第16話 仲間
シオンとルーナはユノとアルゴスに追い込まれていた。
弱点のない複数属性魔法と百眼の不死巨人の猛攻に防戦一方となり、二人の魔力は大きく減少していく。
ルーナは飛行魔法で動き回りながらアルゴスを引きつけつつ、隙を見つけるためか度々ユノを視界に入れる。
「ちょっと〜、ルーナちゃん視線が熱いって。見てるのバレバレ」
アルゴスの身体中の巨大な眼の視覚はユノと視覚と繋がっており、巨人と生意気な少女のコンビに隙は存在しない。
シオンの相手をしながらも余裕のユノは片手間に、ルーナに向けて七属性魔法を撃つ。ユノの攻撃を回避するも、アルゴスのパンチをモロに受けてルーナは建造物の壁に叩きつけられた。
「痛ったぁ。最悪、血ぃ出たんですけど」
防御魔法が砕け散り、全身を強く打ったようだ。頭から出血している。
「ルーナ様、一度離れますよ」
シオンの転移魔法でユノとアルゴスから距離を取る。巨人が暴れ回ったことによりボコボコになった城塞都市のメインストリートでルーナとシオンは合流した。
「ルーナ様、準備の方は如何ですか」
「なんとか。後はあのマセガキに隙ができればイケる」
「隙は私が作ります。その後は頼みましたよ」
「りょーかい」
ユノを肩に乗せたアルゴスがゆっくりと近づいてくる。複数属性魔法と百目の不死巨人を操る天才は圧倒的な力の差に余裕ぶっこいているが、そこに隙は存在しない。弱点属性は無く、百の目があらゆる事象を見逃さない。
隙があるとすれば、絶対に見えてしまうというところだろう。
シオンは背後に回した右手で光属性魔力の球体を形成すると、それを迫るアルゴスに向かって投げつけた。
「
告げられる魔法名に呼応して球体は激しく発光した。暗闇を照らす灯りなどに用いられる基礎的な光属性の照明魔法で、その中でも一番明るい光を放つ魔法である。
「きゃっ!?」
突然の閃光にユノとアルゴスは怯んでしまう。
単純な目眩し魔法だが、全身に目を持つアルゴスと、それと視覚を共有したユノに対しては効果抜群だ。隙のないコンビの数少ない弱点であり、大きな隙を生み出すことができる。
アルゴスは目が潰れてのたうち回り、地上に落下したユノは目を抑えながらも、周囲を防御魔法で囲んで防衛している。
今度はシオンがアルゴス、ルーナがユノに戦う相手を切り替え、それぞれ対峙する。
「こんな小細工無駄だから! アルゴスの目もすぐに再生するし、失敗作とルーナちゃんじゃ、あたしの魔法は突破できない」
ユノの目が調子を取り戻すまで、ルーナは自由に動ける。だというのに、ユノを凝視するだけで、ルーナは何もしないで立っている。
「分析完了」
ルーナが疲れたように息を吐きながら言った。それと時を同じくしてユノは視界を取り戻した。感覚がリンクしていたアルゴスの目が見えるようになったのだろう。
「あれ?」
しかし、ユノとアルゴスの視界はリンクしていない。アルゴスの目には何も映っていない。ユノが忠実な巨人の方を見ると、そこには首を切られて横たわった巨大な肉塊が落ちていた。
不死の巨人が死んでいる。再生して復活することはない。
「アルゴス!?」
切断された巨人の頭部の上に、鎌を肩に背負ったシオンが立っていた。
「アダマスの鎌。不死の神や怪物も殺すことのできる神器です」
オリンポス神話において、神々や英雄たちが怪物や巨人を倒す際に使ったとされる不死殺しの鎌だ。
ユノの目が想定よりも早く見えるようになったのは、目の潰れたアルゴスが死に、魔力のリンクが途切れたからに他ならない。
「え、
「さぁ、神々は気まぐれですから」
巨人アルゴスの肉体は蒸発するように煙になって消滅する。神話の存在の使い魔は現世で死したとしても、しばらくすれば召喚可能になるが、流石にこの試合の最中に呼び出すことはできないだろう。
「でも、アダマスの鎌じゃ属性防御は貫けないから」
アダマスの鎌は数々の神々や怪物を討ち取った神器だが、その専門は魔法ではなく不死殺し。『不死』という究極の魔法を殺す性質から、魔法全般に対して威力を増すが、属性を複数掛け合わせた複雑な魔法に対しては管轄外だ。
「はい。ユノ様を倒すのは私ではなく、ルーナ様です」
振り向くと、ルーナがユノをじっと見据えていた。
「さっきからジロジロ見てきてなんなの? お喋りはしてくれないくせに」
閃光による目眩しには二つの役割があった。目眩しは一度使えば警戒や対策をされるため、一度に二つの行動を完遂する必要があった。
一つ目の役割はアルゴスを倒す隙を作ること。
目が見える状態のアルゴスを倒すことは、転移魔法が使えるシオンでも難しかった。
そして二つ目の役割はルーナがユノの魔力を分析する隙を作ることだ。『とある魔法』を使用するためには、相手の体の魔力を分析する必要があった。
これまでルーナがユノと会話をしなかったのは、彼女と対面した際に間近で魔力を解析していたからだ。戦闘中も度々ユノを見てその体の魔力を分析していた。
ルーナは属性防御の殻に籠るユノに向けて掌を翳し、詠唱を始めた。
「水を葡萄酒に、葡萄酒は血に。
ユノの心臓が大きく鼓動し、体内の血液が騒めき出す。途端に身体が動かなくなり、ユノは肩を抱えて身を屈めた。既に発動している防御魔法はなんとか維持するが、魔力のコントロールが阻害されており攻撃魔法が使えない。
