第10話 ドラゴン戦
グリフォンとフェニックスの対戦が終了し、両チームが講堂に帰還した。
拍手で迎えられたグリフォン寮生たちは、勝って当然だと言うように特段喜びの仕草は見せずに堂々としていた。一方フェニックスは項垂れて落ち込んでいる。
次はユニコーン寮対ドラゴン寮の試合だ。アンナたちユニコーン寮生は壇上へと上がり、ドラゴン寮チームと対面する。
アンナは緊張と不安で自分の心臓の鼓動が一際大きくなるのを感じた。負ければ退学になってしまう。それも、寮の全員がだ。
七人のユニコーンチームに対して、並び立つ相手は当然十二人。ドラゴン寮は男子八名に女子四名で構成されたチームだった。
男子は腰に剣を携えている。彼らの持つ剣は『魔剣』や『聖剣』と呼ばれる魔法の力を宿した剣だ。決闘においては魔法攻撃として認識されるため問題なく使用することができる。
四名の女子は杖を携えており、後方支援担当だと伺える。ドラゴン寮は前衛に剣士、後衛に術師を配置する戦略を用いる。
去年こそ負けているものの、ドラゴン寮は寮対抗戦でグリフォン寮に勝ち越している強豪だ。傲慢にお茶会を開いている連中とは違い、油断せずに戦術的なチーム戦を行う。
七人しかいないユニコーンチームメンバーを見て客席からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
その笑い声を断ち切るようにドラゴン寮大将のルキウス・ペンドラゴンがユニコーンチームの前に出て来た。
「エミリア嬢、ユニコーン寮の件は聞いている。しかし、決闘で手を抜くことはできない。僕たちは本気で戦うよ」
「臨むところですわ。私たちは実力の証明のためにこの場にいます。本気を出して頂かなくては困りましてよ」
エミリアとルキウスが握手を交わす。一見、強気なエミリアだが実のところ緊張と責任感と恐怖で微かに震えていた。それでも、寮長で部長の彼女は臆するわけにはいかなかった。
ドラゴン寮チームからもう一人の男子生徒がユニコーンに向かって歩み寄ってきた。彼は『ランス・ベンウィック』。ルキウスの親友であり、ドラゴン寮最強と呼ばれている男だ。
彼はアリスのことをじっと見つめると膝をついた。
「好きです」
突然の告白に客席の生徒たちが響めく。
ランスはルキウスと双璧をなす圧倒的な美男として有名だ。人の良い彼は自身に好意を抱く女生徒たちにできるだけ応えようとするのだが、思わせぶりな態度が女子たちを勘違いさせてしまい、数々の修羅場を招いた女たらしだ。
そんな告白される側の彼が告白をする側になるのは珍しい。
アリスはというと穏やかに微笑んでいる。不気味だ、マジで毒婦じゃんと、アンナは戦慄した。
「はっ、こんな時に私は何を。申し訳ないレディ」
ランスは正気に戻ったかのように突然落ち着いて恥ずかしそうに頭を下げた。
「うちのバカがすまない。本当にすまない」
ルキウスが深々と謝罪をするとランスの襟を掴んで列へ連れ戻した。ルキウスは口うるさく彼を注意し、ランスは「ごめんごめん」とペコペコ頭を下げた。
その男子二人のやりとりを見て、何故か椿姫が喜びながら突然鼻血を出してしまった。
ともかく挨拶を終えた両チームは試合の行われるフィールドへと転移した。
ユニコーンvs.ドラゴンのフィールドは『渓谷』。山岳の谷間にある川を中心として、その付近に森林が広がっている自然地形だ。
ユニコーンチーム七人はフィールド北部の森林地帯に転移していた。
全員の転移が確認されると「試合開始!」とフィールド中にアナウンスが響き渡った。
「椿姫ちゃん、よろしくお願いします」
「了解しました」
アリスの指示で椿姫が魔眼の能力を発動する。太陽の炎のように橙色に彼女の眼が発光する。
「ドラゴンは中央を流れる川の下流、フィールドの南部に転移しています」
椿姫の魔眼は『千里眼』と呼ばれ、遠くのものを見ることができる能力を持つ。千里眼を極めたものは人の心を読んだり、未来の光景を見たり、目の範疇から外れた能力に覚醒するが、椿姫にできるのは魔力の感知と遠見だけらしい。それでも充分に有能で、開始早々敵の居場所を突き止めただけでなく、フィールドの地形を把握して、陣地に適した場所をいくつか発見した。
参謀を務めるアリスは椿姫の情報から即座に陣地をフィールド北部の山岳の洞窟に決定。大将のエミリアとその護衛担当のシオンをその場に向かわせた。
更に、残った五人も、アリスとアンナ、椿姫とルーナ、そしてキリエ一人の三つの班に分かれ、それぞれの役割に適した場所に移動した。
洞窟内に移動したエミリアとシオンは手筈通りに地面に魔法陣を描き始めた。
寮対抗戦で勝つために、ヨシュア先生から教わった結界だ。
「魔法陣起動。
