵倒の語彙力アップ講座)を受けた成果が出た。
「これは手厳しいな。悪かったよ。口喧嘩では私の負けだ。君の守りは堅いからね、隙を増やしておきたかったんだが、慣れないことはするものじゃないね」
やはりエミリアを挑発していたらしい。本来ユリアは他人が嫌がるようなことを言わない思慮深い人だが、勝つためにあらゆる手を使ってくる。それがエミリアにとっては嬉しいことだった。二人が対等であるという証明だからだ。
「本当はね、未来視の封印は戒めなんだ。未来を視た神々が叛逆を恐れて子を殺そうとしたり、子の力を封印したように、未来を視る力は持ち主を臆病にする。弱くする」
傲慢さの欠片もない、自分の弱さを切り捨てるストイックな思想。強い能力は故に本人の精神を弱らせる。ならば使わない。それは心が強いから選べる選択肢だ。臆病さから程遠い人物だ。
「だが、決闘が面白くなくなるから使わなかったというのも事実だ。私は傲慢にも自分と同等、いや、自分よりも強い者を待っていた。この眼が私を強くするのは、自分よりも強い相手と戦う時だからだ。そして、それが君だ、エミリア」
ユリアが黄金の魔眼を発光させてエミリアを見据える。エミリアはニコッといじわるそうに笑ってその眼差しに返答した。
「ユリアお姉様に認めていただけて光栄ですわ。ですが残念。ご期待の通りに面白くはなりませんことよ。何せ、お姉様はご自分が負ける姿を事前に見ることになるでしょうから」
エミリアの挑発的なセリフにユリアも乗っかり、楽しそうに返答する。
「ふふ、どうかな。私が君の敗北した姿を二度見ることになるかもしれないよ」
二人はギラギラの目で睨み合い、笑い合う。エミリアは憧れの相手が本気を出してくれたことが嬉しく、ユリアは自分が本気を出せる相手が見つかったことが嬉しかった。
ここからはエミリアにとって想定外の戦いとなる。ユリアが未来を視る魔眼を持つことはアリスの読心でも看破できなかったため、対策はない。ユリア自身に未来視を使うつもりがなく、意識外にあり、封印は受動的に解けるもののため、心を読んでもわからなかったのだ。だからエミリアが自分で作戦を考えて戦わなければならない。
そして即座に作戦を思いついた。シオンにはアホだのバカだのポンコツだの言われているエミリアだが、魔法が苦手なだけで筆記試験は学年一位の頭脳派だ。権謀術数と兵法に長けるアリスに参謀を任せているが、エミリアも脳みそを使える。
「少し先の未来でしたら、未来視を用いずとも、私にもある程度予測できます。お姉様の視る未来のその先を私が読めばいいだけのこと。私のこの慧眼を以って、その魔眼を打ち破りますわ!」
まずは未来視の性能を確認するため、攻撃を試す。
「
先ほど同様、六本の光槍を射出する。五本には自動ホーミングを搭載しているが、残る一本だけはエミリアの魔力操作でコントロールできるようにしてある。これで不意を突く。
「
神雷により光槍ミサイルは次々に迎撃されていく。エミリアの操作する光槍も軌道も読まれ、敢えなく撃墜された。
次は接近戦を試みる。
杖に光槍を纏わせてユリアへと突撃。完璧なタイミングで躱され、カウンターの雷攻撃を放たれる。それを間一髪アイギスの盾でガードした。
「私の視る未来のその先をを視るのではなかったか? 視たのは攻撃だけではないぞ!」
「っ!?」
飛行魔法による高速移動で盾の防御範囲外である背後に回り込まれ、神雷を全身に浴びせられる。
エミリアはアイギスだけでは守れないと予測しており、事前に防御魔法を身体に纏っていたため、ダメージが軽減され、なんとか耐えていた。
「……やりますわね、ユリアお姉様」
「君もね。君が敗北する
当然、未来視は危険回避だけではなく、攻撃にも役立つ。それでも最強無敵というわけではない。今の戦闘でいくつか分かったことがある。