「な、なにこれ? おまえ、何したんだよ!」
防御魔法で身を守っていたのにも関わらずユノは何らかの魔法の影響を受けたようだ。怯えを隠すために怒鳴るユノの青ざめた顔を見て、ルーナは満面の笑みで笑った。
「なにって、ユノちゃんの
顔を引き攣らせたユノは現実を見て見ぬ振りするように震えながら意見した。
「そんなの不可能だ! 他人の体内の魔力を操るなんて、それもこのあたしの魔力を」
「あれ〜知らないの? 体内水分操作魔法の理論」
「理論的には可能ってことでしょ!? あれは実用的な魔法じゃない。人体と水魔法への深い造詣が必要で、対象の相手の魔力を解析する必要がある。魔法研究実験での成功例はあるけど、戦闘中に戦っている相手の魔力を操るなんて───」
ユノは早口で説明をしながら、その途中で気がついた。ルーナがユノと対面した際に会話をしなかったのは魔力の分析に集中していたからだと。
それにルーナは水魔法に長ける才女だ。人体構造に関しては治癒魔法の神童と呼ばれるアリス・カサブランカの助力があれば補える。この魔法を戦闘中に使うこともあの腹黒女が考えたのだとすればおかしくない。
人間の肉体と水魔法に精通する者にしか扱えない実験魔法で、本来は聖典系に属する奇跡を再現する魔法の一種である。
聖典にある『水を葡萄酒に変える奇跡』を起源とする『水変換魔法』と『救世主が葡萄酒を自分の血と比喩する教え』を起源とする『魔法儀式における血液代償の代替』を組み合わせ、逆行させることで他人の体内の水分を操る。
人間の体の半分以上は血液を含めた水分で構成されている。それを自由に操れるということは生殺与奪の権利を握られるも同義だ。
「頭の良いユノちゃんならわかるでしょ。もう終わり。ルーナたちの勝ちだよ」
ふるふると首を振って現実を認めようとしないユノ。想像通りなら酷い目に遭うとわかっていた。
「シオン先輩、余力があるならエミリア先輩の加勢に行っていいよ。ルーナはユノちゃんにトドメ刺しとくから」
「いえ、今の残存魔力ではお嬢様の足手纏いになります。それよりも、お嬢様を悪く言ったユノ様の往生際を鑑賞させて頂きます」
無表情でわかり難いが、シオンはブチギレているようだ。普段は冷たい氷のようなシオンの目に静かな怒りの炎が宿る。それを察知してユノの身体の震えが増す。
「おっけー! じゃ、はじめよっかユノちゃん」
ユノは涙を滲ませて「助けてユリアお姉様!!」と心の中で叫ぶが、その声が届くことはない。ユリアは今エミリアとの戦いに専心しており、他のことに一切の関心がない。
必死に身を守ろうと防御魔法を展開し続けるが、体内水分操作魔法の前には無駄。体内の魔力のコントロールが阻害されており攻撃魔法を撃つこともできない。
「血を一箇所に集めたり過剰に血を増やして内側から身体を破裂させることもできるよ。血を凝固させて心臓止めちゃうのもいいね。あはは、安心してよ。決闘フィールド内じゃ絶対に死なないからさ」
体内の血流が異常に速くなり、心拍数が急激に上昇する。血液がぶくぶくと蠢き、お腹が徐々に膨れ上がり始める。
「お、お願い、やめて! 降参する。これまでの暴言も謝罪するから!」
身体は震わせ、涙と鼻水と涎と汗を垂れ流しにしながらプライドを捨てて懇願する。その痴態は講堂の観戦者たちの目にも晒されている。
「無理。死ねよ雑魚」
ルーナは冷め切った声でそっけなくあしらうと、更にユノの血液を掻き回した。身体の内側を支配されて好き勝手に辱められる嫌悪感で嘔吐しそうになり、咄嗟に両手で口を押さえて我慢するも、恐怖で腰を抜かし、思わず排尿した。スカートを濡らしながら尿が地面に撒き散らされる。ユノは股を抑えるが自分の意思とは関係なく漏れ続ける。羞恥と屈辱で顔が真っ青になる。
「おっ───」
ユノが泡を吹いて気絶した。体内水分操作魔法で血流が乱されたことに加え、恐怖で精神が限界を迎えたことで気を失ってしまったようだ。その後、すぐにユノの身体は講堂に転移した。
「はぁ、やっと落ちたか。疲れた〜」
ルーナが脱力して胡座で座り込む。
「お疲れ様です、ルーナ様」
「シオン先輩もお疲れっす」
「しかしルーナ様。意外にお優しいのですね。私なら気絶しないように強制的に覚醒状態にして臓物を破裂させますが」
残虐な手法を語るシオン。相当鬱憤が溜まっているようだ。
「まぁね。アイツに何言われても心に響かねんだわ。仲間のことを悪く言われたら怒る気持ちはなんとなくわかるけど、ルーナはみんなとは仲間っていう感じじゃないし」
ルーナにユノを痛めつけるつもりは元からなく、血流を操作して気絶させることが目的だった。以前のルーナならシオンの言ったような残酷な手法で復讐したかもしれないが、アンナに便所土下座されてから、過激さが薄れていた。元々、グリフォン寮に自分を追い出したことを後悔させるために参加した寮対抗戦だが、ルーナの目的はユニコーンを優勝させることに変わっていた。
「ルーナ様はもうユニコーンの仲間ですよ」
シオンが真顔で言う。ルーナは照れくさくなって顔を赤くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます