第12話 秘密兵器
ドラゴン寮チームは南方山岳地帯に陣地を構えていた。敵の侵入を防ぐ結界を張っているとはいえ、大将ルキウス・ペンドラゴンの護衛は剣士一人と術師一人の計二人。
先ほどは目立つ聖剣の攻撃をしたというのに、陣地も変えずにいることから、それほどまでに実力に自信があることが窺える。
ルキウスは高台から剣を地面に突き立て、悩ましそうに眼下のフィールドを見据えていた。ランスが敵に魅了されて裏切ったという報告を受けて、居ても立っても居られないようだ。
「ああ、参ったな、ランスの奴め。やっぱり僕も戦いに行った方がいいんじゃないかな?」
「ダメです。ランス様の剣術はルキウス殿下よりも上です。接近すればあなたでも負けますよ」
護衛術師のネヴィアが辛辣に指摘する。ルキウスは本物の王子だが、友人たちとの関係は平等で、こうして普通に意見してくれる。
「殿下はここで聖剣解放の準備をしてください。仕方ないのでランス様ごと敵を吹き飛ばしましょう。攻撃隊が隙を見て離脱しますので、そうしたら先ほど同様にお願いします」
ネヴィアは参謀も務めており、ユニコーンの罠と囮を破壊するために聖剣で広範囲攻撃するように命じたのも彼女だ。
「どうしました殿下。早く」
「仲間ごと攻撃するのは王子的にまずいかなって」
「アレは仲間ではありません。裏切り者です」
ネヴィアはランスに対して特に辛辣で容赦のない態度と塩対応をする。
作戦としても敵に魅了された仲間は捨てるのが正しい。相手方も仲間を盾にして聖剣を牽制しているのだ。だから、ここで聖剣を放つことは敵の不意をつける。
それはそれとして、ネヴィアはランスに対して怒っているのだろう。彼女がランスに恋心を抱いていることをルキウスは知っていた。
「やれやれ、わかった。撃つよ」
再びルキウスが聖剣を構えた時だった。
「何者だ!」
ルキウスの護衛剣士を務めるベディがドラゴン寮チームの陣地内に侵入したユニコーン寮チームの選手に気が付き剣を抜いた。
堂々と隠れることもせずにドラゴン寮陣地に姿を現したのは赤髪の女生徒───キリエ・クレシアだった。
「おっ邪魔しまーす。大将首取りに来ました」
キリエの手には魔力で構築された硝子のように透き通る剣が握られている。その形状は絢爛な装飾の時計の針を思わせた。
「そんな、いつのまに!? 接近する魔力の反応はなかったし、索敵からも報告はなかったわ」
ルキウスを守るためネヴィアも杖を構える。護衛剣士ベディはキリエに向かって行く。
「二人とも、何か変だ、気をつけろ!」
ルキウスは聖剣の攻撃を中断してキリエを警戒する。
誰にも気づかれずに、結界を破壊することもせずに、敵陣に侵入した。それなのに彼女はわざわざ姿を見せている。何かある、ルキウスの本能が彼女を危険だと感じ、心臓を高鳴らせる。
後方からネヴィアが魔力弾を同時に複数放ち、強化魔法で身体能力を向上させたベディが一気に距離を詰める。
キリエは魔力弾を防御するでも回避するでもなく、何もせずにその身ですべて受けた。しかし、その身体は無傷だ。
「はぁっ!」
ベディが剣を上段から振り下ろす。それをキリエは片腕で持った硝子の剣で軽々と受け止めた。 するとベディの剣が纏っていた強化魔法の魔力が、硝子の剣と接触した途端に消滅した。
キリエはスルリとベディの剣を掻い潜ると、彼の胴体に一瞬触れた。
「───?」
何をされたのか、自分の状態を確認するベディ。すぐに異変に気がついた。
「……魔法が使えない」
彼を纏っていた強化と防御の魔法は消え、新たに魔法を発動することもできなくなっていた。
「うっ!?」
ベディはキリエの硝子の剣で斬られて気絶し戦闘不能となってしまう。