どうやら視た未来は確定しているわけではないようだ。確定していたら危機回避の役には立たず、ただ心の準備をするだけの能力になってしまうから当然だ。
それに、数秒先しか視えないのは事実らしい。例えもっと先の未来が見えたとしても、途中の行動で未来は変化してしまうため当てにはならない。数秒先というのが戦闘におけるベストなタイミングだ。
結果、未来視は守りにおいては無敵に近い能力だとエミリアは判断した。
攻撃においても強いが、未来を見たところで、アイギスの防御力は変わらないし、隙のある背後を狙うのももうわかっているため、ユリア側の攻め手は限られてくる。防戦なら魔力が保つ間はエミリアが負けることはないだろう。問題はどうやって勝つかだ。
未来視で一番恐ろしいのは、不意打ちや隠し球が通用しないことだ。通常の目視による情報では予測不可能な未来を予知できるため、ユリアに攻撃を当てることは不可能に近い。
しかし、同時に未来視の『視る』という特性は弱点でもある。これを利用すれば勝てる。作戦は既にエミリアの頭に浮かんでいた。どうにかしてこの策を捻じ通す。
「この未来、必ずや成就させますわ」
「どんな未来を見せてくれるか楽しみだよ」
エミリアは身体強化で一気に距離を詰め、再び接近戦を試みる。
「
アイギスを左手で持ち、自身の前方に構えたまま、光の槍を纏わせた杖で攻撃する攻防一体の戦術だ。
「
対してユリアは雷を近接戦用の三叉槍状に形態変化させて迎え撃った。
衝撃波を発生させながら三叉の槍と白銀の盾がぶつかり合う。盾の裏側から光の槍が伸び、ユリアへと迫る。ユリアはそれを危うげなく完璧に避けると、盾の届かないエミリアの右手側に回り込み、三叉槍を突き立てた。
その行動はエミリアの予想通りだった。身体を半時計回りに捻りながら、左手の盾を亀の甲羅のように背に回すことでノールックで雷の三叉槍を防ぎつつ、回転の流れを使って右手の光槍でカウンターする。
しかし、それすらもユリアの眼は見透かしていた。次の瞬間、周囲を雷魔法の閃光と轟音が包み込む。
「なんですの!?」
カウンターを中断し即座に防御魔法で視覚と聴覚を守るが、その間にユリアは姿を消していた。
静寂に包まれた王城の玉座の間に彼女の姿はない。あるのは玉座と壁際に並ぶ神を模した石像たちだけ。
目眩しの後に姿を消すのは二度目だ。もう背後に回る不意打ちはエミリアには通用しないとわかっているはずなのに。
エミリアは感覚を研ぎ澄まし、周囲に異変がないか魔力による探知を試みるがユリアの反応はない。
「───!?」
ゆらり。壁際の神像の一つが柔軟な仕草で動き出し、あっという間にエミリアの眼前に迫った。パキパキとひび割れる石像の中からはユリアの美しい顔貌が現れる。
変身魔法だ。気配も魔力反応すらも消し、その変身対象になりきる最高難度の魔法の一つ。オリンポスの変身魔法は動物から水滴などの無機物にまで変身可能である。これは幻術の類ではなく、本当に今の今までユリアは石像になっていたのだ。
完全に不意を突かれた。盾の内側、触れ合う寸前まで近づかれたエミリアにできるのは振り向いてユリアの顔を見ることだけだった。
───それだけで十分だった。
「マジで石にして差し上げますわ」
エミリアの魔力に違和感を感じたユリアはこの先の未来を瞬時に視る。
その未来ではユリア自身が本当に石になって動けなくなっていた。エミリアは健在で、その眼は紫色に発光している。
「魔眼か!?」
ユリアは咄嗟に距離を取ると目を隠した。魔眼には目を合わせると石にされてしまうものがある。蛇の魔眼の最上位であるオリンポス神話の怪物メドューサの眼を由来とする魔眼だ。
「まさかこんな強力な眼を持ちながら、今まで使うことなく、この瞬間まで隠していたとは恐ろしいな」
と感嘆しつつ、ユリアは目を保護する防御魔法を顔面に展開して目を開けた。恐ろしいが、未来を視てしまえば対策できる。
「だが、その切り札もこうして不発に終わった」
