第11話 聖剣


 聖剣の攻撃の余波が過ぎ去った後、森林地帯だった場所は一面焼け野原と化していた。


 アンナとアリスはイヴに防御魔法をドーム状に展開させたことで無事だった。


「イヴ、ありがとう」


「どいたま〜」

 

 しかし仕掛けた罠も全て破壊され、式神の式札も破壊された。依代を失った式神の魂は消えることなくアンナの元に戻るため、また使役できるが、同じ戦法はもう通用しないだろう。


「森林地帯にいたのは私たちだけなので、他の皆さんは無事のようです」


 安堵しつつ、アリスは次の作戦を思案する。練りに練ったユニコーンの小細工も、ドラゴンの余りある実力の前にはほんの一瞬の時間稼ぎにしかならなかった。


「仕方ありません。次はプランBでいきましょう」


 アンナとアリスの目的は時間稼ぎだ。こちらの『秘密兵器』が敵の大将の隙をつくために、囮として敵の注意を引かなければならない。


 プランBはアリスとアンナの二人で堂々と姿を現して敵のヘイトを集めるという大胆不敵な作戦だ。


 しかし、遮蔽物も何もない焦土と化したフィールドにポツンと立っていれば、敵の方から勝手に近づいてきた。ランスを含めた三人の攻撃隊だ。

 十メートルほど離れた位置でランスは立ち止まった。

 

「我が名はランス・ベンウィック。ルキウス・ペンドラゴンに忠義を誓う騎士なり」


 チーム戦ではわざわざ名乗りを上げる必要はないが、騎士としての矜持があるのか、絶対的な自信があるのか、ランスは堂々と名乗りを上げた。


「チーム戦故、三体二で戦うことになるが、悪く思わないでくれ、お嬢さんマドモアゼル


 ランスが甘いマスクでニコッと笑ったかと思えば、瞬く間にアンナの目の前に移動していた。


「憑依───伊吹大明神」


 迫り来る容赦ない騎士の剣戟。それをその身に鬼神を降ろした巫女が神剣『草薙剣』で迎え撃ち、全ての攻撃を捌いた。


「ほう、やるね。どうやら君のことを侮っていたようだ」


 アンナの実力を認め、ランスは身体を包む魔力の出力を上げる。

 彼が用いるのは『強化魔法』による身体能力と武装の強化と、精霊の加護による魔力防御。魔法騎士の基礎戦闘法だが、彼の実力は円卓の騎士に比肩する。


「聖剣解放。絶対不壊聖剣アロンダイト


 ランスの持つ剣が月明かりに照らされる湖面のように光り輝き、更に強力な魔力を帯びる。


 聖剣解放とは、伝説上の聖剣を再現する魔法だ。騎士王伝説に登場する湖の騎士の持つ絶対に刃毀れしないという無敵の聖剣アロンダイトが今目の前に顕現した。


「さあ、本気でいくぞ!」


 ギアを上げたランスの剣術と強力な聖剣に、憑依状態のアンナでも防戦一方になる。


 アンナがランスに手一杯になる中、ドラゴンチームの他二人がアリスへ攻撃を仕掛けた。術師が後衛として魔力弾で援護を行い、その隙に剣士が一気に距離を詰めてくる。


 防御魔法で術師の攻撃を防いだアリスだが、彼女は接近戦が不得手。それどころか戦闘魔法が苦手だ。


「アリスちゃん!」


「君の相手は私だ!」


 アリスの助けに向かおうにも、ランスがそれを許さない。

 

 アリスに迫り来る刃、しかしそれは一刀によって受け止められた。

 アリスを守るように軍服を着た男性が日本刀を構えて立っている。彼の足元には召喚魔法陣が展開されている。

 

