第15話 封印
エミリア、シオン、ルーナの三人を城壁の中に見送ったアンナ、アリス、椿姫、キリエの四人は、残る八人のグリフォンメンバーと戦うことになる。先ほどより人数は少なくなり、敵に対して半数の四人しかいない。アリスに関しては得意な魔法が三種類も禁止されているため戦力にならない。
盗憑鬼から解放されて正気を取り戻したマルクはのっそりと身体を起こした。
「やりやがったな、このクソアマが!」
怒り心頭、正気を取り戻したが、今にも発狂しそうだ。
「ねぇ、アンナちゃん、あいつ殺そっか」
憑依を解除したイヴが殺意を垂れ流しにする。
「ダメだよイヴ。でも、ユニコーン寮の仲間を悪く言ったのは許さない」
アンナはイヴを宥めつつ、マルクを睨みつける。グリフォンがエミリアやシオン、ルーナを悪く言っていたことを一言一句しっかりと記憶していた。アンナこそ怒髪天寸前、怒り狂い一歩手前だった。
「目にもの見せてやる」
怒りから、ついアンナは口調が強くなる。アンナは人見知りで控えめな性格だが、キレやすい。
両手を組み合わせて祈りを捧げる。暖炉の火のように温かい火属性の魔力がアンナを包む。
「憑依───ヘスティア」
巫女を纏う穏やかな火が罪人を裁く地獄の業火のように荒々しく燃え上がる。アンナの手元には穂先に聖火を灯した錫杖が出現する。
『ヘスティア』。オリンポス神話の神の一柱。炉と秩序を司り、孤児を守護する女神である。
アンナは伊吹大明神以外の神霊とも契約しており、召喚はできないものの、憑依魔法でその神の能力を使うことができる。
ヘスティアの憑依にグリフォン勢が唖然とする。それもそのはず。グリフォンチームにはコンセンテス家、つまりオリンポス神国の出身者が多く所属している。自分たちの信仰する神の一柱が敵に力を貸しているとなれば驚くのも当然だろう。
「バカな、ヘスティア様が魔法弱者に力をお与えになるだと?」
「あんなものは偽物だ! ヘスティア様を騙る魔女だ!」
グリフォンのヘイトがアンナに集まり一斉攻撃を受ける。しかし、あらゆる魔法も聖なる炎の壁によって焼き尽くされ通らない。
その事実が、アンナが憑依させている霊が本物のヘスティアである証左だった。
ヘスティアはオリンポスの主神『ゼウス』の姉にあたり、神聖不可侵の誓いをゼウスと交わした。つまりオリンポスの神の中でも最上位の存在であり、オリンポス由来の魔法では傷つけることはできない。
魔法の戦いは相性の戦いであり、神話や伝説を原典とする魔法には致命的な弱点がある場合が多い。それが所謂『特攻魔法』だ。
アンナは召喚及び憑依させる霊を相手に有利なものにすることであらゆる敵に対応できる。
更にアンナは両手で蛇の頭を模した印相を組み結ぶ。すると足下に巨大な召喚魔法陣が展開された。憑依と召喚使役の同時使用だ。
「憑依召喚───魔神ティフォン、来ませい!」
アンナの叫びに呼応して、イヴが漆黒の魔力を放出させ、その姿を変貌させる。
背中には黒い翼が備わり、下半身は蜷局を巻いた大蛇となり、手先から無数の蛇を生やしている。
空気と地面を震わせる強大で歪な魔力。顕現した化け物の姿にグリフォンチームメンバーが怯え出す。体に流れる血潮が、本能と魂が、根源的な恐怖に飲み込まれる。
『ティフォン』───オリンポス神話の怪物の王。あらゆる怪物の祖であり、神々の王ゼウスよりも強いオリンポス最強の存在だ。
神話では最終的に封印されたため、本来は召喚できないのだが、イヴにティフォンの魂を憑依させることで、能力と肉体を再現し、実質的な召喚を果たしている。
アンナの魔力が少ないため、完全体ではないが、戦う相手は神ではなく人間の子供だ。それでも余りあるほどティフォンは強い。
神話において、神々はティフォンに為す術もなく逃げ惑ったとされている。神々の力を元にした魔法では勝てない。
ヘスティアもティフォンもオリンポス神話を原典とする魔法に対して有効なのだが、仲間のエミリアとシオンにも影響するため、二人が近くにいる間は使用できなかった。
「私がヘスティアの力でみんなを守るから、みんなは攻撃に専念して!」
「了解!」
キリエとティフォンモードのイヴが近接戦、アンナと椿姫が後方支援を担当して戦いが再開される。
「あっははははは! 燃えろ燃えろ〜!」
ティフォンは火属性魔法を極限まで凝縮した
ユニコーンは戦力が敵に対して半数にも関わらず、圧倒的に有利となる。
やることのないアリスはというと意趣返しとして戦いの最中なのに紅茶を飲み始めた。自分の指揮する部隊が思いのままに戦いを進める様を気持ち良さそうに堪能している。
◇
