第1話:光と影

 オフィスの薄暗い照明により、モニターの明るさはより一層際立きわだっていた。コーヒーとアロマの香りが心地よく混ざり、ささやかな音量のクラシックとキーボードを叩く音が部屋の空気を震わせている。


 影は闇の中からゆっくりと光に近づいた


「何の用かね、影」


 光は振り向かずにタイピングを続けた。


 影はポケットのサバイバルナイフを握りながら光に問いただした。


「“浄化”とは何だ」


 その言葉に反応した光の眉がと動いたが、すぐに冷静さを取り戻してプログラミングを再開した。


「君には関係のないことだよ」と光は冷淡に答え、影の顔を横目で見た。「どこでそのことを知った?」


「お前には関係のないことだ」


 影は光から目を離さなかった。二人の間には張り詰めた緊張感がただよっていた。


「お前はホワイトハッカーのリーダーとして、その計画に任命されているだろう?」


 影の声には怒りと疑念が混じっていた。


 光は小さくため息をつきながら、「まったく」と言った。「君が私のことをライバル視して“影”になったことはわかっているが、あまり突っかかって来ないでくれ」


 光はマグカップのコーヒーを一口飲んで冷静さを保った。「私は忙しいんだ」


 影は苛立いらだちを抑えながら、「別においらは個人的な感情で言ってるわけじゃねぇんだ」と言った。「詳しくは知らんが、浄化ってのは危険なことじゃねぇのか?」


 影は光に見えないよう慎重にポケットからナイフを取り出した。


 光は影を嘲笑あざわらうように、「君はそんなことばかり言ってるから出世できないんだよ」と指摘した。


 オフィスには重苦しい空気が充満し、クラシックのBGMがやけにうるさく耳に響いた。


「全人類浄化計画」と影が言葉を放った時、再び光の手が止まった。


 光はため息をつきながら、「やれやれ」とあきれたように言った。


「君は私の優位に立っているつもりなのだろうが、そうはいかないよ」と光は紳士的に言った。「そろそろ会議の時間だ、出て行ってくれたまえ」


「光の裏に影ありけり」と影は言い残して振り返った。


「それから」光は影の背中に向かって言葉を投げた。「ここにナイフを持ち込むのはおすすめしないよ。君も銃刀法違反で逮捕されたくはないだろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る