「おはよう、出井君」

「何人目ですか?」

 カプセルの蓋が開き、初手でこのやりとりをした。文句や挨拶はいまさら不要だろう。

 若桜も、とくに戸惑った様子もなく冷静に答えた。

「二人目だね。君は何周目かい?」

「……四周目です」

「ほぉ。ま、各周回ごとにリスポーン時間も異なるだろうから、そのうち後続も来るんじゃないかな。ここで待つかい?」

「いえ、行きます。あとで返しますんで金を貸してください」

 たぶん先に来ていたおれがやってくれてはいるだろうが、万が一に備えてガムの準備はしておくべきだろう。

 野口を借りて、研究所を出る。コンビニで先と同じものを購入し学校へ。

 屋上への階段を上る。

 と、そこで気づいた。

 おそらく若桜の言っていた一人目なのだろうみやこが、腕を組んでこちらを見おろしていた。

「おい。何周目だ」

 みやこが口を開く。不遜な声。

 なんとなくムカついて、おれは腰に手をやって睨みつけながら答えた。

「四周目だ。おまえは?」

「二十五」

「に……………………は?」

「聞こえなかったか? 二十五周目だ」

 みやこの声が、重苦しく聞こえた。

 二十五。こいつは、たしかにそう言った。

 つまり、二十四回もあの地獄のタイムマシンに乗ったというのか。

 冷や汗が垂れる。

 が、ここで下手に出るわけにはいかない。おれは、平静を装って尋ねた。

「それで、大先輩様はおれにどんなアドバイスをくれるんだ?」

「この扉を塞ぐな」

「…………転落死するのは知ってるよな?」

「塞いでもあおちゃんはほかで死ぬ。なら、ここを開けたまま、生かす」

「具体的には?」

「フェンスの向こうに行って、直接落下を引き留める」

「みやこオリジナルはどうすんだよ」

「あおちゃんと合流前におまえが引き留めろ」

「役割逆だろ。おまえ、鏡見たか?」

 げっそりとした、明らかに疲れきった顔だ。そんな状態であおちゃんの前に姿を現せば、いらぬ心配を与えてしまうし、いざというときに腕に力も入らないだろう。

「うるさい。四周目程度のやつがごちゃごちゃ言うな。おれはおまえとは覚悟が違う。最後にもの言うのはココなんだよ」

 みやこは胸を叩いて、いらだたしげにそう言った。

「二十四周もしといていままで本気になれなかったのか」

「言葉尻をとらえて勝った気になるなよ。いいか? なにがあろうと、おれは絶対にここを動かない。だからおまえがつじつまを合わせろ」

 仁王立ちをして、おれを見下ろしながら言う。

 数瞬睨み合う。

 結局、おれが先にため息をついた。

「わかった。オリジナルは請け負ってやる。……しくじんなよ」

「こっちのセリフだ」

 まったく、困ったものだ。目的を同じくする同一人物だというのに、なぜこう対立するのか。おれに対してなのか、みやこにむけてなのか、呆れの感情がわいてくる。

 チャイムが鳴った。

 踵を返す。目標は一年生の教室。あおちゃんと落ち合う前にみやこオリジナルを回収しなければ。

 教室を出てくる三年生たちの怪訝そうな目をかきわけて一年生のゾーンへ向かう。


 当たり前の話だが、簡単に見つけられた。

「よお」

 おれは右手を軽く挙げ、すこし格好つけてそう言った。

「……………………は?」

 たっぷり時間をかけて間抜けな顔をするみやこオリジナル。二周目のときも思ったが、本当にクソダサいからやめてほしい。

 だが、二周目とは違う点もある。周囲に同級生がたくさんいることだ。

 おれは友だちが少ない。良いとか悪いとかではなく、単純な事実として、放課後遊びに誘える人間は片手で数え切れる。教室の中では透明人間寄りで、あおちゃんの幼馴染だということを知っている人間もそう多くはない。おれが居眠りをしていたとして、移動教室だと起こしてくれるような人もいない。

 その程度の人間であっても、まったく同じ背格好、同じ顔の存在が立っていれば、じゅうぶんに奇異の視線を集めることができる。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。双子ですよという顔をしてオリジナルに向き合う。

「みやこ。すこしいいか?」

 おれの言葉に、オリジナルはたっぷり呆然としたあと、ようやく答えた。

「だれ?」

「わからんけど、たぶんドッペルゲンガーだよ。……そう警戒するなって。成り代わろうなんて思っちゃいない。おれも戸惑ってんだ」

 口からでまかせを言う。

 みやこオリジナルはたっぷり沈黙を挟んでから、警戒色を消さずに言った。

「ドッペルゲンガーって、会ったら死ぬやつだろ」

「じゃあドッペルゲンガー以外のなにかだな。なんでもいい。とりあえず、ふたりで話したい」

 周囲にちらりと視線をやってみせる。

「これから昼なんだけど……屋上でいいか?」

「ダメにきまってんだろ。あおちゃんを巻きこむなよ」

「……そうだな。そうだ。わかった。校舎裏に行こう」

 一瞬目を丸くしたオリジナルは、数瞬の沈黙を挟んで納得した。なんとか言いくるめることに成功したらしい。

 ふたり並んで歩き、下駄箱で靴に履き替えて校舎裏へ向かった。たどり着いてから、あおちゃんたちの真下なのだと気づいた。まあ、二十五周目のベテランだ。きっとうまいことやってくれるだろう。……婚活歴十年のベテランから婚活のアドバイスを受ける人はこういう気持ちなのかもしれない。

「で、結局おまえはなんなの」

「しらんて。会っても死なないタイプのドッペルゲンガーなんじゃね?」

 それからは、こんな感じでてきとうにのらりくらりとかわしながら会話を引き伸ばした。本当のことを話してもよかったが、どっちみち信用してもらえるとも思えない。引き留めることがおれの役割なのだ。

 と、そうして無駄に消費したお昼休みが終わりかけたころ、

「ひぃっ」

 オリジナルの、息を呑む甲高い声。かき消す、鈍い音。

 飛び散る赤い液体。

 落下死体。

 あおちゃんと、おれ――二十五周目とおぼしきみやこ。

 おれは、小さくため息をついた。

 やはり、婚活歴十年のベテランコンカツィストに任せてはダメだったらしい。次はきちんと自分でやらなければならない。

 おれは口元についた血液をぬぐって、呆然とするオリジナルをおいて歩き出した。

 どことなく満たされた顔をしていたような気がして、確認したくなったが、首を振って脳から追い出した。

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