一方、城門から城塞都市の中に入った、エミリア、シオン、ルーナの三人は中央に聳える王城へと向かっていた。
城塞都市の結界の影響で転移魔法の距離に制約がかかっており、五十メートル以上離れた場所に転移できないため走って移動だ。
王城へと続くメインストリートを進むと道の真ん中にはユノ・コンセンテスが仁王立ちして待ち構えていた。
アリスの作戦では、ユノと戦うのはシオンとルーナの二人ということになっている。
「うっそ、マジ〜!? よりにもよって中に入ってきたの全員雑魚じゃん。コンセンテス家の面汚しに、失敗作の
ユノがお腹を押さえて嘲笑するが、エミリアたちはそれを無視する。
「お嬢様、ここは私とルーナ様に任せて先に行ってください。……これ、言ってみたかったんですよね」
「シオン、ルーナさん。ここはお二人に任せましたわ。ふふ、私もこれ言ってみたかったんですの」
などと戯れ合う主従。ユノが気に入らなさそうに眺める。
「はいどーぞ〜。エミリア先輩は通していいって、ユリアお姉様のご命令だから、勝手に行けば〜」
一人王城に向かうエミリアの邪魔はせずにひらひらと手を振るユノ。大将に大将をぶつけるというユニコーンの奇策に、ユリアは乗ってくれるらしい。
ユノは残ったシオンとルーナに向き直る。
「さてと、こんなゴミたちはサッサと掃除して、ユリアお姉様のご勇姿を見届けないと」
目をハートにして妄想に惚けるユノを気にせず、ルーナが先に仕掛けた。ユノの周囲に魔法陣を展開し、全方位から水魔法攻撃を放つ。
しかし、ユノに命中する寸前で水は氷となり砕け散ってしまう。ユノはルーナの水魔法を氷に変換して砕いたのだ。
「ざっこ〜。水属性攻撃魔法なんて二流の魔法なんですけど」
あらゆる属性魔法を使用できるユノに対して、水属性を主体に戦うルーナでは部が悪い。水属性は氷、雷、木、土の属性に対して不利だ。
炎や雷と違い、水自体に攻撃性はなく、不利な属性も多いことから、戦闘において水属性魔法を用いる者は少ない。水属性は他の属性に劣ると評する者もいる。
「そんなの使ってるから負け犬なんだよ。お漏らしルーナちゃんにはぴったりの魔法だけどね」
ユノはわざとらしくルーナを挑発し続ける。相手が冷静さを欠いて怒る姿を見て面白がる性格の悪い女だ。だがルーナはユノのことをじっと睨むだけで言い返さない。
「なんかルーナちゃん無口で冷た〜い。昔はもっとおしゃべりで一緒に人の悪口言い合ったじゃん」
などと言いながらユノはルーナに向けて雷魔法を放つ。ルーナは無属性の防御魔法で凌ぐが、余りの威力に、吹き飛ばされて背中から地面に倒れる。
容赦なく、無防備なルーナに雷属性魔力弾の追撃が迫る。
それをシオンの鎌が斬り弾いた。
「ご無事ですか、ルーナ様」
「マジ助かるシオン先輩」
シオンに手を引っ張って起こしてもらうルーナ。なんだかんだ言いながら、彼女はユニコーン寮に馴染んでいた。
そんなルーナの変貌がユノは気に入らない。
「おいで、あたしの可愛い
フェニックス戦同様、ユノは巨人アルゴスを召喚する。城塞都市を震わせてアルゴスが降り立つ。その百の目がルーナとシオンを凝視した。
「ルーナ様。ひとまずは私がユノ様と戦いますので、ルーナ様はアルゴスを頼みます」
「りょーかい」
属性魔法の撃ち合いではユノには勝てないため役割分担だ。攻撃範囲の広い水魔法を使えるルーナが巨人アルゴスと戦い、魔法防御を突破しやすいアダマスの鎌を持つシオンがユノと戦うことにする。
「───アアアアアアア!!」
アルゴスが咆哮を上げ、その手に持った大剣を振り下ろした。
ルーナは平然と高難度の飛行魔法を使い、素早く回避するとアルゴスに向けて水属性魔力砲を撃った。攻撃は貫通し巨人の胴体に大きな風穴が開く。
しかし、アルゴスの傷はあっという間に再生してしまう。
「無駄だよーん。アルゴスは不死の巨人なんだから」
つまり術者のユノを倒さないとアルゴスは倒せないということだ。ルーナはシオンがユノと戦いやすいように、飛行魔法でアルゴスを翻弄し、再生されるのを分かった上で、攻撃を繰り返す。
シオンはユノの属性魔法攻撃を回避しながら転移魔法で一気に距離を詰め、鎌を振り下ろした。しかし───
「
緑、赤、黄、青の四色の魔力が合わさった防壁がユノの身を守った。アダマスの鎌ですらその防御を貫けない。火、水、土、風の四属性を重ね掛けすることで弱点を失くした高度な防御魔法だ。
さらに攻撃直後で大きな隙を見せたシオンに向けて、ユノは孔雀の羽根の装飾が施された杖を突き付けた。
「
杖先から七色の光が放たれ、シオンを飲み込む。火、水、土、風、雷、氷、木の七属性を融合、調和させた複数属性魔法『
「ど〜しよ〜、消し炭にしちゃった〜。あはっ、魔造人間には人権なんてないから別にいっか!」
