全人類浄化計画

道端の椿

プロローグ


「総理、まもなく世界政府とリモート会議のお時間です」と側近は告げて、軽くお辞儀をした。


 総理は一瞬だけ時計を見つめ、深呼吸をしてから静かにうなずいた。この会議は、国の未来を左右する重要なものだった。


 側近は向こうの秘書たちと映像や音声の確認を済ませ、会議の時間まで待機することになった。


「総理…」と側近が控えめに言った。「本当に承諾なさるのですか?」


「うむ」と総理は自信なさげに答え、会議で使う資料を整理した。「国を守る立場として、時にはこういう選択もしなければならない。優秀な君なら理解できるだろう?」


「はい…」と側近は煮え切らない返事をした。


「さあ、そろそろ始まるよ」


 時刻ぴったりになると、総理と世界政府の上役たちがリモート会議に参加した。総理の机にある三つのモニターには、緊張感のある顔が次々と映し出され、執務室は重苦しい空気に包まれた。


 参加者が全員そろったのを確認すると、世界政府の代表が話し始めた。


『こんにちは、皆さん。貴重な時間を取ってくれてありがとう』と自動翻訳が流れ、皆それぞれ順番に挨拶を返した。


 画面越しに映る各国の代表たちは、それぞれの国旗を背にしてけわしい表情を浮かべていた。総理はその一人一人を見つめながら深呼吸した。隣に座っている側近もまた、心配そうな表情で総理を見守っていた。


『前回の会議で話したのは“全人類浄化計画”についての概要。そして、その実験を日本で行いたいという話だった』


 皆ゆっくりとうなずきながら画面を見つめていた。


『単刀直入に、ニシムラ総理の答えを聞きたい』という自動翻訳が流れると、総理は上品な笑顔を作り、マイクをオンにした。


「日本は喜んでこの計画に協力いたします」


 その言葉を聞いた瞬間、側近の体が小さく動いたが、総理は机の下に手を出して彼を制した。


「インフラ・治安・人材という面で日本を高く評価していただいたことは誠に光栄であり、我が国としても是非その期待に応えたいと考えている所存であります」


 代表たちは満足げにうなずきながら総理の話を聞いていた。


『ありがとう、ニシムラ総理。前向きな返事を聞けて嬉しい。日本の協力により、世界は平和に近づくことができる』と代表が答えると、皆で合わせて拍手をした。総理は上役達の反応を見て、内心で胸を撫で下ろした。


 拍手が鳴り止んで再び会議に静寂が戻った時、代表が釘を刺すように付け足した。


『日本の安全保障は我々の支援によって成り立っていることをお忘れなく』

 その言葉に反応した総理の側近は静かに拳を握りしめた。


「もちろんです。一丸となって世界平和を実現させましょう」総理は笑顔を崩さなかった。


 その後は浄化の準備についての詳細、それぞれの国の近況報告などが行われた。緊張感がありつつも笑顔や軽い冗談が交わされる和やかな雰囲気で会議は終わった。


 モニターの画面が真っ暗になると、緊張の糸が切れた総理は小さくため息をつき、側近の背中に手を添えた。


「君の言いたいこともわかる。だがね、平和のために犠牲はつきものなのだ。君も人の上に立つ者として覚えておきなさい」


 側近はやはり煮え切らない表情で「はい…」と返事をした。


「さて」と総理は言った。「1時間休憩しよう。君もゆっくり休むといい」


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