第14話 トロイア作戦
作戦名はエミリアたちコンセンテス家の出身地であるオリンポス神国の神話の戦争『トロイア戦争』から取って作戦名を決めたようだ。
シオンを除いた六人で手を繋ぎ、シオンを囲むように円陣を組む。アリスが目で合図し、シオンはコクンと頷くと、翼と絡み合う二匹の蛇の装飾の杖を取り出した。翼の付いた靴の魔法陣が展開される。
「飛べ、
一瞬にして視界の景色が変わる。先程まで遥か遠く、陽炎に揺れていた城壁が眼前に聳えていた。シオンの転移魔法により、ユニコーンチーム全員が同時転移したのだ。
城壁には結界が張られており、転移魔法では中には入れそうにない。分厚い壁は物理的にも侵入を拒む。
城壁を見上げると、弓を携えた二人のグリフォン寮生がこちらを見下ろしている。先程、光の魔力弾を撃ってきたのはあの二人のようだ。
更に、ゆっくりと城門が開き、中から八人の生徒が姿を現した。ユノとユリアは見当たらない。ツートップ以外の十人がこの場に現れたようだ。
「おいおい、馬鹿かこいつら。全員で突っ込んできたぜ」
城門から現れた、体格の良いグリフォン寮生───『マルク・コンセンテス』がユニコーンチームを嘲笑する。
「大将まで居るしよ。それも、魔法弱者のエミリアが大将と来た。まったく笑えるぜ」
マルクは身体能力強化の魔法に秀でたコンセンテス家の嫡男で、弱い者を見下す性格の悪い男だ。そのくせして赤髪と恵まれた体格と顔立ちから女子人気が高い。
「では手筈通りに。皆さん、どうかご武運を」
アリスの目配せでユニコーンチーム七人が陣形を組む。
前衛にキリエ、シオン、アンナの三人、後衛にルーナ、椿姫の二人。そして後衛の更に後ろに参謀アリスと大将エミリアが控えるという陣形だ。
「憑依、伊吹大明神」
アンナがイヴを自身の身体に降ろし、その身体能力と魔法能力を神クラスまで上昇させる。神剣『草薙剣』がその手に握られ、周囲の魔力が震えだす。
「魔法よ解けろ。
キリエは魔法無効の力を具現化した硝子の剣と火属性武装魔法の炎の剣の二刀を構えた。
シオンは翼と蛇の杖を手放すと、その手に身の丈ほどもある巨大な鎌を出現させた。
「アダマスの鎌」
アダマントと呼ばれる頑丈な鉱物から作られた鎌で、魔法に対して有効な特性を持つ。
「
椿姫の手に梓弓が出現する。幻装とは術者の魂を武装として具現化する魔法だ。その人だけの唯一無二の魔法武器を作り出すことができる。
ルーナもまた杖を構えて戦闘態勢に入る。
その後ろでエミリアは座り込んで、空気中の魔力を己の中に溜め込んでいる。アリスはエミリアの肩に触れて魔力の譲渡を行っていた。
作戦の次の段階でエミリアの力が必要になるのもあるが、この作戦に自分が必要ないことをアリスは理解していた。
戦いの火蓋を切ったのはマルクだった。ユニコーンの前衛に向かって接近し、巨大な戦斧を振りかぶる。その凄まじい膂力に踏み込みだけで地面が抉れる。
キリエとシオンは回避し、アンナが神剣にて斧を受け止めた。
「おもしれぇ、やれる奴がいるじゃねぇかよ!」
マルクは逞しい肉体をさらに魔法で強化し、重い一撃を連続で打ち込んでくる。
彼に続いて、他のグリフォン選手たちも戦闘を開始した。
グリフォン選手の多くがコンセンテス家の血縁であり、オリンポス神国の出身であるため、オリンポス神話を起源とする魔法を用いる。
その魔法は神々の権能を再現したもので、属性魔法なら自然の猛威の如き荒波や暴風を巻き起こし、呪術となれば人を動物や異形に変え、召喚魔法ならば神話の怪物を呼び出す、スケールの違う古の魔法だ。
「無様に潰れろ、魔法弱者共!」
城壁の上の二人の射手から光の魔力弾が放たれ、城壁の前に立ち塞がる七人から天変地異のような強力な各種属性魔法がユニコーンチームに向かって放たれる。
迫り来る天罰の再現、それに向かってキリエ・クレシアが一人前に出た。掌を災害級の魔法攻撃へと翳す。
「ほい」
魔法無効により全ての攻撃魔法が一瞬にして消え失せた。
「なん……だと!?」
グリフォン選手たちは唖然とする。
昨日のドラゴンとの戦いの映像はリアルタイムで放送されていたものの、戦闘中の声を完全に拾えるわけではないため、キリエの魔法の具体的な能力を視聴者は知らない。こうして、目の前で見ても、『魔法よ解けろ』という口上を聞いても、魔法無効などと考えつく者はいない。ルキウスは柔軟な思考を持っていたから気がついたが、ユニコーンを侮っているグリフォン選手たちにはわからない。
魔法を無効化された隙をシオンが突く。転移魔法でグリフォン選手たちの目の前に一瞬で距離を詰め、鎌を振るう。魔法を切れるアダマスの鎌は防御魔法を容易く貫き、グリフォン選手の身体を切り裂いていく。
