第9話 寮対抗戦
魔法世紀115年 10月
寮対抗戦当日。各寮の魔法決闘部員が講堂に集められた。これから開会式と一回戦の対戦相手を決めるくじ引きが行われる。
学校の一大イベントの開幕とあって、決闘部員以外の生徒たちも大勢講堂に詰めかけており、たった七人のユニコーン寮決闘部員は隅っこへと追いやられていた。
ナイル校長による開会の挨拶が終わると、壇上にアルゲース先生が上がり、拡声魔法を使って話し始めた。
「あー、あー、テステス。皆静粛に。これより、寮対抗戦の対戦相手決めを行う。各寮の代表者は壇上に上がりたまえ」
ユニコーン寮の代表は部長にして寮長のエミリア・コンセンテスだ。紫色の髪を靡かせながら堂々と壇上に上がっていく。
他寮の代表も続いて登壇した。
ドラゴン寮代表は金髪の美男子だった。彼はルキウス・ペンドラゴン。ドラゴン寮の三年生で、決闘部部長。そして、オルレアン共和国の隣国アヴァロン王国の王子でもある。
優しい性格の王子様系(本物の王子)イケメンで、女子からの人気があるのはもちろんのこと、そのカリスマ性から男子からの尊敬も集める。
グリフォン寮代表は凛々しい銀髪の美人。彼女の名はユリア・コンセンテス。エミリアと同じコンセンテス家の令嬢で、三年生の成績トップだ。ミステリアスでクールな容姿と佇まいから性別問わず生徒たちから人気がある。観衆の中から「きゃー! ユリア様〜!」と黄色い悲鳴が聞こえる。
最後に自身無さげにフェニックス寮の代表が登壇した。寮長でもない無名の男子生徒で隣に並ぶ著名な生徒と壇上に向けられる視線に萎縮している。
魔法の探究と研究に力を入れるフェニックス寮生は決闘に興味がない者が多く、戦いは不得手だ。
寮対抗戦はその年の寮のヒエラルキーが決まるイベントなのだが、ユニコーン寮は弱く、フェニックス寮は真面目に参加しないため、実質ドラゴンとグリフォンの二強による格付け決定戦だった。
去年の優勝はグリフォンで、そのためか寮生たちは一層偉そうになって魔法至上主義にも拍車がかかった。
「それではくじを引きたまえ。くじの中身はまだ見るなよ。全員引いてから一斉に確認する」
アルゲース先生が真ん中に穴の空いた箱を各代表の前に持ってきて引くように促した。
寮対抗戦は四寮によるトーナメント形式で行われる。くじには1から4の数字が書かれており、一回戦は1vs.2、3vs.4という組み合わせになる。
優勝するには二回勝たなくてはならないため、できるのなら比較的弱いフェニックス寮と当たりたい。全てはエミリアのくじ運に委ねられた。
「よし、全員引いたな。では、くじの中身を確認したまえ」
代表たちはくじに記された数字を確認し、観衆に向けて見せた。
グリフォン寮は1、フェニックス寮は2だ。つまり──
「ドラゴンですわ〜!」
4のくじを引いたエミリアが絶叫した。隣でルキウス王子が3のくじを見せながら困ったように苦笑いしている。
これでドラゴンとグリフォンの二強両方に勝たなければ優勝できなくなった。ユニコーン寮決闘部員の顔が青ざめる。
トボトボと壇上から降りてくるエミリア。
「皆様、申し訳ありません」
そんなエミリアにアリスが声をかけた。
「問題ありませんよ、エミリア先輩。むしろ、幸運とも言えます。ドラゴンとグリフォンの両方を倒して優勝すれば、ユニコーンの実力を知らしめることができますから」
ポジティブで強か、何かを絶対的に確信したような喜びの顔をする毒婦アリス。
「テストの点数と人数では負けていますが、それを補う実力が皆さんにはあります。喧嘩なら我々不良の方が得意ですから、優等生たちに目に物見せてさしあげましょう。練習も頑張りましたし、対ドラゴン寮用の作戦もあります。泥舟はもはやテセウスの舟、この