「ええ。不発に終わりましたわ。発動する必要はございませんもの」
「なに?」
エミリアの発言の意味がわからず、疑問に思っていたユリアの身体が突然重くなり動けなくなった。足元を見ると、つま先からゆっくりと灰色の石に変わり始めていた。
「そうか」とユリアは悔しそうにため息を吐いて、理解した。
「私は未来で君の魔眼を
未来視には弱点がある。未来の光景がどんなものでも見なくてはいけないということだ。その未来が見てはいけないものだったとしても。
エミリアはメドューサの魔眼を確実にユリアに見させるために、接近戦を仕掛け、彼女が姿を消した際には敢えて隙を見せて接近を誘導した。ユリアがエミリアを倒すにはアイギスを躱して懐に潜り込みインファイトするしかないため、それを利用したのだ。
さらに、ユリアの魔眼は魔法の起こりを察知するため、それも利用し、未来視を誘導した。相手の目に魔力を感じたユリアはそれがなんなのか未来視で確認するはずだからだ。
「いい決闘だった。私の負けだ」
ユリアは悔しそうに、嬉しそうに微笑むとその身体の全てが石となり固まった。フィールド内に『決闘終了。勝者ユニコーン寮』とアナウンスが響き渡る。
「……みなさん、やりましたわ」
封印解除と絶対勝利女神の反動によるダメージでエミリアの身体が蹌踉めき倒れそうになる。それを転移魔法で現れたシオンが受け止めた。城塞都市の結界が消えたことでギリギリ転移が間に合ったようだ。
「お疲れ様です、エミリアお嬢様。よくがんばりました」
一方、城壁の前で戦っていた選手たちの耳にも試合終了のアナウンスが届き、戦いは終わる。
「やりましたね、アンナちゃん!」
腹黒女狐のアリスが純粋な喜びからアンナの両手を取って嬉しそうに小さく飛び跳ねている。
「や、やった、勝てた! よかった〜」
アンナはとにかく安堵の一心で、重くのしかかっていたプレッシャーから解放されたことでホッとしていた。
「イヴ、ありがとうね」
「どういたしまして。お礼は血と髪がいいな〜」
艶めかしい声で囁いてくる女神。今回はかなりコキ使ったため相応の代償が必要になる。
「今度髪切った時ね」
「やった〜」
ちょうど髪が伸びてきたことだし、散髪した時にでも食わせることにする。
他のユニコーンメンバーたちもそれぞれ言葉を掛け合って喜びを分かち合っている。
「よっしゃあー、やったぜ」
キリエが椿姫にハイタッチしようと手を掲げる。
「およよよっひゃー?」
不慣れな動作と言葉に椿姫は顔を赤くしながらハイタッチに応じる。それを見てキリエはお腹を抑えて爆笑した。
寮対抗戦を通して、チームメイトたちの絆も深まっていた。
「マジか、ユリアが負けたのかよ」
グリフォンチームの中でたった一人戦闘不能にならずに戦い続けていたマルクは気怠そうに座り込んだ。かと思えば立ち上がり、アンナたちの前にやってきた。
「先程のユニコーン寮への非礼を謝罪する」
そして深々と頭を下げて謝罪をしてきた。
「ひ、ひゃい!?」
アンナは驚いて、謝罪されている側なのにビビってしまう。マルクは案外礼儀正しい奴だ。ルーナもそうだったが、裕福な家の育ちだからそこら辺はしっかりしている。
「お前たちは強いと認める。ムカつくが今回はオレたちの完敗だ」
マルクが右手を差し出して握手を求めてくる。良くも悪くも魔法至上主義者で、強い者には敬意を表するようだ。
アンナも最後まで諦めずに粘り強く戦った彼に敬意を表したくて握手に応じた。
「また決闘しようぜ。次は連中にチームワークを教えとくからよ」
そう言ってマルクは一足早く講堂へ転移した。
その後、城壁の中からボロボロのルーナがトボトボ歩いて出てきた。頭から出血しているが気にしていない。
「うぇーい、お疲れ〜。みんな無事みたいだね」
「ちょっとルーナちゃん、怪我してるじゃないですか」
アリスがトテトテと駆け寄り、傷を見せるように促す。
「ダイジョブ、こんなのかすり傷だから」
