摩擦係数

 急ぐ僕。


 どうも話をつかみ切れていなかったから、彼女の家へ急いだ。勝手に電話が切れてしまい、その後のことが全く分からない。


 ともかく彼女の無事を見たくて、ただその一心で自転車をしゃかりきで漕いだ。


 彼女にももちろん電話した。彼女にラインと電話をしたが、既読もつかないし、応答もない。もしも、のことを考えてしまうのは僕の良くない性格が表れている。病は気から、というように衝撃の事実も気から来てしまうのではないか、そう思うから出来るだけそのことを考えないようにしていた。


 僕と彼女の家は、近くとはいえ自転車で10分程度。本当に気が気でならなかった。僕はこんなにも世の中に貢献し、そして世のため人のためになるためこうして勉学に励んでいる。そうそう悪い行いというものはしていないはずだ。だから、僕の彼女であっても悪いこと、そんなことは起こりやしないだろう。僕はそう考えていた。これはもしかしたら、一種のおごりなのかもしれない。


 彼女の家の近くに差し掛かった。この居酒屋を右に曲がれば彼女の家が見える。彼女の家はスウェーデンハウスだ。なので、周りの民家とはまた違うものを醸して出していて非常に目立っている。だからまがった瞬間、すぐわかった。


 家の前につき、覚悟を決める。その日の夜風は非常に涼しい、適温といったところだろうか。本当は今日のような日曜日、この夜風に吹かれて心を入れ替え、明日に向けて準備をしようという頃だっただろう。


 彼女の無事を祈り、ピンポンを押そうと手を伸ばす。


 あと1センチ、あと数ミリのところで僕の腕は進むのをやめる。


 ……やはり怖いんだ。自分の知りえない事実がこの先にあって、それで泣いたり悔しくなったりすることがあるかもしれないのだ。そう思うと手を伸ばすだけでも、なかなかに気乗りしない。信ずるべきものは自分自身であることには変わりないのにもかかわらず、死ぬほど僕の腕は拒否し、次に進むことを拒んでくる。僕の心では「まっとうに考えている」としても、体がもたないんだろう。そう思った。


 ……だけど、このままじゃ知るものも知れない。

 そう思い、カラダでボタンを押した。息切れの後、若々しい女の子の声が聞こえた。


 妹さんだろうか。先ほどの電話に出てきた少女だろうか。


 ……ガチャ。


 扉が、開いた。

 


 そこには黒い服に身をまとった小さな少女が、いた。


 僕は少女が来ている衣服、その服の色からすべてを感じ、た。


 「ああ。ああああ……」


 僕はそんなようなを出しながら、膝を床につけてしまった。まだ、真実を知ったわけでもないのに、知ったような気になった。それは、すべてを感じさせてくる少女が間接的に教えてきたもの。それがもう「正解」なのだと思う。


 魂すら込められていない。いや、込めることのできない腑抜けた聲を口からこぼすこと数十秒だろうか。奥からすたすたと誰かが歩いてくる音がした。


 その足音を聞き、視線を向けた。

 そこには、比べ物にならないくらい顔がぐちゃぐちゃな、おばさんが立っていた。きっと彼女のお母さんだろう。


 少女に与えられたモノ、目の前に現れたおばさんの姿見を見て、感じた。


 ――――ああ、旅立ったんだ。


 聲にならないもの、人の顔や雰囲気、それらほかの因子。

 それらすべてが僕に影響し、僕にショックを与えてくる。


 形にならないもの、それほどに影響力のあるものを僕は見たことがないように、その時は思った。

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