続いてキリエは魔力弾の連射をものともせずにネヴィアの目の前に迫ると、そっと彼女の肩に触れた。
ネヴィアにもベディと同様の現象が発生していた。魔法が使えない。杖はうんともすんとも言わない。魔法が使えないという異常事態に困惑と不安で体が震える。
キリエが無力となったネヴィアを戦闘不能にしようと硝子の剣を振りかざす。それが当たる寸前で、ルキウスがネヴィアを抱えて回避した。
「ネヴィア、ここから逃げて遊撃隊と合流するんだ」
「殿下、ご武運を」
ルキウスの命を受けてネヴィアは即座に離脱した。大将を見捨てて逃げるという選択にも迷いはない。今できるのはルキウスの戦いを邪魔しないことと、仲間に状況を伝えることだ。
空気中を漂う魔力の粒子が金色に輝き出す。騎士王子が祈るように顔前に掲げた剣に光が灯る。
「聖剣解放───エクスカリバー!!」
光を纏った聖剣が振り下ろされ、およそ十メートルほど離れたキリエに向けて、まるで剣の斬撃が可視化されたような黄金のエネルギーが放たれた。対人用に範囲を狭めつつ、威力を凝縮した聖剣解放だ。決闘用フィールドの保護下でなければ、命中した者は肉片も残らずに蒸発するだろう。
赤毛の少女は硝子の剣を掲げ、静かに剣の名を唱えた。
「魔法よ解けろ。
「……成程、そういうことか」
ルキウスは困ったように、同時に楽しそうに笑った。
「君の魔法は
「御名答」
天真爛漫、ある意味不気味に赤髪の少女は笑い返す。
ユニコーン寮の
彼女は魔法の影響を受けず、彼女と硝子の剣が触れた魔法は無力化され、彼女に触られた人間はしばらくの間魔法を使用することができなくなる。
魔法決闘においては無敵の力だ。結界をすり抜け、探知魔法にも引っ掛からない。
しかし、この能力故に、他の自分の魔法を無効化してしまい、複雑な魔法を使用することができず、彼女は属性魔法や強化魔法などのシンプルな魔法しか使うことができない。そのためユニコーン寮生となった。
ほとんど例の無い稀有な才能だが、魔法至上主義の基準では評価に値しないようだ。
「おもしろい。わくわくするよ」
強敵を前にして、ルキウスは心を躍らせる。彼はヒエラルキーの序列決定戦などに興味はない。騎士として強敵と戦いだけだった。
「魔法で攻撃してもダメなら剣で斬るまで。剣術勝負と洒落込もうか」
剣を魔法で強化しても、キリエの魔力で構築された硝子の剣に接触すればただの剣になるため、ルキウスは全ての魔力を身体強化に注ぎ込む。
キリエに身体を触られさえしなければ、勝つことができるだろう。
相手に戦いのペースを握らせないために、ルキウス側から距離を詰めて攻撃を仕掛ける。ドラゴン寮の大将だけあって、ルキウス・ペンドラゴンは強化魔法も一流だ。身体強化による剣術戦で一年生のキリエに負けることはない。キリエは防戦一方となる。
魔法無効の恩恵で敵から攻撃魔法を受けないとはいえ、そもそもキリエ自身は他の魔法が不得手のため、相手に触れて魔法の使用を封じなければ勝ち目はない。魔法無効と共存が可能な強化魔法で身体能力を上げて、なんとかルキウスの剣撃を防ぐがこのままでは勝てないだろう。
この戦いは、キリエがルキウスに触れるかどうかで決まる。
ルキウスは更に攻撃の速度と威力を高めて畳み掛ける。
その時。ゆらり、陽炎が空気を歪ませた。
「───!?」
突如、爆炎が発生する。間一髪、ルキウスは防御魔法で身体を包み、難を逃れた。
見れば、キリエの左手に燃え盛る炎で構築された炎の剣が握られていた。
火属性の武装魔法だ。炎の形態を武器状に変化させて戦うことができる。
「ありゃりゃ、防がれちゃった」
「それもそうか。君が他の魔法を使えない道理はない」
「あんまり得意じゃないですけどね」