シオンが地面の魔法陣に手を当てる。すると二人の姿が消えた。
それを講堂の映像で見ていた他寮生からブーイングが巻き起こった。
「大将が逃げ隠れするのは邪道だ!」
「卑怯者のユニコーン!」
元々は騎士の合戦形式の試合である決闘チーム戦では、大将が逃げ隠れするのは邪道とされる。
城に見立てた陣地に大将が籠るのは、防衛能力を試す意味でも推奨されるのだが、大将が姿を隠したり、逃げ回ることは騎士の戦いとして不名誉なこととされている。
ルール違反ではないのだが、誇りと伝統を重んじるグリフォン寮生や対戦相手のドラゴン寮生からは不評を買った。
アンナの前世の世界でいうところのスモールベースボール的なことだろう。
ユニコーンチームに隠蔽結界を教えた張本人であるヨシュア先生は客席に巻き起こるブーイングの嵐の只中を居た堪れない表情で耐え忍んでいた。
「どうしましょう、マリア先生。やっぱり隠蔽魔法は不味かったですかね」
「勝てればいいのよ。ルール違反ではないし、こっちには傷つきやすい伝統や矜持もないわ」
悪い顔でふんぞり返る
続いて、北方の山岳部の高台に移動した椿姫とルーナもまた隠蔽結界を展開した。
「隠形結界───
刀印を岩に突き立て、椿姫が結界を発動させる。透明の膜が二人の周囲を覆った。
こちらも姿と気配を隠し、魔力感知も無効化する隠蔽魔法だ。
隠蔽魔法系は魔法学校の一年生で使える者があまり多くない、高度でニッチな魔法だ。それを椿姫はこの数日で習得した。
魔眼と結界術に秀でる彼女がユニコーン寮生なのは、ヤマト帝国の魔法が西洋では評価されないからなのだろう。
「へぇ〜、椿姫ちゃん案外やるね」
後ろでルーナが椿姫の結界を好評した。珍しく人を褒めるルーナに椿姫が目を丸くする。
「あ、ありがとうございます?」
「無理に仲良くしようとしなくていいよ。椿姫ちゃん、ルーナのこと嫌いでしょ」
決闘の授業の際、椿姫はルーナから暴行を受けた。ルーナ的には嫌われて当然だと思っている。
「い、いえ、嫌いというわけではありません。あんまり、ルーナさんのことを知らないだけです」
その後、二人は無言になり、微妙な空気が流れる。
敵味方の状況をいち早く把握できる椿姫は観測手の役割を与えられている。ルーナはその護衛と水魔法による遠距離攻撃の担当だ。戦術的には相性ピッタリだが、互いの関係はまだギクシャクしていた。
一方その頃、アンナとアリスは森林地帯を移動していた。
アリスは参謀を担当し、各位に指示をする実質的なリーダーだ。同時に、罠を設置する役目も担っており、歩きながら、森の中に魔法陣を仕込みまくっている。
彼女の罠というのは『毒ガス』だ。
透明化で隠蔽された魔法陣を踏みつけると起動し、周囲に睡眠作用のある毒ガスを散布する。
元々医療魔法に用いられる麻酔の原料の植物の成分を毒ガスとして転用したもので、体内に取り込むと即座に眠ってしまう。
アンナは参謀アリスの護衛役を担当する。更に複数の式神を
『こちらヤマタノ
式神各位から配置完了の報告が通信魔法で届く。式神には投影魔法が組み込まれており、ユニコーンチームメンバーのホログラム映像を映し出し、魔力だけでなく視覚的にも敵を騙す。
『ヤマタノ
早速、囮に敵が食いついたようだ。
アンナは式神と視覚共有をしており、式神の見ている光景をリアルタイムで確認できる。アリスとも共有するため式神の視界を投影魔法で映像として具現化した。
現場ではエミリアのホログラム映像を投影する式神がドラゴンチームの三人に追いかけられていた。
ドラゴンチームは剣士二人、術師一人のスリーマンセル編成でこちらの大将の捜索を行なっているようだ。椿姫の情報や過去のドラゴンの戦術と一致する。
ドラゴン寮はユニコーンとは真逆の王道な正攻法を用いる。
十二人の内六人を敵大将討伐のための攻撃部隊とし、さらにそれをスリーマンセルの二班に分ける。強さに自信のある大将ルキウスの護衛は二人だけで、残りの三人は遊撃隊として攻撃部隊と陣地の中間の位置で攻撃、防御、索敵を臨機応変に行う。
強いチームにしか許されない、清々しい戦い方だ。逃げ隠れせずに大将も戦ってやるという自信を感じる。
その王道で正攻法の戦法を参謀アリスは『隙』と判断した。
アンナの式神のホログラムにまんまと騙されたドラゴンチーム攻撃班の三人はアリスの仕掛けた睡眠ガスの魔法陣を踏みつけて起動させた。周囲に煙のような白いガスが充満する。
「しまった、敵の罠だ!」
「毒の煙だ! 吸わないように防御魔法を周囲に展開しろ!」
ドラゴンチームは毒ガスに即座に対応し、ドーム状に展開した防御魔法で毒ガスを阻んだ。
しかし、それもアリスの想定内だった。