「ぐあっ!? 不良品の
負傷したグリフォン選手が負け惜しみにシオンを罵る。魔造人間とは魔法で人工的に造られた人間のことだ。オリンポスでは魔造人間をパンドラと呼称する。
魔法至上主義者にとって魔造人間は下等な非人間という認識だ。転移魔法を使いこなす彼女がユニコーン寮にいる一因だろう。
シオンは敵の真っ只中に飛び込み大立ち回りを演じ、次々にグリフォン選手の防御魔法を破壊して消耗させていく。シオンの表情は冷徹でいて、その内に激しい怒りの炎を燃やしているのがアンナにはわかった。それが他人のための怒りであることも察せる。
遠目で見ていたルーナがシオンの暴れる姿に若干引く。
「あは、シオン先輩、アリスちゃんの悪口言われた時のアンナちゃんみたいな顔してる〜」
「そういうところですよ、ルーナさん」
椿姫が指摘する。ルーナは自然と人の悪口を口からボロボロ垂れ流すタイプの女だ。
「ほいほい、気をつけますよ。それじゃ、ルーナたちもボチボチ参りますか」
再び壁上の射手からユニコーンに向けて光の魔力弾が放たれる。ルーナと椿姫、二人の役割は前衛の援護とエミリアとアリスを守ることだ。
ルーナは背後に四十門の魔法陣を展開する。
「四十夜の雨よ、地上の邪悪を洗い流したまえ。
空から降り注ぐ光の矢を、天罰の雨を原典とする水魔法で地上から迎撃する。
その間に、椿姫は
「
椿姫の瞳がまるで太陽のように黄金に輝く。その眼は太陽が地上の全てを見るが如く、あらゆる事象を観測する千里眼の究極。彼女の魔眼はヤマト帝国において『
「参ります!
金色の矢が放たれる。太陽のように燃え盛るそれは、最初からそうなることが決まっていたかのように、ただ当然に命中した。
壁上の射手の一人は太陽の矢に貫かれて戦闘不能となり、フィールドから講堂へ転送される。それを見た観戦者や他の選手は響めく。
最初にグリフォンの選手を倒したのは椿姫だった。入学以前は上手く魔眼をコントロールすることのできなかった椿姫だが、マリアとヨシュアの指導を受け、短期間でここまで成長した。
「一番首は椿姫ちゃんかぁ。ルーナも続いちゃうよ!」
ルーナが背後に戦艦の主砲ほどある巨大な魔法陣を展開する。
「沈め。
魔法陣を砲門として水属性魔法の極太レーザーがもう一人の射手を飲み込んだ。当然、戦闘不能となる。
ドラゴン戦では手の内を隠すために最小の動きで戦ったが、今回は全員が遺憾無く全力を発揮できる。
更にアリスが事前に敵選手の情報を読心で調べたため、それぞれが戦いやすい敵とマッチでき、エリートのグリフォンに対して有利に戦える。
油断と傲慢だらけのグリフォンに対して、ユニコーンはあらゆる策を弄した上での全員突撃だ。
「クソ、硬くてムカつくぜ! 他の連中は全然連携取れてねぇしよ」
マルクが気に入らなさそうにアンナから距離を取る。アンナの防御魔法主体の戦術に苛立ちを隠せない。
グリフォンはチームワークなど欠片もなく、それぞれがやりたいようにやっているため、シオンの素早い動きとキリエの魔法無効に翻弄されて、やりたいことは何もできないでいる。
マルクは何か思いついたように、アンナに背を向けるとキリエへと攻撃の矛先を向けた。
「おまえ、魔法は効かないが、物理攻撃なら効くよなぁ!?」
まさかのマルクが一番頭を使っているタイプだった。魔法無効に気がつき、一番厄介なキリエを倒そうとする。
「隙アリです。
アンナがマルクに向けて魔法を行使する。
「あ、がっ」
途端にマルクは動けなくなり苦しそうに悶え始める。
『
取り憑かれたマルクはガクッと力が抜けて膝から崩れ落ちた、かと思えばすくっと立ち上がり、城門の方へおぼつかない足取りで歩いて行く。
そして閉じた城門に手を当てると、結界の解除呪文をボソボソと唱えた。
「何をしているマルク!?」
他のグリフォン選手が異常に気がつく頃には既に結界は崩壊し、城門が開かれ始めていた。
トロイア戦争において、兵士たちは神への供物の巨大な木馬の中に隠れ潜むことで、敵自身に城の門を開けさせて、強固な城壁の中に入り込んだという。
盗憑鬼の術を『鍵』としたこの作戦の名前の由来にピッタリだ。
斯くして門は開かれた。トロイア作戦の本命はここから。敵大将ユリア・コンセンテスを倒すため、選出されたメンバーが、門の中へと入っていく。エミリア、シオン、ルーナの三人だ。
この三人を追わせないため、今度はアンナたち残りの四人が城門の前に立ち塞がった。
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