【完結】黄昏村に春は来ない(作品230423)
菊池昭仁
黄昏村に春は来ない
第1話 限界集落 黄昏村
人里離れた限界集落、黄昏村。
その中で自給自足の共同生活をする人たち。
彼らは一度、生きることを諦めた、「世捨て人たち」だった。
「誠二さ~ん、ひと休みしませんか~?」
畑でサツマイモを掘っていると、洋子さんが声を掛けてくれた。
私は作業を中断し、みんなの輪の中に加わった。
「どうだ? 腰は痛くねえか?」
この限界集落の村人、小倉三郎さんは65歳。彼は私たちに農業を教えてくれる師匠だった。
「かなり痛いです」
「あんまり無理しねえこった。俺なんかコルセットを巻いてるからな。
中途半端に腰をかがめず、しっかりと腰を降ろして真っ直ぐに立ちあがることだ。
ゆっくりとな。
下半身をうまく使うってことよ。
上半身だけでやろうとすると、かえって腰と膝を痛めちまうからな」
洋子さんがポットからお茶を注いで渡してくれた。
「いいお天気ですね? 暑くもなく、寒くもなく。農作業には丁度いいわ。
風がとても気持ちいい。
本当にここは空気が美味しいわよねー」
「今日の夜は牡丹鍋にするべ。昨日、山ちゃんから猪肉を貰ったからよ。
キノコと野菜をたっぷり入れて、みんなで温ったまっぺ?」
「じゃあ、俺は白菜とニンジン、しいたけ、ネギと里芋を準備します」
真一が言った。
真一は25歳の元警察官で、警察署内で酷い虐めに遭い、拳銃自殺をしようとしたが未遂に終わったらしい。
「じゃあ、お料理は私にまかせてちょうだい。味噌味でいいかしら?」
「イノシシ鍋は味噌がうめえ、酒は俺が持って行くべ」
三郎さんはうれしそうだった。
この村にはひとり暮らしの老人ばかりだった。村には大した産業もなく、働く場所も無かったからだ。
若者はコンビニすらないこの部落を捨て、都会へと出て行ってしまった。
この黄昏村は市町村合併で出来た、文字通りの「限界集落」となっていた。
目黒洋子は末期の乳がん患者だった。
まだ32歳だという彼女は、とても末期のがん患者には見えなかった。
いつもニコニコしていて、みんなを気遣ってくれる。
私がこの村に来て、もう3か月が過ぎようとしていた。
私は大手の自動車会社で自動運転の制御プログラムの開発の一部を担当していた。
「渋山君、急で悪いんだが明日、本社の私のところに来てくれないか?」
私は人事部の春木課長に電話で呼び出された。
話の内容はおよそ想像がついた。リストラの話だ。
私の予想に狂いはなかった。
「察しの通り、悪い話だ。
渋山君、退職金を上乗せするので会社を辞めて欲しいんだ。
この通りだ」
課長は深々と頭を下げた。両手をついてテーブルに額までつけて。
それは何度も繰り返して来たようで、堂にいったパフォーマンスだった。
「君も分かっての通り、今のウチの状況は最悪だ。
君に能力がないわけではない、会社が君を雇うだけの財務状況ではないということなんだ。
すまん、わかってくれ。
君の他にも2,000人の社員をリストラしなければならない。
私も辛いんだ、頼む、この通りだ」
「なんで私なんですか? こうなったのは経営陣の自己保身の結果じゃないですか!
自分たちの権益を守ために経営判断を誤った。
そして今度は外資に身売り? 冗談じゃない!
大学院を出てからずっとこの会社に尽くして来ました。
スタビライザーの制御プログラムは私の発案特許です!
それなのになぜ、私がリストラ対象なんですか!」
「もう決まったことなんだ、申し訳ない」
春木課長は再び頭を下げた。
その日、私は横浜、銀座、新宿とを飲み歩いた。
25年勤めた会社だった。
長男の栄太郎は大学2年、娘のしおりは高校三年生、来年は大学受験だった。
歌舞伎町でキャッチに捕まった。
「今なら2,000円で飲み放題です!
いい娘がわんさかですよ、みんな美人揃いの全員日本人です!
ささどうぞ、どうぞ! 2,000円ポッキリですから!」
そこは薄汚いペンシルビルの5階にある店だった。
3人しか乗れないようなエレベーターに乗せられ昇っていくと、カタコトの日本語で話す、中国人の女たちに手を引かれた。
「イラッシャイ、イケメン社長サン」
暗い店内、怪しい目付きの男たちが薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。
私は我に返り、エレベーターに戻ろうとすると、
「おいおい、お客さん。帰っちゃうの? 別にいいけどさあ、入場料、置いて行きなよ。
ウチのかわいい女の子に触っておいて、カネも払わずにおさらばなんて、ふざけたマネはヨシ子ちゃんだぜ?」
「いくらだ?」
「3枚」
私は3,000円を差し出した。
「あんたお笑い芸人か何かか?
英世じゃなくて諭吉だよ諭吉。早く出せ! 痛い目に遭いてえのか? コラ!」
「警察に・・・」
私は腹に蹴りを入れられた。
「なんだって? よく聴こえねえなあ?」
私は3万円を支払った。
最悪の一日だった。
駅前の立ち食いソバ屋でキツネ蕎麦を食べ、終電で帰宅した。
女房の圭子はまだ起きて私を待っていた。
「どうしたの? 連絡もしないで。心配したのよ。
LINEも既読スルーで、携帯にも出ないし」
「会社をクビになった」
「えっ、どうして? これからどうするのよ私たち!
まだ子供たちにもお金がかかるのよ!
このマンションのローンだって、あと10年も残っているのに!」
「退職金は少し多く貰えるそうだ」
「そんなの酷いじゃない! あなたは会社のために一生懸命やって来たじゃない!」
「仕方ないだろう! もう決まったことなんだから!」
精神的に追い詰められた私はうつ病になり、自殺未遂をした。
(頑張らないと、俺はもっと頑張らないと駄目なんだ)
私は次第に自分で自分を追い詰めていった。
この村に来たのは、たまたまネットで見つけたこんなコンテンツからだった。
「人生に疲れた人、あつまれーっ!」
私たちと一緒に、黄昏村で農業をしませんか?
それが目黒洋子の発信ブログだった。
そして私は家族と別れ、ひとりでこの黄昏村へやって来たのだった。
何もない、この黄昏村に。
第2話 飲めないふたり
その日の夜、猪鍋を囲んでの酒盛りが始まった。
築150年というその古民家には囲炉裏があり、そこが私たちのリビングとなっていた。
私たちはここで共同生活を送っていた。
鮎や岩魚。鹿肉に猪肉、里芋などに味噌を付けて焼いた。
「ああ、美味しい~。
こんなの東京じゃ絶対に食べられないわよねー?
お金なんか使わなくても十分生きていけるものね? この黄昏村なら」
「コンビニすらないですからね? この村には」
「働いて、食って飲んで、寝る。
こんなしあわせなことはねえ」
私たちはその三郎さんの言葉に頷いた。
その通りだと思った。
出身大学がどこで? 年収がいくらだとか? どんなクルマに乗って、どんな家に住んでいるとか? 会社での肩書、奥さんは美人かどうか? 子供の学校の成績は?
そんなくだらないモノを他人と比較して勝ち誇ったり、落ち込んだりを繰り返して人間は生きている。
馬鹿げたことだ。
「誠二、ほれ、もっと飲め」
三郎さんが私の湯飲みに酒を注いでくれた。
「先月、酒好きのワシのために娘が送ってくれた吟醸酒だ。
とろりとしてまろやかで雑味もなく、いい酒だべ?」
「すみません、そんな貴重なお酒を」
「酒はひとりで飲んでも旨くねえ。こうしてみんなで飲むからうめえんだ」
そう言って三郎さんは娘さんから贈られたという酒を、目を細めて味わっていた。
「みなさんにお知らせがありまーす。
来週から新しい仲間がここにやって来ます。
野村洋介さんと、木下沙織さんです。
詳細については個人情報なので、知りたい人は直接ご本人たちに訊いてくださーい」
と、洋子さんは笑って言った。
「何歳位の人ですか?」
「野村さんは59才、沙織ちゃんは30才よ」
「59才かあ、還暦前ですね? うちの親父と変わんないなあ。
その沙織さんって美人ですか?」
「私よりは美人よ、あはははは」
「じゃあ、相当べっぴんさんだべ」
「イヤだも~、三郎さんったらー。正直者なんだからあ。あはははは」
(こんなに明るく笑う洋子さんが末期がん?)