毒ガスの充満した視界に『林檎と蛇の魔法陣』が出現する。それが仄かに紫に発光すると、三人の視界はゆらゆらと揺れ、朧げに霞み、意識は遠くなっていく。
「……みんな、大丈夫か?」
「なんだこれ、防御したはずなのに」
ドラゴンチームの三人はすぐに気絶するように眠ってしまった。
アリスは毒ガスを防がれた時のために、煙そのものに睡眠作用のある幻覚魔法の術式を仕込んでいたのだ。
防御魔法は毒ガスとの接触を阻むことはできても、視覚を通して対象の精神に影響を与える幻覚魔法を防ぐことはできない。
もちろん防御魔法の中には視覚を保護するものもあるが、煙幕じみた白色のガスを用いることで、視界を確保するために視覚保護作用のない透明な魔力壁を展開するように誘導したのだ。
この幻覚も医療魔法の麻酔術の応用なのだが、使い方が悪辣すぎて、医療とはなんなのかよくわからなくなる。毒にも薬にもなるというやつだろうか。
こうして、アリスとアンナは罠と使い魔だけで敵三人を眠らせた。しかし、チーム戦では眠っただけでは戦闘不能扱いにはならない。気絶することが戦闘不能の条件だ。
強めの睡眠毒を用いれば気絶までさせられたようだが、人によっては死に至る場合もあるため、魔法医を目指しているアリスとしてはそこは譲れなかったようだ。
それでも、アンナの式神に気絶作用のある魔力弾を撃たせれば、無防備な敵を戦闘不能にできる。
「す、すごいねアリスちゃん。罠だけで敵を倒しちゃうなんて。でも、眠っただけじゃ戦闘不能扱いじゃないし、式神に魔力弾を撃たせて気絶させよっか?」
「いえ、この三人はこのままここに放置します。他の仲間が彼らを助けに来て、罠に嵌ってくれるかもしれません」
アリスの返答が戦術ガチ勢すぎてアンナは「そ、そっか」と引き気味に笑う。
「それに、もう一つ彼らには役割があります」
悪そうに笑みを浮かべるアリス。だが、その表情はどこか不安気に見えた。
『こちらヤマタノ7、レーダーに感あり。六時の方向より魔力反応が急速に接近してきます』
式神からの報告にアリスが即座に答える。
「隠形で身を隠して待機してください」
程なくして共有している式神の視界に衝撃波が発生し、毒ガスが吹き飛ばされた。開かれた視界には、一人の騎士が映っている。
精悍で美しい顔貌の騎士──ランス・ベンウィッグだった。彼の手には魔力を帯びた鋭い剣が握られている。どうやらあの剣の一振りが衝撃波を発生させ、毒ガスを払ったようだ。
ランスは背後に二人の仲間を引き連れており、眠った三人のもとに駆け寄ると、彼らを介抱し、撤退していった。
ドラゴン寮最強の名のは伊達ではなく、ランスはアリスの卑劣な罠をものともせずに掻い潜り、仲間を助け出した。敵は強く、一筋縄ではいかないようだ。
作戦が失敗したアリスはほんの一瞬考える仕草を見せるとすぐに次の指示を出した。
「すぐに森林地帯から離れます。囮の式神はそのままにしてください。おそらく、聖剣が来ます」
珍しく少し焦り気味だ。駆け出した二人に通信魔法で椿姫から報告が入る。
「こちらカメリア。ドラゴンチームの攻撃隊と遊撃隊が森林地帯から離れるように動いています」
「やはりそうでしたか。ありがとうございます」
元々花由来の名前を持つメンバーもいるため、あえてズラしたコードネームもあり、スパッと声の主の顔が浮かばなくてややこしい。
その時、一瞬だけ世界から音と光が消えた。遅れて木々を揺らす衝撃が届く。
振り返ると、眩い光の柱が南方の山岳地帯から上空へ向けて出現していた。
「……南方山岳地帯にルキウス・ペンドラゴンを確認。……光属性の大きい魔力を発生させています!」
あまりに膨大な魔力反応に、椿姫との通信魔法の音声が乱れる。
アンナはようやくアリスが敵を戦闘不能にせずにその場に残した意味を悟った。アリスはあの三人を人質にしたかったのだ。これからこの森林地帯に向かって振り下ろされる攻撃への牽制として。
それは『聖剣』の代名詞。
騎士物語には多くの聖剣が登場するが、それはその中でも抜きん出た知名度を誇る。
アヴァロン王国の騎士王伝説において、湖の精霊により創造され、騎士王が振るった神秘の聖剣。
その名を『エクスカリバー』。
あの光の柱は、その聖剣の力を魔法で現代に再現したものだ。
ユニコーンの囮と罠に気がついたルキウス・ペンドラゴンはそれを聖剣魔法で森林地帯ごと吹き飛ばすつもりだ。
雲を突き破り聳え立つ光の魔力で編まれた聖剣が轟音鳴らしゆっくりと振り下ろされる。
広大な森林地帯を飲み込むほどのそれは無慈悲に大地へと叩きつけられ、アンナとアリスは光の爆発の中へ飲み込まれた。
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