シオンの姿はどこにもない。決闘フィールドの加護により、死に至る攻撃を受けた場合、すぐに講堂に転送されるため死ぬことはないが、シオンは講堂にもいない。
「何度も通用するわけないじゃん」
ユノが背後に向けてノールックで攻撃魔法を放つと何かに命中した。
「流石ですね、ユノ様」
そこには全身がボロボロで満身創痍のシオンの姿があった。膝を地面について、息が上がっている。命に関わるほどの負傷ではないが、七属性魔法を防ぎ切れずにその余波を受けたようだ。その後、果敢に転移魔法でユノの背後に回ったが読まれて、再び一撃受けてしまった。
姿を隠す隠蔽系魔法が封じられているため、戦術が一辺倒になる。純粋な攻撃のぶつかり合いではユノには勝てない。アルゴスもいるため、二人でユノの相手をすることも出来ない。このままではジリ貧だ
◇
エミリアは一人王城へ続く階段を上っていた。アリスの立てた作戦では、エミリアがグリフォンの大将ユリア・コンセンテスと戦うことになっている。
エミリアは緊張と不安で潰れそうな心臓を、決意と覚悟で鋼に固めて保っていた。
同じコンセンテス家で、腹違いの姉妹。それなのに二人の能力は天と地ほどかけ離れている。
エミリアが王城に辿り着くと、玉座に座ったユリアが微笑んで迎えた。
「待っていたよ、エミリア」
対してエミリアは不敵に笑い返すと、魔力を身体の周囲に放出した。これまでのエミリアからは想像もできないほど重く、力強い魔力だ。
「ユリアお姉様。私には決闘を楽しむ余裕などないのです。申し訳ございませんが、勝ちに行かせてもらいますわよ」
「おもしろい。そういう戦いも私は好きだ」
エミリアの魔力に講堂の観戦者たちは困惑し畏怖する。ユニコーン寮の劣等生だと思い込んでいた少女が纏う圧倒的な魔力に、画面越しだというのに体の髄が震えた。
ユリアの『
「やはり、私を退屈から解放してくれるのは君だったみたいだね。この魔眼を開眼してわかった。エミリア、君はゼウスよりも強くなる」
心底楽しそうにユリアは笑う。対してエミリアは虚しそうにふるふると首を横に振って否定した。
「いいえ。正しくは強くなるはずだった、ですわ。
エミリアはオリンポス主神ゼウスを超える可能性を秘めていたが、それ故にその才能は封印されてしまったのだ。
過去を語る彼女の目はいつものような覇気を感じられない。届かないものを、届かないとわかったまま、追いかけるように虚しい。
「封印された力は無いものも同じ。私が何の才能の無い劣等生であるというのは紛れもない事実ですわ」
「では何故、私の眼に映る君はこれほどまでに強い」
エミリアの魔法能力は封印されて弱くなっているはずなのに、今は強力な魔力を纏っている。ゼウスの施した封印が綻んでいた。
「仲間のおかげですわ」
悲壮感に満ちていたエミリアは一転して誇らしげで堂々とした態度を取り戻した。
「やはり君たちはおもしろいな」
ユリアが楽しそうに笑い、玉座から立ち上がった。
エミリアは寮対抗戦で優勝するために退学を言い渡されたあの日からずっと魔力を溜め続けていた。ゼウスを超え得る力を秘めているが故に、魔力さえあればゼウスによる封印を一時的に解除できるのだ。
ドラゴン戦でも決勝戦序盤でも彼女が一切魔法を使わなかったのは魔力を溜めるために他ならない。そのために、ユニコーン寮の仲間たちは相手チームの半数以下の五人で頑張って戦ってくれたし、先程はアリスから魔力を多量に譲渡してもらった。
一回戦でグリフォンと当たったとしても、一時封印解除ができるように魔力を溜めていたため、現在の魔力量は今作戦における上振れの最大値だ。
エミリアは胸の前で拳を握りしめ、目を瞑る。瞼の裏に焼きついた一年間の思い出。イメージするのは友人や後輩たちと過ごすこれからの学園生活。何の才能も無い少女の身に黄金の魔力が湧き上がる。青春への焦がれの前に神の封印など紙切れに等しい。
「限定封印解除」
予言女神の魔眼を有するユリアにはエミリアの魂を覆う神王ゼウスの封印魔法が湖面の氷のように砕け散るのが見えた。金色の魔力が放出される。
彼女から滲み出す魔力の量と質が目に見えて増えた。金色の魔力を纏って、エミリアはユリアと対峙する。
ユリアはゼウスの神器『
「グリフォン寮大将ユリア・コンセンテス」
それに応えるようにエミリアはオリーブの葉と梟の羽の装飾の杖を出現させた。
「ユニコーン寮大将エミリア・コンセンテスですわ!」
チームの勝敗を直接左右する大将同士の決闘が開幕した。
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