魔法無効と強化魔法のみで戦闘することで、相手に勝手に他の魔法が使えないのだと思い込ませ、その隙を属性魔法で突くという戦法だ。
魔法無効の性質とユニコーン寮生という情報が彼女の魔法能力の程度を錯覚させ、魔法を無効化されるからと防御魔法を解除している相手を不意の一撃でダウンさせる。アリスの考えた卑劣な作戦である。
しかし、他人に対して偏見を持たず平等に接するルキウスには効果が薄く、防御されてしまった。
「さて、魔法無効に注意しつつ、炎の剣を警戒しなくてはならないな。これは手強いぞ」
キリエは右手に硝子の剣を、左手に炎の剣を持つ二刀流だ。判断を見誤り、間違った選択をすれば、魔法が使えなくなるか、燃やされる。
今度はキリエの側から攻撃を仕掛け、戦いの主導権を握る。
炎の剣には防御魔法、硝子の剣には剣で対応し、なんとか耐えるものの、ルキウスの魔力は減少し、ジリジリと追い込まれていく。
ルキウスは賭けに出ることにした。
敢えてキリエに自分の身体を触れさせ、目的を果たしたキリエに生まれる隙を突き、自前の筋力で剣を振るって倒す、という博打だ。
先程キリエがやったように、相手の油断による隙を突く戦法である。例え魔法が使えなくなっても、負けではないのだ。
この賭けを通すため、ルキウスは目一杯二刀流の猛攻に食らいつきつつ、わざと隙を作ってキリエの接触を誘導した。
「くっ!?」
ルキウスの剣が炎の剣とかち合って弾かれ、体勢が崩れた。キリエはその隙を見逃さず硝子の剣で追撃を加える。
「まだだ!」
仰け反りつつも、間一髪硝子の剣を回避する。しかしキリエには三手目にして切り札の『素手』がある。炎の剣を解除した左手がルキウスの胴に触れた。
「チェックメイト」
キリエが勝ちを確信し不敵に笑う。同時にルキウスもまた笑っていた。
絶対的な勝利への確信を得た相手が見せる隙、彼はそれを見つけた時、どうしようもなく面白くなった。
圧倒的な実力と地位を持つ王子である彼が、勝利を渇望してあらゆる手を尽くしてもがくことなど初めてだ。それが楽しくて仕方がなかった。
ゼロ距離のキリエに向けて剣を振りかざす。勝った、心の中で確信する。欲しくてたまらない勝利に向けて心が先走る。
大砲に似た轟音と振動が遅れてやってくる。
いつのまにか、ルキウスの身体を水の砲弾が吹き飛ばしていた。
水属性魔法による遠方からの長距離狙撃だ。狙撃手の名はルーナ・セレスティアル。観測手日ノ宮椿姫の千里眼によるバックアップを受けた完璧な狙撃だった。彼女はこの瞬間のため、ずっと息を潜めていた。
絶対的な勝利を確信したことで隙を見せたのはルキウスの方だったのだ。
ルキウスは己の未熟さを恥じつつも、心の中で好敵手を賞賛しながらその意識を失った。
『決闘終了。勝者ユニコーン寮』
アナウンスがフィールドと講堂に響き渡る。ドラゴン寮大将ルキウス・ペンドラゴンが戦闘不能となったため、ユニコーンの勝利となった。
「やりましたわ〜!!」
僅かに残った森林地帯の片隅でエミリアが両手を上げて喜び散らす。ずっと黙って隠れていたため、早く声を出したくてたまらなかったようだ。
「ちょっとシオン、そこは『お言葉ですが、お嬢様は何もやっていません』と言うところではなくて?」
シオンから想定していた毒が飛んで来ず、なんだか締まらない。
「いえ、お嬢様は戦闘不能にならずに生き残った、という最大の戦果を上げました」
シオンは本心でそう思っていたのだが、エミリアは気に入らなさそうだ。
「褒めないでくださる? 調子が狂いますわ」
「なんなんですかこの人」
北方山岳地帯の高台では、テンションの上がったルーナと椿姫がハイタッチをして喜んでいた。
「すごいですルーナさん! 本当にここから届くなんて!」