アリスの発破で部員たちの士気が上がる。後方でヨシュア先生がアリスの言葉に感心して頷ずきながらも悔しそうに口を結んでいた。自分で生徒たちを激励したかったが、中々いい言葉が浮かばなかったようだ。
「やぁ、エミリア。一回戦はドラゴンとやるようだね」
不運にめげず結束を強めるユニコーン寮決闘部の前にグリフォン寮代表ユリア・コンセンテスと彼女に付き従う一人の金髪の女子生徒が現れた。
「ごきげんようユリアお姉様。こういう時は、このセリフを言うのでしたわね。『決勝で会おう』ですわ!」
エミリアとユリア、同じコンセンテス家の二人は当然顔見知りのようだ。腹違いの姉妹らしい。
「ふふ、私も君たちと戦ってみたい。だがドラゴンは強いぞ。幸運を祈っているよ」
中性的な口調とたおやかで堂々とした立ち居振る舞い、それに伴うオーラと誰もが畏怖する全身に帯びた強い魔力。アンナにはユリア・コンセンテスが学生にして既に円卓の騎士クラスの実力者だと分かった。
霊視で魔力を見られていることに気がついたユリアもアンナの方を見てきて、楽しそうに笑うと踵を返して一回戦の準備のために去っていった。
彼女もまたアンナの背後に潜む強大な神霊を感知し、それと戦うことを望んでいるようだ。グリフォン寮の生徒だが、ユニコーン寮生を差別しない、善い人だとアンナは思った。
ユリアが去った後、彼女に付き従っていた金髪の女子がルーナに気がついた。
「あっれ〜? ルーナちゃんじゃん」
彼女はユノ・コンセンテス。グリフォン寮の一年生で、寮対抗戦に出場する選手だ。ルーナは彼女を見ると面倒臭そうに目を逸らした。
「キャハハっ、ユニコーン寮に逃げたんだぁ〜。だっさ〜」
ニヤニヤとルーナを嘲笑うユノ。生意気な少女が相手を罵倒するこの展開は入学式の後のクラス発表で見たことのある光景だ。皮肉にも今度はルーナがグリフォン寮生に蔑まされていた。
「ダメですよ、ルーナさん。抑えてください。失格になってしまいます」
アリスはルーナの肩に手を置いて、ブチギレそうな彼女を制止する。鬱憤ならグリフォン寮との戦いで晴らせばいい。
「ユノ、何をしている。一回戦が始まるぞ」
ユリアに呼ばれて、ユノは猫をかぶるように態度を変えた。
「待ってくださいユリアお姉様〜! じゃあね、負け犬ルーナちゃん」
ユリアとユノは講堂の壇上にグリフォン寮決闘部員たちと共に整列する。ステージの床に施された魔法陣が発光すると、グリフォン寮決闘部とフェニックス寮決闘部、総勢二十四名が一瞬にして姿を消した。決闘のチーム戦は魔法で作られた異空間で行われるため、そこに転移したのだ。
ステージ上に映画館のスクリーンじみた幕が出現し、廃墟と化した古城の映像が映し出された。そこには先程転移した二つの寮の決闘部員たちが映っている。言わば決闘の生放送である。
アンナたちユニコーン寮決闘部の試合は、一回戦第一試合のグリフォン寮vs.フェニックス寮の後に行われるため、ひとまず試合観戦をすることにした。すると遅れてマリアがアンナの隣に座ってきた。
「遅れてごめんなさい。また任務が入っちゃって。あら、一回戦はドラゴンと当たるのね。まぁ、なんとかなるでしょ」
彼女は魔法騎士として、日夜、悪の魔法使いと戦っていて忙しい。その合間を縫って、この寮対抗戦に向けた戦闘魔法の練習をユニコーン寮決闘部員にしてくれた。救世の聖女マリアという二つ名からは想像も付かないスパルタの厳しい指導であったが、そのおかげか、部員たちは格段に成長した。
程なくして壇上のアルゲース先生が通信魔法で魔法空間に向けて言い放った。
『決闘開始!』
開始の合図と同時に両チームは守りに適した陣地を獲得するためスタート地点から移動を始めた。
寮対抗戦は普通の決闘と違い、チーム戦であり、先に相手の『大将』を倒した方が勝つというルールだ。
スタートする位置は広大な地形の中のランダムな場所からのため、この寮対抗戦では単純な戦闘能力だけではなく、チームの連携と軍略が試される。
しばらくするとグリフォンは古城の玉座の間、フェニックスは古城の地下牢にそれぞれ敵の侵入を阻んだり、敵の接近を感知する結界を展開し、陣地とした。
その後、両チームは探知魔法や使い魔による索敵で敵の陣地を探り始める。
大将とそれを守る役割の選手が陣地に留まり、敵の大将を倒す役割の選手が索敵情報を元に進軍していく。それが決闘チーム戦の基本的な戦略だ。
フェニックスは七人を大将の守り役として残して、他四人で敵陣地の捜索をしている。
一方グリフォンは索敵、探知を使い魔に任せて、玉座の間で優雅にお茶会をしていた。テーブルには高級そうなお菓子と紅茶が並んでおり、決闘の最中とは思えないほど余裕を感じさせる。
上品に淑やかに紅茶を含んだ大将のユリアがそっと微笑んだ。
「ユノ、紅茶を淹れるのが上手になったね。このお菓子もお茶によく合うよ。いいセンスだ」
「んひゃ〜! 恐悦至極にございますユリアお姉様!」
褒められたユノは感激でダラシない蕩け顔を晒す。先ほどの生意気な少女とは別人のようだ。
ふと、玉座の間でお茶会をするグリフォンの元に一羽の白い梟が飛来した。ユリアは左腕に梟を留らせて小声で「ご苦労」と囁いた。その絵になる様子を見て、ユノは「おっ」と胸を押さえて悶えた。
「諸君、フェニックスの陣地を突き止めた。彼らは地下牢に潜んでいる。では、攻撃隊を募ろうか」
すぐにユノが手を上げた。
「ユノにお任せください。先輩方のお手を煩わせるまでもございません。一人でフェニックスを倒してみせます」
「おもしろい。異論もないようだし、行ってきなさい」
ユリアの許諾を得たユノは玉座の間から地下牢へと向かう。
地下へと続く扉には防御結界が仕掛けられていたが、魔力弾で扉ごと破壊すると、暗い階段を下っていく。
「おっ邪魔しま〜す!」
どうせバレているからと、大声で挨拶。ユノは正面から堂々と地下牢に現れた。
地下牢の奥にはフェニックス寮チームの大将を含めた八人の選手が身構えていた。他四人は偵察として外に出ているようだ。
八対一。いくらエリートのグリフォン寮生といえど多勢に無勢だ。
「たった一人だと? フェニックスを舐めるなよ!」
フェニックスチーム八人が一斉に杖を構え、魔法陣を展開した。
「にゃはは! 魔法研究オタクのフェニックスなんてユノ一人で楽勝だよ。格の違いをわからせたげる」
ユノは孔雀の羽根の装飾が施された杖を掲げて魔法陣を八つ背後に展開した。
フェニックスチーム八人の魔法陣から火属性、水属性、雷属性、氷属性の攻撃魔法がそれぞれ二つずつ発射される。属性をバラけさせることで、例え相性の良い属性で対応されても他の属性で防御を打ち破ることができる。
それにタイミングを合わせて、ユノもまた八つの魔法陣から攻撃魔法を放った。
火属性には水属性、水属性には氷属性、雷属性には土属性、氷属性には炎属性の魔法をあてがい、その全ての攻撃を打ち消した。
「バカな、一人で同時に四つの属性魔法を操るだと!?」
フェニックスチームが驚愕し、狼狽える。
複数の属性を持つものは珍しい。それが三つ以上ともなれば天才だ。
さらにユノは『四大元素』全ての属性を持つ麒麟児だ。既に水属性の派生である氷属性、風属性の派生である雷属性、土属性の派生である木属性を使いこなすことができる。
魔力は修練で増えるし、適性のない魔法も努力よっては使えるようになることがある。しかし、それでも超えられない壁がある。
ユノ・コンセンテスはスタート地点がすでに山頂の者だ。彼女が目指すのは天の頂。凡人が目指す山頂など、通過点ですらなく、最初から踏みつけている基盤でしかない。
「な〜んだ。お兄さんたちの魔法ってこんなもんなんだ。もうちょっとおもしろい魔法が見れると思ったのに期待ハズレ。もういいや、潰すね」
