幕間

 おれが小学三年生のころ、あおちゃんとふたりで、近所の空手道場に入門した。といっても、全然ガチではない。子どもたちがたくさんいるところで、護身術のためにという親の意図と裏腹に、みんな走り回って遊んでいるような、緩い道場だった。

 朱に交われば赤くなる。おれも当然のように、そのふわふわした空気にアテられ、ろくに練習せず、遊び回っていた。

 あおちゃんだけは染まらなかった。

 大人に混じって、真面目に稽古を続けた。型を教わり、繰り返し練習し、おじさんたちと打ち合った。もちろん、あおちゃんもまだ小学生だから、大人たちは最大限手心を加えていた。でも、あおちゃんの打撃音は、おれの素人同然の耳には、大人たちのそれと同じに聞こえた。


 中学に上がって最初の年、あおちゃんは全国大会に出場した。

 東京に家族総出で応援に行った。

 結果は、一回戦負け。

 コンタクト空手において、故意の負傷は反則となる。あおちゃんは、それに引っかかった。

 地区大会ではあおちゃんの殺気にあてられてみんな大きく避けてくれていた。が、全国ともなると、相手もそれなりの実力者だ。スレスレで避けようとしてくる。結果、もろに打ち抜いてしまった。

「残念だなあ。もっと戦いたかった」

 帰りのサービスエリア、おみやげコーナーをぶらつきながらあおちゃんは言った。

「でも、あの感触は良かった」

 肉を、というよりは、骨を打ったような、少し硬い音だった。彼女はにやけながら語った。

 このころのおれは、まだあおちゃんの殺人衝動を知らない。だから、どう猛な獣のような瞳に、身をすくませるのみだった。


 後日談がある。

 中学二年生の春、あおちゃんは塾帰りの途中、酔っ払いの喧嘩に割って入り、大怪我を負って入院した。

 どうしてそんなことをしたのか。詰め寄る大人たちに真相を語ることはなかった。

 が、おれとふたりきりの時にこう説明した。

「正当防衛になると思って、わたしからケンカ売ったの」

 いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

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