「いやいや椿姫ちゃんの魔眼のおかげだって。ルキウス・ペンドラゴンの毛穴一つない顔面までバッチリ見えたよ」
感覚共有魔法で椿姫の視覚を共有したルーナが狙撃する、というのが今回の戦いの切り札だった。
この試合を通して二人の関係も少し良くなったようだ。
一方、アンナとアリスも頷き合って勝利を確かめていた。
「やったね、アリスちゃん」
「はい。まずは一回戦突破ですね」
「ははは! おめでとう二人とも」
なんか仲間っぽい雰囲気でランスが快く讃えてくれる。
彼は仲間の攻撃隊二名と近くにいた遊撃隊三名とネヴィアの合計六人の仲間を戦闘不能にしてしまっていた。なんだか申し訳ない。
「アリスちゃん、これセーフなのかな」
「ルール違反ではありません。試合も中断されなかったのですから、運営側も認めたということです」
違うそうじゃない。心の問題だ。人道的にアウトだとアンナは思った。
「あの、ランス先輩。その、なんというか大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。戦っているルキウスから楽しそうな声も聞こえてきたし、仲間たちも敵としての私と戦うことができていい経験になっただろう。私自身もいい教訓になった」
すごい前向きな男だ。罪悪感を感じていたことが逆に彼に対して侮辱だったのかもしれないとアンナは改め……いや普通に申し訳ない。
「それにしてもいい戦術だった。相手の力を利用し勝つ。今度は私もやってみようかな。実は結構モテるんだ」
アンナはやめたほうがいいと思った。戦いには勝てるだろうが後が怖い。多分刺される。ランスなら余裕で捌きそうだが。
程なくして、両チームの選手たちの身体を光の粒が包み、フィールドから講堂へと転移した。
そこで待ち受けていたのは、割れんばかりの拍手───ではなく、試合の内容と結果が気に入らない者たちの騒ぎ声だった。
勝者にわずかばかりの拍手が贈られるが、邪道な戦法に異議を唱える声や、ユニコーンが勝ったこと自体が気に入らない者の大声にかき消されてしまう。
ユニコーン寮チームメンバーは目の前で起こるブーイングの嵐に困惑するが、アリスだけは面白そうに笑った。
「皆さん、聞こえていますね。対抗戦に参加せずに見ていただけの臆病者たちの喚き声です。惨めですね。しっかりと全身で堪能しましょう」
アリスが下等な生物の群れを見渡すようにステージからの景色を楽しむ。メンバーも彼女に倣って前向きに考えることにして、胸を張って僅かな拍手に応える。
すると壇上からも拍手が聞こえてきた。意識を取り戻したルキウスとドラゴン寮のメンバーたちからだった。
身体を起こしたルキウスがキリエに握手を求め、彼女も快く応じた。
「君たちの戦いは素晴らしかった。だが、次は僕たちが勝つ」
彼のその行動と言葉で野次は鳴り止む。誰も反論することはできない。他ならぬドラゴン寮のリーダーで、アルビオン王国の王子がユニコーンを認めているのだから。
「次も私たちが勝ちます!」
「グリフォンとの決勝戦、楽しみにしているよ。ところで、この握手で僕はまたしばらく魔法は使えない感じかな?」
「ですね」
両チームの選手がお互いの健闘を讃えあう姿に、アンナは魔法決闘がスポーツであることを強く実感した。
「さて、戦いはこれで終わりではないぞ。ユニコーン寮の退学を撤回させるにはグリフォンに勝って優勝しなければいけないからな」
などとユニコーン寮の仲間面したランス・ベンウィッグが宣った。
「おまえはこっちだ!」
ランスはルキウスに耳を引っ張られて連れていかれ、口うるさく説教を受ける。それを見て、椿姫が興奮し始め、鼻血を出した。
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