暗い地下牢の床に孔雀の羽根模様の巨大な魔法陣が展開される。
「召喚陣起動。おいで、あたしの可愛い
地下牢の天井を破壊しながら、体長十五メートルほどの巨人が召喚された。アルゴスはオリンポス神国の神話に出てくる女神に仕える巨人だ。その巨体の至る所には眼があり、フェニックスチームの8人を睨みつけていた。
属性魔法だけではなく、高度な召喚の才能すらも持ち得る。天は二物どころか溢れるほどの才を一人につぎ込んだ。言わば彼女は才能の暴力だ。
「やっちゃえアルゴス」
フェニックスチームに迫り来る巨人。彼らは祈るように手を合わせて防御魔法を展開した。自分たちがやられるよりも先に、敵の大将をここにいない四人が倒してくれれば、試合には勝てる。そんな、叶うはずもない望みを願っていた。
ユノとフェニックスが戦っている最中、変わらず他のグリフォンチームメンバーは余裕綽々とお茶会を楽しんでいた。
ふと、目を閉じてお茶を味わっていたユリアがカップをソーサーに置き、目を開いた。その眼が金色に光る。
既に彼女の頭上、背後、左右の四方向から魔力弾が迫っていた。
フェニックスの残りの四人が、グリフォンの結界を隠蔽魔法で掻い潜り、ユリアの大将首を狙っていたのだ。
魔力弾はユリアに全弾命中する。しかし、彼女には傷一つない。侵入者を逸早く察知したユリアは即座に防御魔法を身に纏っていた。
「姿を現したまえ。もう、君たちの魔力は覚えた」
するとユリアを取り囲むように四人のフェニックス寮生が現れた。透明化、気配遮断、魔力探知阻害の魔法を同時に使用していたようだ。
ユリアは身構えている仲間のグリフォン寮生たちを右手で「必要ない」と制止させた。
「彼らは私の客人。手出しは無用だ」
凛々しく淑やかな令嬢が、小さな子供のように無邪気に笑った。再び、ユリアの眼が金色に光る。
魔法を分析する魔眼。その名を『
オリンポス神国の神話における知恵の女神メティスの権能を魔法として再現したもので、眼に映る魔法を解析、看破することができる。
これにより、ユリアは透明化、気配遮断、探知阻害を纏った刺客を暴いたのだ。
さらに、相手が次に使おうとする魔法の種別も、魔力の流れから見破ることができる。
再び四方向から魔力弾を放たれるも、攻撃の軌道を予測することで容易く躱した。
「
ユリアが呪文を口ずさむ。それと同時に四人のフェニックス寮生が白目を剥いて気絶した。
遅れて雷鳴が轟き、閃光が迸る。周囲の空気が振動で歪む。ユリアの右手に雷が球体となって浮かんでいた。
この雷魔法は今発動し、現象として形を成した。つまり、先ほどは発動すらしていないのに四人は気絶してしまったのだ。
周囲の魔力を雷属性へと変換し、それを自身の手元に集約させる魔法なのだが、余りの威力に、フェニックスの四人は付近の魔力が変換されただけで感電したようだ。
「こんなものか」
心底残念そうに呟くとユリアは古城の玉座に腰を下ろした。その姿はあまりに傲慢で、ひどく孤独だった。
一方、ユノは使い魔アルゴスで残りのフェニックスチーム全員を戦闘不能にしていた。大将も戦闘不能となったため、グリフォンチームの勝利となる。
「ざっこ〜。一年生一人に負けちゃって恥ずかしくないの?」
クスクスと嘲笑し自らよりも力の劣る者を蔑む。性格は悪いが、一人で八人を圧倒するその実力は本物だ。
結果、グリフォンはたった二人だけで、それも余裕の余力を残してフェニックスチーム十二人を倒してしまった。
この試合を観戦していたアンナたちユニコーン寮の面々はグリフォンの圧倒的な強さに唖然としてしまう。
これから、このグリフォンだけではなく、同格の強さを持つというドラゴンとも戦わなければならない。
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