「軍曹さん、助かりました」


 アリスがお礼を言うと頬を赤くして軍曹と呼ばれた男性を照れた。


「閣下のお役に立てて光栄であります!」


 彼はアンナの式神である『軍曹』と呼ばれている霊だ。普段は式札に憑依させて式神として使役されているが、今回は近接戦闘のために実体化した。

 霊の実体化は、式神よりも魔力の消費が多いため、魔力量の少ないアンナとしては多用したくない。


 グリフォン戦のために、ドラゴン戦ではアンナは手の内をできるだけ隠して戦うようにアリスから指示されており、憑依と使役の同時使用も本当は隠しておきたかった戦法だ。

 しかし、力を隠したままグリフォンと同格のドラゴンを倒すのでは難しい。


 仕方ないと、アンナは両掌を静かに合わせた。すると、周囲の魔力と空気の流動がピタリと停止し、気味が悪いほどの静寂が焼け野原を支配する。


「何か来る! 皆、一旦離れろ!」


 ランスの指示で攻撃隊はアンナから距離を取り、身構えて警戒する。


「アンナちゃん、それはまだ見せる時ではありません。今回は私に秘策がありますので、そちらを切りましょう」


 アリスがアンナの肩に触れる。ハッとしてアンナは魔力の集中を解いた。


「ご、ごめんね。勝手にやろうとしちゃった」


「いえ、時にはその場で本人が判断する必要がありますし、今回の策は誰にも伝えていない予備の作戦なので、アンナちゃんの選択は間違っていませんよ」


 アンナをフォローしたアリスは徐ろにランスを見つめると瞳を真紅に輝かせた。


「おッ」


 ランスは胸を抑えながら悶えるようにフラフラと後退りした。その頬は紅潮しており、悩ましそうに小さな呻き声を溢している。

 かと思えば、ランスはゆっくりとアリスの方に歩み寄ってきた。


「大丈夫です」


 アリスは身構えるアンナを制止する。驚いたことにランスは攻撃してくるでもなく、アリスの前に立つと仲間のドラゴン攻撃隊二人に向かって剣を構えた。


「皆、すまん。魅了の魔法にかかった。私はアリス嬢の味方をする」


 申し訳なさそうにしつつも嬉しそうにランスは白状した。


「……えぇ」


 アンナもドラゴン攻撃隊も呆れ、困惑した。自分が魅了にかかっているとわかっているのにも関わらずどうすることもできないというのはアンナにも痛いほどわかるが、あまりに情けない騎士の姿に失望した。


 そういえば試合前にランスは突然アリスに告白をしていた。用意周到なアリスのことだから、予めランスに唾をつけていたのだろうと、アンナは身震いする。卑劣な番外戦術だが、ルール違反ではない。だって、そんなことする奴はこれまでいなかったからルールも想定していない。


「それではランス様、あのお二人を倒してください」


「御意」


 哀れにも洗脳されたドラゴン寮最強の男が仲間に向かって裏切りの剣を振り下ろした。


 ◇


 山岳地帯にて、椿姫とルーナは各地の戦況を観測していた。

 ランスが裏切り、アリスの傀儡になったのを確認した椿姫は諦念の眼差しになった。


「解釈違いです」


「どしたの急に」


 聞き慣れない椿姫の冷たい声にルーナが少し驚く。


「い、いえ。アリスさんとアンナさんの方は大丈夫そうです。ルキウス・ペンドラゴンの遠距離攻撃も仲間がいるなら撃てませんし」


「あれね〜、多分ここも射程内だよ。やばいね」


 先程の聖剣の攻撃により、このフィールドに安全圏などなくなった。バレたら山ごと消し炭にされるだろう。

 決闘専用フィールド内では、命に関わるような攻撃を受けると自動的に保護魔法が発動し、戦闘不能扱いになって強制的に現実世界に転移するようになっているため、死ぬことはない。それでも森林地帯を更地にするような攻撃魔法は恐怖だ。


「ま、ルーナもあれくらいの攻撃魔法できるけどね」


 腕を組んで対抗心を燃やす没落お嬢様。


「地形が変わるとアリスちゃんに怒られるからやらないけど。まったくドラゴンは野蛮だよね」


 アンナにコテンパンにされたとはいえ、ルーナは一年生の中でもトップクラスの優等生だ。思想と性格が悪いことと、最近家から勘当されてグリフォン寮を追い出されたことくらいしか欠点はない。


「───!」


 千里眼でフィールドを見渡していた椿姫が焦り始めた。


「こちらカメリア。オリヴィアとヴァイオレットの潜伏している位置にドラゴンのもう一つの攻撃隊が接近しています。迷いのない動きからして隠れ場所がバレていると思われます」


「マジですの!?」


 通信を聞き、洞窟内で暇そうにしていたエミリアが慌て出す。


「マジですお嬢様。三人の魔力反応が急速に接近しています。私に掴まってください。跳びます」


 シオンに言われた通り、エミリアは彼女の腕にしがみつく。足元に『翼の付いた靴』の魔法陣が展開され発光した。

 いつのまにか、二人は森の中にいた。


 これは超高難度魔法『転移魔法』だ。障害物の有無に関わらず、別の場所に一瞬で移動できる。魔法の枠組みとしては『空間魔法』というジャンルに属し、適性がある者にしか使えない。

 それを劣等生のユニコーン寮生が使用したことを目の当たりし、講堂の観客たちは驚くのと同時に、隠蔽結界での潜伏からの転移魔法による離脱という最強コンボに野次を飛ばし始めた。


 シオンに転移魔法を教えた張本人であるマリア・フルルドリスは野次を歓声と置き換え、満足そうに教え子たちの活躍を堪能していた。


 エミリアとシオンが安全な場所に離脱したことを確認し、観測手の椿姫は安堵し、各位に伝達する。


「こちらカメリア。オリヴィアとヴァイオレットの離脱を確認」


 大将は無事だったものの、姿を隠せる森林地帯も山岳の麓のわずかな部分しかない。転移対象に他人を含めると転移魔法の魔力消費は大きくなるため、何度も使えるものではなく、ユニコーンは早々に敵の大将を倒さなければならない。


 ユニコーンの勝敗は秘密兵器キリエ・クレシアに託された。


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