幕間
あおちゃんは落ち着いた外見と裏腹に、気難しい人だ。繊細と言いかえてもいいかもしれない。
中学二年生の夏、彼女ははじめて哺乳類に手をかけた。
「みゃーくん、どうしよう」
あおちゃんの細い声が、重苦しい宵闇に落ちる。
深夜、突如呼び出されたおれは、猫の死骸を前に、胸につかえる感情を飲みこんだ。
どうしようもなくうるさい虫の鳴き声に囲まれて、しかし、あおちゃんの震える吐息が良く聞こえた。
鮮血にぬれた手のひら。ナイフ。
腹を切っさばき、首を掻き切られた死骸。
内臓を並べたり、骨を引っこ抜いたりといった、ありきたりな猟奇的光景ではない。見かたによっては、正当防衛だったとすら思える殺し方。
あおちゃんはこれ以前も以後も、一貫して、殺す以上の目的を持たなかった。
「埋葬しよう」
おれの言葉に、あおちゃんは黙って首肯した。
スコップなんて持ってきていなかったから、素手で土を掘った。夏で良かった。これが冬だったら、凍傷にでもなっていたかもしれない。
とはいえ、雨とはずいぶんご無沙汰だったから、地面はかたく、十センチも掘るころには滝のような汗が滴っていた。
しっかりとした大きさの穴を掘って、猫を埋葬する。土をかぶせ、最後に石をいくつか乗っけて、いかにもお墓ですよという雰囲気を作った。日本人は無宗教というが、違う。大抵の人は、墓を荒らすことに忌避感を覚える。もし血の臭いで犬が穴を掘ろうとしても、この状態ならば飼い主が止めてくれるだろう。
「あおちゃん、スッキリした?」
すべてを終え、公園の水道で血濡れた手を洗いながら問いかけた。
あおちゃんは首をひねって、しばらく考えてから答えた。
「虫よりは、多少」
「そっか」
おれたちは、それから、遠回りして帰った。
中学生にとって深夜の街は不思議な魅力があった。じっとりと汗のにじむ暑さだったけれど、すぐに帰りたくはなかった。
コンビニの横を通りかかったとき、あおちゃんは、猫を殺すほどに高まった殺人衝動の理由を、こう説明した。
「昼に、アイスを落としてしまったから」
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