「魔法の負傷はちゃんと処置しないと傷が残りますよ」
「すみません、治療をお願いします」
ルーナは大人しくしゃがんで、小言を言うアリスから治療を受ける。その様子は少し前に悪口を言った方と言われた方だとは思えない。最近はアリスがバンバンルーナに向かって毒を吐きまくっているくらいだ。お互いに信頼し合えているのだろう。
ルーナの治療が終わった頃、ユニコーン寮のメンバーたちも光に包まれて講堂へと転移した。
講堂に戻ったユニコーンチームを迎えたのは拍手だった。寮や魔法至上主義思想に関係なく、多くの生徒と教員がユニコーンの優勝を讃えて拍手を送ってくれている。一回戦の戦法を封じられたのにも関わらず、正々堂々と闘ってグリフォンチームを倒したことでユニコーンチームの力が認められたのだ。
客席のヨシュア先生は嬉しさのあまり涙を流しながら高速で拍手しまくっている。その横でマリアは誇らしげに腕を組んで頷いていた。後方腕組み教師だ。
拍手の音でユニコーンチームメンバーは勝利したことを実感する。そして退学を阻止したことが紛れもない事実だと確信した。
「おめでとう、エミリア」
エミリアに向かってユリアが右手を差し出してきた。エミリアは手を取るとガッチリと固い握手を交わした。
「ありがとうございます、ユリアお姉様」
「次は負けないよ」
そう言い残すとユリアは気絶しているユノをお姫様抱っこで持ち上げて足早に立ち去っていった。ここは勝者が讃えられる場所だということを彼女は誰よりも知っていた。
さて、戦いに勝利したが、肝心なのはここからだ。エミリアがステージの真ん中に堂々と立つ。
「校長〜! 目ん玉かっぽじって御覧遊ばされ頂けましたでしょうか!? ユニコーンチーム、優勝致しましたわ!!」
エミリアがステージ上から客席に向けて大声で雄叫びを上げる。端っこで見ていた校長はビクリと身体を震わせた。
そそくさと壇上に上がった校長に向けて、アリスが満面の笑みで魔法契約の書類を見せつける。
「では、宣言して頂けますか?」
観衆の面前、校長に逃げ場はない。ぐぬぬと歯を食いしばり校長は後悔する。そもそもがマリア・フルルドリスの率いるユニコーン寮に手を出すのが間違いだった。その教え子が弱いわけないのだ。
「……ユニコーン寮生の退学を撤回する」
それを聞いてユニコーン寮生たちが喜びの大声を上げ、同時に魔法契約書の文字が光り輝いた。これで、ユニコーン寮生は契約により守られ、不当な理由で退学させられることはなくなった。これにて一件落着だ。
◇
その日の夜、ユニコーン寮生は赤羊荘の食堂に集まっていた。もちろん祝勝会を行うためだ。テーブルの上には普段より豪華な料理がズラッと並んでいる。
ガヤガヤと賑やかな食堂に二回の拍手が響き、一瞬で静かになる。マリアのスパルタ指導を受けたユニコーン寮生は彼女が手を叩けば黙るように仕込まれていた。
「ユニコーンチーム、寮対抗戦優勝おめでとう。大将で部長で寮長のエミリア。音頭を取りなさい」
マリアに指名されたエミリアは今更恥ずかしそうにみんなの前に立った。
「ええ、ご紹介に与りましたエミリアですわ」
この前の新入生歓迎会で上手く話せなかったことから緊張しているらしい。食堂中から応援の野次が飛び交う。彼女の人望や親しみやすい人柄が周囲の人の接し方からよく伝わってくる。
「この度は皆様のご支援とご活躍のおかげで───」
ぐ〜
エミリアのお腹が鳴り、食堂中に響き渡る。食堂は静まり返り、音源の張本人は顔を真っ赤にして呆然としている。エミリアはヤケクソ気味に口を開いた。
「乾杯!!」
音頭に続いて、一同コップを掲げて『乾杯』を叫ぶ。食堂は笑いに包まれ、祝勝会は始まった。締まらないがそれはそれでユニコーン寮らしくていいとアンナは思った。
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