そんな事を誰が信じるだろうか?
明日は雨で農作業が休みということもあり、私たちの酒宴は深夜まで続いた。
1日に4本しかない都営バスに乗って月曜日の夕方、ふたりが村にやって来た。
バス停からここまでは結構距離があるために、私たちはバス停までふたりを迎えに行くことにした。
洋子さんが夕べ、カレンダーの裏紙に書いたウエルカムボードを持って。
Welcome! 大歓迎!
野村洋介さん 木下沙織さん
ようこそ 黄昏村へ!
おかえりなさーい!
バスからふたりが降りて来た。
「ようこそ黄昏村へ!
遠かったでしょう? でもね、そこがいいのよここは。
すぐに好きになると思うわ」
「はじめまして、今日からお世話になります、野村洋介です。
見ての通りの老人です。みなさんの足手纏いにならないようにがんばります」
パチパチパチ
私たちは揃わない疎らな拍手をした。
「こんにちは、木下沙織です。
よろしくお願いします」
美しい人だった。
野村さんの時より、少し拍手にチカラが籠っていたような気がした。
その夜、ふたりの歓迎会が開かれた。
「さあ、食べて食べて、飲んで飲んで。
ここには食べ物もお酒も、そしてお水も空気も美味しい所よ」
洋子さんは野村さんと沙織さんに料理を取ってあげていた。
「それじゃあ、私たちも自己紹介するわね?
私がここの言い出しっぺ、発起人の目黒洋子です。
ここでのルールはただひとつ、他人のプライバシーを侵害しないこと。
後はみんなで協力して生活するだけ。
のんびり、ゆる~くやっていきましょう」
「僕は真一です。
若いので、雑用やチカラ仕事は僕に言って下さい」
「私は渋山誠二です。よろしく」
私は自己紹介が苦手だったので名前だけを告げた。
「俺は小倉三郎、この村の人間だ。
農業の手伝いをしている。ケガだけはしねえようにな?」
「私が言うのも何だけど、みんないい人たちだから安心してね。
ここにはいじわるする人も、自分勝手な振る舞いをする人もいないから。
晴耕雨読、そんな生活。
だから自分を大切にしてね。
では、じゃんじゃん食べて、どんどん飲みましょう!」
すると、野村さんが言った。
「すみませんが、私、お酒はもう飲めないんです」
「実は私も」
ふたりは酒が飲めなかった。
酒好きの私たちは少しがっかりした。
それが私たちと野村さん、沙織さんとの共同生活の始まりだった。
第3話 新しい共同生活の始まり
午前5時32分。起床は朝の6時だったがすでに隣に洋介さんの姿はなかった。
布団は極めて正確に畳まれていた。まるで刑務所や軍隊の寄宿舎のように。
(まさか刑務所帰り?)
私の脳裏にふとそんな思いが#過__よぎ__#った。
外へ出ると、納屋の鴨居を使って上半身裸で懸垂をしている洋介さんがいた。
鋼のように鍛えられた肉体には汗が薄っすらと滲んでいる。
洋介さんは私の気配に気付いて懸垂を止めた。
「おはようございます、誠二さん」
「おはようございます。洋介さん、早起きなんですね?」
「私は5時になると目が覚めてしまうんですよ。習慣なんです、朝の運動が。あはははは」
白く整った歯が爽やかだった。
とても還暦前だとは思えなかった。
私の洋介さんが犯罪者だという妄想はすぐに消えた。
こんなに笑顔の綺麗な人間が、とても罪を犯すようには思えなかったからだ。
「見事な筋肉ですね?」
「身体を鍛えるのが趣味なんですよ」
「6時半から朝食になります。炊事は当番制なんですよ。
今日の朝食の支度は洋子さんが当番です。
自分の使った食器や箸、コップは自分で洗います。
6時に起床して朝食までは掃除と身支度をします。
朝食を食べてから、農作業になります」
「わかりました。掃除はどこをすればよいのですか?」
「今日の洋介さんの掃除場所はトイレになります」
「わかりました」
「では、掃除のやり方を教えますね?」
「はい。よろしくお願いします」
私たちは外にある、厠と風呂が併設されている建物へ向かった。
糞尿の匂いが鼻につく。
私はバケツに井戸水を汲んで説明を始めた。
「すでにお気付きの通り、トイレは汲み取り式です。
糞尿は畑の堆肥に利用しています。
そこのゴム手袋を使って掃除をして下さい。
トイレの洗剤をつけて・・・」
すると洋介さんは雑巾にトイレ洗剤を付けると、ゴム手袋もせずにそのまま素手で便器を洗い始めた。
「ゴム手袋をしないと汚いですよ」
「気にしませんよ、私たち家族の物なら」
そう言って洋介さんは便器をキレイに磨き上げた。
「自衛隊にでもいらしたんですか?」
「刑務所です。あはは、嘘ですよ。トイレ掃除が好きなんです。トイレ磨きは自分磨きですからね?」
私は少し安心した。
台所ではエプロンをした洋子さんと沙織ちゃんが仲良く朝食の支度をしていた。
「沙織ちゃん、糠漬を出して切ってくれる? そこの#甕__かめ__#に入っているから」
「分かりました」
沙織ちゃんは大根と胡瓜、そしてニンジンを取り出すと糠を落とし、水でそれを洗うと手際よく切り始めた。
「あら沙織ちゃん、お料理上手なのね?」
「洋子さんのようには出来ませんけど、お料理をするのは好きです」
「包丁の使い方を見れば、相当のお料理上手なのがわかるものよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ盛付けが済んだらニワトリ小屋から産み立ての卵を取って来て頂戴。それが終わったら自然薯を擦ってね」
「分かりました。行って来ます」
沙織ちゃんがニワトリ小屋へと出て行った。
私と洋介さんは沙織ちゃんの後を追った。
案の定、沙織ちゃんはニワトリ小屋の前で立ち竦んでいた。
私は沙織ちゃんに声を掛けた。
「おはよう沙織ちゃん。はじめてだよね? ニワトリ小屋から卵を取るのって。見ててご覧、こうして取るんだよ」
私と洋介さんは小屋に入り、藁の上に産み落とされた鶏卵を拾って回った。
「ハイこれ」
「ありがとうございます」
「そのうち慣れるよ」
「はい」
朝食には出汁巻き卵に納豆、糠漬に蕨のお浸し、大葉の味噌揚げに自然薯、雑キノコの味噌汁。それと昨夜の酒宴の残り物が並んだ。
「それではみなさん、いただきましょう! いただきまーす!」
「いただきます!」
「美味しい! みんなで食べる朝ご飯はまた格別ね?」
「こんな美味しい朝食を食べたのは初めてです!
あの~、お替りしてもいいですか?」
「洋介さん、どうぞたくさん食べて。でもセルフサービスよ。
沙織ちゃんも遠慮しないでたくさん食べてね?」
「はい、ありがとうございます」
私はこの時初めて沙織ちゃんの笑顔を見た。
それはまるで少女のように清らかな笑顔だった。
私は娘のしおりのことを思い出し、胸が詰まった。
第4話 過ぎゆく秋
土に汗が滴り落ちてゆく。
私は無心でニンジンを掘っていた。
趣味の家庭菜園とは違い、これは「道の駅」やスーパーに野菜を卸す、仕事の一環として農作業だった。
沙織ちゃんは辛そうだった。
無理もない、彼女は農業も力仕事もしたことがないはずだ。
だが、弱音を吐くことも、手を止めることもなかった。
洋子さんが沙織ちゃんに声を掛けた。
「農作業はたいへんでしょう? 自分のペースでいいからね。
休み休みで」
「はい、ありがとうございます。
いつも何気なく食べていたお野菜も、こうして農家のみなさんが大変なご苦労をして作っていたんですね?」
「そうよ、このニンジンもお店では3本で198円で売られているわ。でも私たちの手元に残るお金はその金額の半分もない。
この1本のニンジンが30円。
100本作ってやっと3,000円。それでも私たちはほぼ自給自足の生活だからこの程度でも十分にしあわせだけどね?」
そう言って洋子さんは笑った。
洋子さんは末期のガン患者だ。彼女も体力の要る農作業は容易ではないはずだった。
一方、初日でまだ慣れていない沙織ちゃんとは対照的に、洋介さんは黙々と私たちの倍の仕事をこなしていた。
三郎さんが洋介さんに言った。
「洋介さん、おめえさんは元気じゃな?」
「なんだか懐かしくて楽しくって。私の実家も田舎で農家をしていますから」
「そうかい? どうりで慣れてるわけだ」
洋子さんが立ち上がった。
それは沙織ちゃんへの気遣いでもあった。
「少し早いけど休憩にしましょう!」
みんな腰を伸ばした。
洋子さんがみんなにお茶を配りながら言った。
「もうすぐ秋も終わりねー」
「早ええもんだな? 季節が変わるのは。
ジジイになるとどんどん時間が早くなっちまう」
「ホントね? 私もおばさんだから分かるなあ」
洋子さんは来年を迎えることが出来るのだろうか?
そう考えるとお茶が少し渋く感じた。
黄昏村はすっかり紅葉に包まれ、手編みのセーターのように赤や黄色、そして茶色に染まって行った。
抜けるような青空が、凛とした秋の風情を醸し出している。
寒くはなるが、ここは雪があまり降らないらしい。
私も今年はここで年越しをすることになるはずだ。
「いい所ですね? 黄昏村は」
洋介さんが目の前の山林を眺めて言った。
「洋介さんにそう言ってもらえるとうれしいわ。
私もこの村が大好きよ。
やさしい仲間がいるこの黄昏村が」
沙織ちゃんもうれしそうに頷いていた。
遠慮しているようだったので、私は洋介さんと沙織ちゃんにそれぞれ饅頭を渡した。
「先日、道の駅で買った物です。よかったらどうぞ」
「すみません。いただきます」
「ありがとうございます、誠二さん」
私たちはいつもファーストネームで呼び合っていた。
そうしたのは洋子さんだった。
最初は私も抵抗があったが、今ではそれがいいと思うようになった。
渾名ではなく名前で呼び合う仲間。
それは相手への信頼と敬意でもある。
「じゃあお昼までのあと1時間半、がんばりましょう!」
そしてみんなが立ち上がった時だった、三郎さんが突然倒れた。
洋子さんは元看護師だった。すぐに三郎さんに駆け寄り声を掛け、心臓の音と呼吸を確認し、素早く脈を取り瞳孔を確認した。
「大丈夫だとは思うけど、脈が弱いわね」
「救急車を呼びますか?」
「救急車では時間が掛かるから、私のクルマで一番近い病院に運びましょう」
そして洋子さんは三郎さんの靴を脱がせ、ズボンのベルトを緩めて作業着のボタンを外した。
その時、三郎さんの肌に入れ墨が彫られているのが少し見えた。
だがそれを指摘する者は誰もいなかった。
それは普段の三郎さんの人柄が、その事実を遥かに上回っていたからだと思う。
三郎さんの過去がどうであろうと、我々仲間にはどうでもいいことだった。
「私が運転しましょう。鍵はどこですか?」
「玄関の柱に掛けてあるからお願い」
「わかりました」
すると洋介さんは母屋に駆けて行き、すぐにクルマのエンジンを掛け、みんなで三郎さんを後部座席に静かに乗せた。
「取り敢えず私と洋介さんで行って来るから後はお願いね!」
「わかりました」
私と真一君、そして沙織ちゃんは洋子さんたちのクルマを見送ると、農作業を再開した。
「三郎さん、何でもないといいですね?」
「ああそうだね?」
私は真一君に気のない返事をした。
それはかつて医療従事者として勤務した経験のある洋子さんの表情が、ただ事ではないことを物語っていたからだった。
第5話 仲間との別れ
病院から帰って来た三郎さんは冷たくなって動かなくなっていた。
洋子さんは疲れ果て、泣くことも忘れて放心していた。
朝方、三郎さんの娘さんたちがやって来た。
三郎さんは自宅の布団に寝かされていた。
「心筋梗塞だったようです。苦しまずにそのまま・・・」
「お世話に・・・なりました」
長女が震える手で三郎さんの顔から白布を取った。
三郎さんは少し笑っているかのように見えた。
「お父・・・さん・・・」
「ううっ、うううっ・・・、爺・・・ちゃん・・・」
「お義父さん!」
「ジイジ、ジイジ」
長女と次女、そして次女の夫と幼いお孫さんは三郎さんの亡骸を前にいつまでも泣いていた。
私たちもその光景に貰い泣きをした。
私たちの仲間が初めて死んだ。
三郎さんが荼毘に付されている間、私たちは火葬場の待合所で故人を偲んでいた。
人の死をまだ理解出来ない次女の女の子が、楽しそうにはしゃいでいる。
「みなさん、生前、父が本当にお世話になりました。
ささやかですが、今日は皆さんに父を偲んでいただきたいと思います。
それではみなさん、どうもありがとうございました。献杯」
「献杯」
葬儀屋が用意した、いくつかの助六の寿司桶と乾いたオードブルが並び、酒も供された。
長女の恵理子さんが静かに話し始めた。
「母が亡くなって、父は黄昏村に戻りました。
たまに電話で話すと、とても生き生きとして楽しそうでした。
それがどうしてなのか、みなさんにお会いしてよくわかりました。父にはみなさんのような素敵な家族がいたんですね?」
「お父さんはとてもいい人でした。黄昏村に来て、最初に私に農業を教えてくれたのはお父さんです。
そして真一君が来て、誠二さんが来て、そして先日、洋介さんと沙織さんも家族に加わってくれるようになりました。
私たちが今、こうして黄昏村で暮らしていられるのは、お父さんのお陰なんです」
私たちは洋子さんの言葉に頷いた。
人の死とは、何の前触れもなく突然やって来ることがある。
その死を簡単に受け入れることが出来る人は、故人を本当に愛していない人か、自分の死期も同じように迫っている人だろう。
あんなに元気で陽気だった三郎さんはもうこの世にはいないのだ。
「父は本当に・・・、ううっ、しあわせでした。
みなさんと一緒に生活する・・・、ことが出来て。
父は長年、東京でタクシー運転手をしていました。
娘の私が・・・、言うのもなんです・・が、家族想いの、とても・・・、とてもいい父親でした。
私たちは父に叱られた記憶が、ありません・・・」
恵理子さんは泣きながら続けた。
「休みの・・・、日には・・・疲れているのに、上野動物園や豊島園にも連れて行って・・・、くれました。
私たちが高校を出て働くようになって、母が病気で亡くなり、父はタクシー運転手を辞め、田舎で農業をやると言い出しました。
東京の喧騒の中で生活するより、父には・・・、父にはその方がいいのかもしれないと、私たち姉妹は賛成しました。
父は、大往生だったと思います。
何ひとつ親孝行らしいことは・・・、出来ませんでしたけど・・・」
「そんなことないわ。お父さんはいつもあなたたち、娘さんやお孫さんのことをいつも嬉しそうに自慢していたのよ。
親孝行って子供が何をしてあげたかじゃなく、親として、自分の子供を愛することが出来たなら、それが何よりの親孝行だと私は思うわ。
だから自分を責めることなんてない。恵理子さんたちは十分親孝行な娘さんよ」
「・・・あり、ありがとうございます・・・」
恵理子さんは洋子さんにしがみ付いて泣いた。
洋子さんはまるで自分の妹のように恵理子さんの背中をいつまでも摩っていた。
火葬が終わり、みんなで三郎さんの骨を拾い、骨壺に収めた。
その時、私は幾体もの遺灰を全身に浴びた葬儀社の老婆が気になっていた。
それはまるで「冥界からの使い」のように見えたからだ。
あんなに優しかった三郎さんは、遂に小さな骨壺の中に納まってしまった。
娘の恵理子さんと恵美子さんは三郎さんの骨壺を抱いて声を上げて泣いていた。
洋子さんも私たちも泣いた。
そして私はこの黄昏村の仲間が、もう誰も死んで欲しくはないと思った。
第6話 洋介さんへの疑念
三郎さんの納骨が済んだ。
だが私たちの心は空洞になったままだった。
私たちはいつものように囲炉裏の前で夕食を囲んでいた。
洋子さんと私、そして真一君はビールを飲み、沙織ちゃんと洋介さんはウーロン茶で私たちと付き合ってくれていた。
少し酔った真一君が沙織ちゃんに訊ねた。
「沙織ちゃんはお酒が飲めないの? それとも飲まないの?」
「私、お酒が嫌いなの」
沙織ちゃんもすっかりみんなに打ち解け、いろんなことを話すようになっていた。
「酒が嫌い? どうして?」
「お酒にはあまりいい思い出がないから」
「ふーん、そうなんだ」
沙織ちゃんのことが好きな真一君は、それ以上沙織ちゃんを追及することはしなかった。
もしも親や彼氏が酒乱だったと告白されても、この場がしらけるだけだと思ったからだ。
私はそれを取り繕うために洋介さんに同じ質問をした。
「洋介さんはどうなんですか? 酒が嫌いなんですか? ここで一番飲みそうに見えますけど」
「私の場合は体質的にダメなんですよ。すぐに頭が痛くなってしまうんです。でもこうしたお酒の場は好きなんですけどね? 楽しいから」
「ごめんなさいね、私たち、仕事の後のこのお酒のために生きているようなものだから。あはははは」
このために生きている? それは洋子さんの生きる希望でもあるのは確かな事だった。
洋子さんが場を和ませてくれた。
私はきんぴらごぼうを口に入れ、それをビールで流し込んだ。
喉越しが気持ちよかった。
私は家では酒を飲まなかった。飲みたいとは思わなかったからだ。
飲みたい時は外で呑んだ。
それはひとりで呑んでもつまらなかったからだ。どうでもいいテレビを見ながら飲む酒ほど不味い酒はない。
女房の圭子は酒を飲まなかったし、大学生の栄太郎も私とは酒を飲もうとはしなかった。
みんなで同じ仕事をして、みんなで同じ物を食べ、酒を飲む。
どうでもいい話で笑い、そしてまた一日が過ぎてゆく。
私は今、至福の中にいた。
今度は洋介さんが私に質問をした。
「誠二さんはここに来る前はどんな仕事をされていたんですか?」
「私ですか? 私は自動車会社で研究職をしていました」
「どんな研究ですか? 差支えなければですが」
「簡単に言うとクルマが安定して走行するための制御プログラミングを開発する仕事でした」
すると意外なことに、洋介さんはそれを深く追求して来た。
「乗り心地を安定させるためのものですか? 例えばスタビリティを制御するコントロール・プログラムとか?」
私は少し驚いた。それが私の長年の研究テーマだったからだ。
「随分お詳しいですね? 実はそればかりを研究していました。クルマの復元力をコントロールすることで優れた走行性を確保する物です。
でも最後はリストラされてしまいました」
その場の雰囲気が少し暗くなった。
私は余計なことを言ってしまったと自分の言動を後悔し、今度は洋介さんに話題を振った。
「洋介さんはどんなお仕事を?」
「私ですか?」
洋介さんは一口ウーロン茶を飲んでこう言った。
「私は自衛官でした。その後は外地を転々としていました。
家族もいないので気楽なものです」
ようやく私の洋介さんへの疑問が解けた。
あの整然とした布団の畳み方も、規則正しい生活も、そしてあの鍛え抜かれた肉体も、洋介さんが自衛隊出身者であれば納得が出来た。
「だからいつも身体を鍛えているんですね? キツイ農作業も平気だし」
真一君はそう言って頷きながら旨そうにビールを飲んだ。
囲炉裏に刺していた味噌田楽を沙織ちゃんが抜き取り、みんなの小皿に取り分けてくれた。
「自衛隊の時に沁み付いた習慣なんですよ。あはははは」
そう陽気に笑う洋介さんだったが、私にはその笑顔がどうしても演技をしているようにしか見えなかった。
それは洋介さんが時折見せる冷徹なまでの瞳にあった。
彼は笑顔でも目が笑ってはいなかったからだ。
私は自衛官だった洋介さんよりも、海外を回っていたという洋介さんの方に興味が湧いた。
そして私の研究についてのあの真剣な眼差し。おそらく洋介さんは将校の階級のはずだ。
(自衛隊の元将校がなぜこの黄昏村に来たのだろう?)
それは後日に知ることになるのだが、逆に私の洋介さんに対する疑念はより深まっていった。
第7話 追ってきた男
もうすぐやって来る本格的な冬に備え、私たちは食料の備蓄や必要な冬籠りの準備を始めた。
「じゃあ私と沙織ちゃん、真一君の3人は街のディスカウント・ストアに買い出しに行って来るわね?」
「わかりました。気を付けて行って来て下さい」
「誠二さんの好きなウイスキーとチョコレートも忘れないから安心して。洋介さんは何か欲しい物はある?」
「私は何もいりません。気を付けて行って来て下さい」
「では行って来まーす」
真一君は沙織さんと一緒に出掛けられるということもあり、とてもうれしそうだった。
私と洋介さんは再び薪割りを始めた。
秋も深まり寒くなってはいたが、洋介さんはTシャツ一枚で薪割り続けていた。
木が割れる乾いた音が響き、次々と薪が出来上がっていく。
洋介さんの斧は的確に薪の芯を捉えていた。
私はその割られた薪を番線で束にして結束し、それを軒先に積み上げていった。
調理用のガスコンロを除き、殆どの燃料は薪だった。
風呂、囲炉裏、竈には薪を使っていたのだ。
「少し休憩しませんか?」
「そうですね、では一服しますか?」
私たちは縁側に腰を下ろし、熱いほうじ茶を啜った。
「洋介さんが仲間になってくれて、本当に助かります。
私は力仕事は苦手なので」
「私は体力だけが取り柄ですから。あはははは」
刈り入れの終わった田圃に鳶が数羽飛来し、何かを啄んでいた。
「誠二さん、ご家族は?」
「東京で暮らしています」
「いいですね? 家族がいるということは」
私は心の中で呟いた。
(家族がいることがいい? 私には家族という名の「他人」だ)
確かに私にとってはいいことかもしれないが、女房たちにとって私はただのお荷物でしかない。
そして私がここにやって来た理由の一端はその家族にあったのだから。
「洋介さんはどうして家族を持たなかったのですか?」
「持ってはいけないと思ったからです」
「持ってはいけない?」
「ええ、私のような人間に家族は不要なんです。家族に迷惑や心配を掛けることになりますから」
そう言って洋介さんは横顔で笑った。
その時、クルマが走って来る音が聞こえ、家の敷地の中で停まった。
シルバーメタリックのクーペだった。
気取ったサイドベンツのジャケットを着た、長身の男がクルマから降りて私たちのところへ近付いて来た。
「ここに木下沙織という女がお邪魔していませんか?」
「どちらさまですか?」
「沙織の婚約者です、沙織を迎えに来ました」
「婚約者?」
明らかにその男は沙織ちゃんにとって「招かれざる男」のように思えた。
すると洋介さんが静かにその男に言った。
「ここにはいませんよ、沙織なんて人は」
男は豹変した。
「嘘を吐け! ここに沙織がいるのは分かっているんだ! 早く沙織に会わせろ! 連れて帰る!」
男はかなり興奮していた。
「いずれにせよ、今はここにいません」
「じゃあ帰って来るまでクルマで待ってるよ」
「ご自由にどうぞ」
男がクルマに向かって歩き出した時、ちょうどそこへ洋子さんたちが帰って来た。
男はクルマに駆け寄り、沙織ちゃんの乗る後部座席のガラスを強く拳で叩いた。
「沙織! 帰るぞ! 早く降りて来い!」
沙織ちゃんは身を屈めて怯えていた。
洋子さんが窓を開けてこう言った。
「話しは中でお聞きします」
囲炉裏を囲んでみんなが集まった。
気持ちを落ち着かせようと、洋子さんがみんなに珈琲を淹れてくれた。
「沙織ちゃん、この人が言う通り、この人があなたの婚約者なの?」
「婚約者なんかじゃありません。この人が勝手にそう言っているだけです」
「なんだとこの野朗! また痛い目に遭いてえのか沙織!」
元警官の真一君が珍しく語気を荒げた。
「DVは犯罪ですよ! それに異常な付き纏いもストーカー行為に該当します!」
「うるせえ! てめえは黙ってろ!」
「兎に角、あなたのような危険な男に沙織さんを渡すわけにはいきません。もう二度とここへは来ないで下さい」
洋子さんが毅然と言った。
「お前らには関係のねえことだ! これは俺と沙織の問題だ!」
「それは違います。沙織さんは我々の大切な家族です、身内ですから守るのは当然です」
「いいから沙織、帰るぞ!」
男が沙織ちゃんの手を掴んだ時、素早くその手を洋介さんが捻じあげた」
男はそのまま床に拘束された。
「痛てててて、離せこのヤロウ!」
「誠二さん、警察に通報して下さい」
「わかりました」
「真一君は結束バンドでこの男の手と足を縛って下さい」
「うん、わかった!」
真一君は男の手足を野菜の荷作り用の結束バンドで素早く縛った。
私はすぐに110番を押した。
「もしもし、警察ですか? こちら黄昏村大字・・・」
男が暴れながら叫んだ。
「おめえらただで済むと思うなよ!」
「沙織さんは私たちが守ります。もしまた同じようなことをしたらその時は・・・」
「なんだよ! その時はお前たちを殺すからなあ!」
「出来るものならどうぞ。出来ればの話ですが」
洋介さんは冷静だった。
男は警察に緊急逮捕され、連行されて行った。男のクルマも警察署に運ばれて行った。
「それでは被害者の木下沙織さんも我々とご同行願います」
沙織ちゃんは男とは別の警察車両に乗せられて連れて行かれた。
「沙織ちゃん、後で迎えに行くからね?」
沙織ちゃんは小さく頷いた。
「凄いのね洋介さん、何か格闘技でもやっていたの?」
「いえ、何も」
「もう来ないといいわね? 大丈夫かしら? あのストーカー男」
「おそらくもうここへは来ないでしょう。本当は気の弱い男ですから。だからそれを隠そうと吠える。
ここに沙織さんがいる限り、沙織さんは安全です。私たちみんなで守ってあげましょう」
「そうね、私たちは家族だもんね?」
それにしても洋介さんの咄嗟の行動は凄く慣れているように見えた。
(この人はただの自衛官ではないのではないだろうか?)
洋介さんがより「わからない人」になってしまった。
第8話 深夜のラーメンと餃子
「それではみなさんも、ご足労ではありますが署の方で事情聴取になりますのでよろしくお願いします」
私と洋子さんの聴取は簡単な形式的なものだったが、沙織ちゃんと真一君、そしてなぜか洋介さんの事情聴取は長時間に及んでいた。
「まったくいつまで待たせるのかしらね? まるでこっちが犯人みたいじゃないの」
洋子さんはめずらしく苛立っていた。
「仕方がありませんよ、警察は人を疑うのが仕事なんですから」
「だってストーカーをして、暴力を振るったのはあっちの方なのよ、それなのにおかしいわよ」
私は洋子さんを落ち着かせるために、自動販売機で珈琲を買って洋子さんに渡した。
「ありがとう」
「警察署のロビーは冷えますね? 大丈夫ですか?」
「私たちの家よりマシよ」
「あはは、そうですね?」
私は自分のダウンジャケットを洋子さんの膝に掛けてあげた。
「誠二さん、やさしいのね? 素直にうれしいわ。御免なさいね、寒くない?」
(本当にこの人は死んでしまうのだろうか?)
私にはその実感がなかった。
「大丈夫です。あの家で慣れていますから」
私たちは古くからの友人のように笑った。
深夜の警察のロビーは照明も少なく、閑散としていた。
時折、刑事や制服警官が目の前を通り過ぎて行く。
沙織の取調べは執拗なまでに行われていた。
「実際に暴力を受けていたわけですね?」
「はい・・・」
「すみませんが女性刑事も立ち合いの元、証拠写真を撮らせていただきます。おい、写真を撮って来い」
中年の刑事に促され、女性刑事が沙織を別室に案内し、服を脱がせた。
「これは酷いわね? 怖かったでしょう?」
その女刑事は沙織の身体を見て言葉を失った。
「どうしてもっと早く警察に相談しなかったんですか?」
「そんなことをしたら殺されていたかもしれません」
沙織の首から下には夥しい数の痣や切り傷の痕が残っていた。
腕や内腿、下腹部にはタバコの火を押し付けられたような火傷の痕も見えた。
男の名は佐々木哲也、35歳。沙織とは一年近く同棲をしていた。
佐々木は取引先の営業マンだった。
やさしくて気の利く佐々木に沙織は好意を寄せ、何度か食事にも誘われるようになり、身体の関係を持つようになった。
それからだった、佐々木が豹変したのは。
佐々木は次第に沙織に淫らな行為を求めるようになり、それを拒否すると殴る蹴るの暴行をふるうようになった。
だが翌朝になると、いつものようにやさしい男に戻っている。
「夕べはごめん、痛かっただろう? 俺は沙織のことを本気で愛しているんだ」
そう言って傷の手当をしてくれたりもした。
そして沙織はいつの間にか佐々木に洗脳され、支配されていった。
「一緒に暮らそう、そして結婚しよう」
同棲生活が始まると、暴力はさらにエスカレートしていった。
「このまま一緒にいたら殺される」
ついに耐えられなくなった沙織は、黄昏村へと逃げて来たのだった。
「ではこの被害届にサインと拇印をお願いします」
沙織は震える手で署名し、拇印を押した。
一方、真一への聴取は聴取に名を借りた「虐め」だった。
「よう、久しぶりじゃねえか小野塚? あのクソ野郎を捕まえて縛り上げたのはお前なんだって? その勇気、警察にいる時に出して欲しかったよなあ。
お前がヘンな真似をしたお陰で、俺たちの仲間が処分されちまって、北島さんなんか、今、ガソリンスタンドで働いてるぜ。
「ゴミや吸い殻などはありませんか?」ってな?
お前、あの時死ねば良かったのになあ。そうすれば誰もこんな目に遭うこともなかったのによー。
なあ、今からでもいいや。死ねよほら、俺の拳銃貸してやるから」
刑事は椅子から立ち上がると、銃を机の上に置いた。
真一はただ、ガタガタと震えていた。
沙織ちゃんと真一君は戻って来たが、洋介さんだけは30分も遅れてやっと解放された。
「洋介さん、遅かったですね?」
「いやあ参りましたよ、私が先に暴力を振るったとか言っていたらしくて。かなり絞られました」
「すみません洋介さん、私のために・・・」
「気にしないで下さい。私たちは家族なんですから」
「そうね、私たちは家族だからね?
ああ、お腹空いちゃった。ねえ、帰りにラーメンでも食べて帰りましょうよ」
「いいですね? ラーメン。久しぶりです」
洋介さんは落ち込んでいる沙織ちゃんと真一君を気遣い、敢えて明るく喜んでみせた。
ラーメン屋に向かうクルマの中では事件について話す者も、訊ねる者もいなかった。
それは沙織ちゃんと男の関係はおよそ推測がつくものであり、沙織ちゃんが自分から話す以外はそれに触れることは無かった。
ラーメン屋に着くと洋子さんが言った。
「餃子食べるひとーっ!」
「全員食べますよ洋子さん。みんなお腹ペコペコなんですから」
私がそれを代弁した。
「ウチの家族はみんな大食いだもんね! あはははは」
みんなの顔にようやく笑顔が戻った。
真夜中のラーメンと餃子が、私たち「家族」をやさしく労ってくれた。
第9話 洋介さんの秘密
洋介さんの事情聴取が長引いたのには別の理由があった。
「野村洋介さん、いや、片桐礼司さんですね? 初めまして、公安の新里です。
いつ、日本に帰国されたのですか?」
「分かっているんじゃないですか? 公安さんなんだから」
「その公安もあなたに尾行を簡単にまかれましたからねえ。それが偶然、こんなところでお目に掛かれるなんて。私たちは運命の糸で結ばれているのかもしれませんね?」
「私はあなたたち公安に監視されるようなことは何もしていません。ただの一般市民ですから」
「あなたが我が国にとって、非常に危険な存在だからです。
これからはちょくちょくお邪魔させていただきますね?」
片桐は新里を見下ろすように見て言った。
「あの人たちは無関係ですのであの家には近付かないでいただきたい」
「確かにあの人たちはあなたとは無関係のようだ。だからこそ、彼らをヘンな計画に巻き込んで欲しくはないのです。何をするために日本に戻って来たのです? 片桐礼司、元陸自一佐」
「日本の寿司やラーメンが食べたくなったからですよ。ただそれだけです」
「あなたは自衛隊の闇の暗殺部隊、『別班』の指揮官でした。そのあなたが突然自衛隊を辞めてアフガンに行く事になったのは何故ですか? 思想不適格により除隊させられたと記録にはありますが、そんなことは誰も信じちゃいない。あなたほどの優秀な自衛官が自衛隊を辞めるわけがない。防衛大学を首席で卒業し、ワシントンの大使館にも武官として駐在していたほどのあなたがです。
それなのにあなたは幕僚の道を選ばなかった。
片桐さん、あなた自身が最強の兵器なんですよ。たった一人で一個師団をせん滅してしまうほどのね?」
「それは褒め過ぎですよ、新里さん」
「いずれにせよ、あなたの監視は今後も続けさせていただきます。これが仕事なので」
「お好きにどうぞ。まあこれで私も危ない組織から守られるわけですからね? よろしくお願いしますよ、新里さん。
もう帰ってもいいですか? まだ夕食をしていない、腹を空かせた仲間を待たせていますので」
「では今日のところはお帰りいただいて結構です。長くお話をして申し訳ありませんでした」
野村洋介は偽名だった。彼はただの元自衛官ではなかった。
彼はある特殊任務を遂行するために3年間、世界の紛争地帯で傭兵として実戦経験を重ね、半年前にアフガニスタンから日本に帰国したのだった。
そしてこの限界集落に潜むことで、その機を窺っていたのだった。
野村洋介、本名、片桐礼司は防衛大学校からかつての陸軍中野学校の流れを受け継ぐ、自衛隊小平学校を優秀な成績で卒業し、陸上自衛官武官としてワシントンの日本大使館にも駐在してFBIやCIAとも関係を深め、その後帰国して『別班』の発足に伴い、その組織の幹部となった男だった。
片桐は部下の西田二尉に乱数表を使い、モールス信号で暗号を打電した。
モールスに乱数表など、昔のスパイのようではあるが、偏差値だけは高い、公安のエリートたちにはその知識も経験もない。
彼らはサイバー技術には長けてはいても、アナログには弱かったのだ。
「コウアンニホソクサレリ チュウイサレタシ」
「リョウカイ」
誠二が「道の駅」で収穫した野菜を並べていると、背後から声をかけられた。
「渋山誠二さんですね?」
そこには背広姿の男が二人、立っていた。
「警察ですが、少しお時間をいただけませんか? ほんの5分ほどですので」
ふたりの刑事は私に警察官の身分証明書を見せた。
「・・・はい」
私は駐車場に停めてあった警察車両に乗せられた。
「実はお願いがありまして、これを身に付けていて欲しいのです」
すると刑事はよく知られたブランドのボールペンを私に渡した。
「これはカメラ付き小型マイクになっています。これをあなたに携帯していただきたいのです。常に」
「なぜこれを私に?」
「木下沙織さんが嘘を吐いていないか、確認するためです」
「沙織ちゃんはそんな娘ではありません。お断りします」
「これは木下さんの無実を証明するためでもあるのです。タダでとは申しません。これはほんの謝礼です」
刑事は封の切られたタバコとボールペンを私の胸ポケットに強引に差し入れた。
「では、お願いしましたからね? 戻っていただいて結構です。ご協力に感謝いたします」
だがそれは、沙織を監視するためのものではなく、野村洋介こと、片桐礼司を監視するための物だった。
私はトイレに入ると鍵をかけ、タバコの箱を開けた。
するとそこには四つに折られた一万円札が5枚入れられていた。
私は躊躇いながらもそれを自分の財布の中に入れてしまった。
(沙織ちゃんの無実を証明するためだ)
と、自分の良心に言訳をするかのように。
第10話 ヨハネの黙示録
「Stop,it!(やめろ!)」
片桐はそう叫んで布団から跳ね起きた。
夢を見ていたのだ、アフガンで仲間の兵士が敵兵の目を生きたままサバイバルナイフでくり抜こうとしている夢だった。
「どうしました? 洋介さん? イヤな夢でも見ましたか?」
「すみません、起こしてしまいましたね? ええ、とてもイヤな夢でした」
「どんな夢です? 英語で何か叫んでいましたけど」
「たまに見るんですよ、ヘンな夢を」
片桐は夢の内容については話さなかった。
惨たらしい戦場での話など、この善良な男には到底話すことなど出来なかった。
「それは戦争映画の話ですか?」
そう眉をしかめて言われるのがオチだ。
ジンバブエ、ホンジョラス、ニカラグア、そしてアフガン・・・。
片桐は人間の感情を抹消していた。
だが、いまだに残虐な夢を見ることがある。
所詮、戦争とは殺し合いなのだ。
殺し方にいいも悪いもない。より多く殺した方が勝ちなのだ。
誠二は冷蔵庫から冷たいルイボスティーをコップに入れて持って来ると片桐に渡した。
「よかったらどうぞ。これならノンカフェインですから」
「ありがとうございます」
「ここに来たばかりの頃、私も嫌な夢を毎日のように見ていました。
私は長年勤めた会社をリストラされた時の人事課長の事を思い出しました。そして不安げな女房、子供たちの顔も。
でも今は殆どそんな夢を見なくなりました。
農作業等で疲れているからでしょうね?
それとこの黄昏村の自然と、ここで暮らすみんなのお陰だと思っています」
「ご家族の所に帰りたいとは思わないのですか?」
片桐はルイボスティを飲んだ。
「なるべく考えないようにしています。家族は私には遭いたくないはずですから」
(このような国民を出さない国家にしなければならない)
「そうでしたか? でもいつか、ご家族が誠二さんのお気持ちを理解してくれる日が来るといいですね?」
「ありがとうございます。まだ6時には2時間あります。もう少し寝ましょうか?」
「起こしてしまってすみませんでした。おやすみなさい、誠二さん」
「おやすみなさい、洋介さん」
片桐は家の中の盗聴器を探した。
するとハンガーに掛けてある渋山の作業着の胸ポケットにあるペンから盗聴器の反応があった。
(まさか誠二さんが公安のスパイ?)
それはあり得ない話だった。
だが、公安に協力させられている可能性は十分にある。
外の厠から戻って来た渋山に片桐は声を掛けた。
「誠二さんのこのペン、誰かからのプレゼントですか? いつも大切に身に着けているようですが?」
いつも温厚な渋山の表情が一瞬で強張った。
「研究者としての習慣なんです。突然何かが閃めいた時にすぐにそれを書き留めておくことが出来るようにと。
今でもそのクセが抜けなくて」
それはあまりにも雑な言い訳だった。
「ペンよりボイスレコーダーの方がいいのではありませんか? あるいはスマホとか?」
「図を描くこともあるので・・・」
渋山は明らかに動揺していた。顔が紅潮している。眼も泳いでいた。分かり易い男だった。
だが片桐は逆に安心した。
この会話が公安に筒抜けだとすれば、その方が都合が良かったからだ。
「誠二さん、話しは変わりますが、紅葉のいい季節になりましたのでどうです? この景色を見ながら入る五右衛門風呂でも一緒に作りませんか?」
「五右衛門風呂ですか?」
「ええ、外で入る五右衛門風呂です。ドラム缶の。いいとは思いませんか?」
「それはいいかもしれませんね? 造りましょう! 五右衛門風呂」
「確か空になった要らないドラム缶があったはずですから、まずはそれをきれいに洗いましょう」
「分かりました」
片桐と渋山がドラム缶で五右衛門風呂を作っていると、洋子さんに沙織ちゃん、そして真一君も集まって来た。
「あらいいわねえ。五右衛門風呂?」
「ええ、洋介さんの発案です」
「いいなあ、私も入りたいなあ。ねえ沙織ちゃん?」
「でも洋子さん、覗かれちゃいますよ、私たちのナイスなバディが。あはははは」
「そうだ誠二さん。私たち女子も入れるように塀を作ってよ」
「お任せ下さい。お安い御用です」
片桐が言った。
すると小野塚もその作業に加わった。
「竹でいいでしょうか?」
「そうだね? 建仁寺垣を作ろう」
「わかりました」
そして遂にドラム缶の五右衛門風呂が完成した。
「では僕が実験台になりますね?」
片桐は服を脱ぎ、手でお湯の温度を確かめると、そのまま五右衛門風呂に浸かった。
「どうです? 熱くはないですか?」
「いいカンジです、まるで温泉ですよ。凄く眺めもいい。最高の気分です! ずっとここでのんびり暮らしたいなあ」
片桐は敢えて大きな声でそう言った。
公安にも聞こえるように。
西田二尉から暗号モールスが届いた。
ヨハネの黙示録は開かれたと。
第11話 ダビデの星
深い森の中に入った片桐は、息を潜めてじっと獲物を待った。
ガサガサっと下草が揺れ、鹿が飛び出して来た。
雌の鹿だった。
片桐は躊躇うことなく、すぐに散弾銃の引き金を弾いた。
辺りの鳥たちが銃声に驚き、一斉に飛び立って行った。
鹿は首から上を吹き飛ばされ、苦しむこともなく絶命していた。
片桐は散弾銃を下ろし、リュックから間引きされた、人の頭部ほどの大きさのスイカを3つ取り出すと、そのうちの1つをレジ袋に入れて木の枝に吊るした。
そしてガムテープが巻かれた木の根元から、防水コンテナを掘り起こした。
片桐はそれを開けると、慣れた手付きで素早くそこに格納されていた銃を組み立て、狙撃スコープを装着して弾倉を銃にセットした。
M16A1突撃銃。それは入念に特別仕様を施された銃だった。
片桐はイヤホンを耳に装着し、ショパンの幻想即興曲を聴き始めた。
腹這いになり、人の頭の位置に吊るされたスイカに照準を合わせた。
深呼吸をして息を止め、引き金を弾いた。
弾丸は目標から僅かに右に外れ、袋ごと砕け散った。
片桐はスコープの調整ネジをマイナスドライバーを使ってアジャストした。
そして立ち上がると別のスイカを同じ位置に吊るした。
今度は見事に中心を捉え、スイカは跡形もなく消えた。
片桐は川辺で仕留めた鹿の血抜きをして解体するとそれを厚手のビニール袋に入れ、リュックに詰めると下山した。
ずっしりと重そうなリュックを背負った片桐が帰って来た。
渋山は片桐に声を掛けた。
「洋介さん、今日は何が獲れました?」
「鹿です。みんなでいただきましょう」
「いいですね? では早速準備しますね?」
「じゃあ私は着替えて来ますのでよろしくお願いします」
片桐は血の付いた狩猟服を脱ぎ、絞ったタオルで体を拭いた。
鹿肉の夕食に、みんなはおおいに喜んだ。
「美味しい~! 鹿肉なんてスーパーでは売っていないもんね? ありがとう洋介さん!」
洋子は嬉しそうに鹿肉を頬張った。
「本当に洋介さんは凄いですよ、銃も扱えるなんて」
真一も久しぶりの鹿肉に興奮していた。
「本当は3日ほど、少し熟成させた方がいいんですけどね? 残りは冷凍にして、肩ロースは塩漬けにして燻製にしましょう」
沙織はようやく平静を取り戻しつつあった。
渋山の胸ポケットにはいつものようにあの盗聴器のペンが差してあった。
「刺身の方が旨いんでしょうが、鹿肉は危険ですからね? よく火を通さないと」
酒宴は深夜まで続いた。
翌朝、片桐は洋子からクルマを借りて、東京へ出掛けようとしていた。
「それでは夜には戻りますので行って来ます」
「気を付けてね? 洋介さん。おみやげは和栗のモンブランでいいから」
「かしこまりました。では楽しみに待っていて下さい」
「はーい」
洋子たちは片桐を見送った。
片桐の運転するクルマが村を出ると、すぐに公安の新里たちが尾行して来た。
だが間抜けな公安をまくのは片桐には容易な事だった。
「クソっつ! 何をしている! 武田たちはどうだ?」
「見失ったようです」
「バカヤロウ!」
都内に入ると片桐は路地でクルマを乗り捨てると代わりの自衛官がそれに乗り、運転を続けた。
公安はそのままクルマを追い続けた。
片桐はボウリング場にやって来た。
そして7人の男たちがふたつのレーンを使い、ボーリングを楽しんでいた。
そこへ片桐がボーリングの球を持ってその輪に加わった。
男がストライクを出した。ピンが炸裂する心地良い音がした。
「やりますねえ、パウロさん」
「お久しぶりです、神父さん」
「みなさんもお元気そうで何よりです」
「神父さんもよくそんなジョークが言えますね? 余命宣告をされた末期ガンの私たちに向かって。あはははは」
「これは失礼いたしました。最近、それをつい忘れてしまうんですよ、あまりに生き生きしておられるあなたたちを見ているとね?」
「そろそろですね? 遂に『ヨハネの黙示録』が開かれる時が来たんですね?」
「ええ、その日が訪れようとしています」
「ワクワクしますよ、あのクズどもをこの世から抹殺して死ねるんですから」
「我々とあなた方7人の使徒がこの国を蝕む「癌」を取り除くのです。神の手を持つ外科医のように。
ではこのゲームが終わりましたら、いつもの場所で#イベント__・__#の説明と、準備に取り掛かりましょう」
彼らは死期の迫った末期ガン患者たちだった。
彼らこそが自衛隊『別班』の特別暗殺班、『死のダビデの星』のメンバーたちだったのだ。
第12話 恋の予感
いつものように私たちは朝食を摂りながら、朝の情報番組を観ていた。
テレビでは民自党の政調会長、牛田が記者たちから詰問され、釈明に追われていた。
「牛田さん!韓国『復光教団』の支援者だというのは事実ですかあ!」
「教団から1億円の現金を受け取ったのは本当ですか!」
うんざりした顔で牛田は答えた。
「そんな事実は確認出来ないと、うちの秘書から報告を受けています。あとは事務所にお尋ね下さい」
「ホント、政治家っていつもこうなのよねえ~。悪いことをしても絶対にそれを認めようとしないんだから」
洋子さんは味噌汁を啜り、呆れた顔でそう呟いた。
すると真一君は、
「政治家の人が羨ましいですよ。鋼のようなメンタルがあって」
「メンタルが強いんじゃなくて、恥知らずなだけよ。
どんな親に育てられたのかしら、まったく!」
洋子さんは胡瓜の糠漬けに箸を伸ばし、小気味良い音を立ててそれを食べていた。
髪をポニーテールにして明るく笑う、この美しい人がもうすぐこの世を去るなんて、私にはとても信じられなかった。
私は奇跡が起きることを祈った
洋介さんは牛田を一瞥しただけで何も言わなかった。
「沙織ちゃんと真一君は『道の駅』の品出しが終わったら、スーパーでお買物をして来て頂戴。必要な物はこれよ」
洋子さんは真一君にメモを渡した。
「了解です!」
「わかりました!」
洋子さんは自分の弟、妹を見るように目を細めて笑った。
私と洋介さん、そして洋子さんの3人は、昨日収穫した渋柿を箱に詰め、霧吹きを使って焼酎を吹きかけていた。
「ねえ、真一君と沙織ちゃん、いいカンジだと思わない?」
「付き合っているんですか? あのふたり?」
「お似合いだと思うんだけどなあ。
そしてふたりが結婚したら、この黄昏村の人口も増えるかもしれないじゃない?」
「そうなるといいですね? 真一君は真面目だし、気配りも出来るやさしい青年ですから。それに沙織ちゃんは思い遣りがあって家庭的な娘さんですからね?」
「そうか? だから洋子さん、あの二人が仲良くなれるようにいつも「配慮」しているんですね?」
「だってもうすぐ、この村から人口が一人、減るわけだし・・・。
ああ、あのふたりの赤ちゃんをこの手で抱っこしたいなあ」
「・・・。」
洋子さんは寂しそうにそう微笑んで見せたが、私と洋介さんは何も言うことが出来なかった。
その寂しい笑顔は死ぬことへの悲しさではなく、そんな若いふたりのしあわせを見届けられないことへの寂しさだと私たちは感じたからだった。
スーパーでの買い出しを終え、フードコーナーで真一君が沙織ちゃんに訊ねた。
「沙織ちゃん、タコ焼き食べる?」
「うん。おいしそうだね?」
「たこ焼きを2つ下さい。それときんつばを5つ」
「きんつばはみんなへのおみやげね?」
「洋子さんは甘い物が大好きだから」
スーパーの駐車場に停めた軽トラの中で、2人はたこ焼きを食べていた。
「美味しい! 意外とタコが大きいのね?」
「沙織ちゃん」
「なあに?」
「俺、沙織ちゃんのことが好きなんだ。黄昏村に沙織ちゃんが来た時からずっと」
沙織は口に入れたたこ焼きが無くなるのを待って言った。
「ありがとう、私も好きよ、真一君のことが。
でもね、あのことがあったから、今すぐ恋愛は出来ないの。
まだ怖いのよ、男の人が。ごめんなさい」
真一君は持っていた爪楊枝をたこ焼きに刺すと、
「今すぐ付き合って欲しいわけじゃないんだ。
沙織ちゃんの気持ちが落ち着くまで、いつまでも待っているよ。
それにアイツから沙織ちゃんを守りたいんだ。おそらく2、3年の実刑だろうと思う。
万が一、あの男がまた沙織ちゃんの前に現れることがあれば、今度は必ず僕が君を守ってみせる。ずっと」
「・・・ありがとう、真一君」
真一君と沙織ちゃんは再びたこ焼きを食べ始めた。
「沙織ちゃんのこと、これから「さおりん」って呼んでもいい?」
「別にいいけど。じゃあ真一君のことはこれから「真ちゃん」って呼ぶことにするね? なんだか恋人同士みたいだね? 私たち」
「うん。そうだね? 早く「みたい」じゃなくて本当の恋人になりたいけどね? あはははは」
「うふっ」
真一君たちが戻って来た。
「ただいま戻りましたあ!」
「真一君、何かいいことでもあったのかい? なんだか凄くうれしそうだけど?」
めずらしく洋介さんが真一君を冷やかした。
「何もありませんよ~、いやだなあー、洋介さんは。
洋子さん、これ仕舞っておきますね? それからこれ、おみやげです」
「あら、きんつばじゃないの? 私これ大好きなのよねー。ありがとう、真一君、沙織ちゃん。
まだ温かいわ、折角だからみんなでいただきましょう。お茶を淹れて来るわね?」
洋子さんがみんなにきんつばの入った袋を回した。
「うん、すごく美味しい!」
「よかったね? 真ちゃん」
「そうだね、さおりん」
「何よその「真ちゃん」「さおりん」って! あはははは」
みんながうれしそうに笑った。
私はこの家族がずっと続けばいいと願った。
第13話 薄れゆく罪悪感
公安の新里はかなり苛立っていた。
「盗聴にも引っ掛かる言動もない。あの野郎、盗聴に気づいているのかもしれねえなあ。尾行すればまかれる。片桐は完全に俺たち公安を舐めている。
アイツらが政治家を暗殺するのは明白だ。だが情報が入って来ねえ。くそっ!」
新里は机を蹴った。
「いっそ別件で所轄にパクらせて、勾留してはどうです? 暗殺を阻止するために」
「片桐は自分の意思で動いているわけではない。政府の人間がそれを陰で指揮しているはずだ。そんなことをしてもすぐに釈放となるだろうよ、上の判断でな?
アイツは人間ではない。感情を持たない兵器なのだ。
防大を首席で卒業し、ワシントンの日本大使館にも駐在した男だ。
そのままいっていれば今頃、幕僚長や政治家になってる筈だ。
その片桐があの『別班』で暗殺を指揮している。
組織のメンバーを一網打尽にしなければ意味がない。我が国は「法治国家」なのだから。
国の秘密機関が暗殺など、決してあってはならないのだ。ロシアや中国、北朝鮮じゃあるまいに。
兎に角、片桐が尻尾を出すのを待つしかない。
黄昏村の監視を強化しろ! いいな!」
「わかりました!」
「おっ、大きい岩魚ですね?」
「今夜の夕食、釣って帰らないといけませんからね?」
「洋介さんは釣りも得意なんですね? マルチだなあ」
「暇人ですからね、私は。浅く広くですよ」
私と真一君、そして洋介さんの3人は近くの小川で釣りをしていた。
川辺りを秋の風が吹き抜けて行く。
今度は真一君に#魚信__あたり__#が来た。
くいっと釣竿を引く真一君。
少し小ぶりのニジマスが釣れた。
「やった! どうです? けっこういい形でしょう?」
「やりますねえ、真一君。まるで漁師じゃないですか? あはははは」
私たちは笑った。
囲炉裏には、今日釣って来た川魚が串に刺されて焼かれていた。
「今日は大漁ね? 余ったら明日の朝、炊込みご飯にしましょうよ。きっと美味しい筈よー。うふっつ」
洋子さんはいつものように日本酒を飲み、上機嫌だった。
顔の色艶も良く、末期がんは誤診ではないかとさえ思った。
真一君と沙織ちゃんは仲睦まじく楽しそうだった。
「さおりん、これ、もう焼けたよ」
「ありがとう、真ちゃん」
「いいわね~、若いって。うらやましいなあー。こっちのほうが妬けちゃうわよ。あはははは」
「洋子さんだって十分若いですよ、それに美人だし」
「ありがとう、さおりん」
「洋子さん、これ、焼けましたよ、お皿を出して下さい」
「ありがとう、じゃあお願いね。私、その大きいやつがいいなあ」
私は洋子さんから長方形の皿を受け取り、串のまま岩魚を載せた。
私たちは本当の家族のようだった。
『道の駅』に軽トラを停めると、新里さんたちのクルマが近づいて来て、手招きされた。
私は新里さんたちのクルマに乗り込むと、単四アルカリ電池と現金3万円の入った袋を渡された。
「渋山さん、もう木下沙織さんの方は結構です。
彼女の容疑は晴れました。その代わり、今度は野村洋介さんをお願いします」
私は驚いて尋ねた。
「どうして野村さんなんですか? 今度は野村さんまで疑うんですか? 警察は!」
「すみません、これが仕事なもので。ホント、イヤな仕事ですよ、警察は」
「なぜ野村さんなんですか? 犯人を捕まえた功労者じゃないですか? 感謝状を貰ってもおかしくはないはずです」
「とりあえず頼みましたよ。それから野村さんに何か不信な行動はありませんか? 例えば誰かに連絡をしているとか?」
「野村さんは真面目な人です。怪しい人ではありません」
「そうですか? では引き続きよろしくお願いします」
私はクルマを降り、軽トラに戻ると溜息を吐いた。
今度は洋介さんまで盗聴しろと警察は言う。
一体洋介さんが何をしたと言うのだろうか?
私はペン型盗聴器の電池を交換し、紙幣を財布に入れた。
罪悪感が次第に薄れていく自分がいた。
(まあ、洋介さんは怪しい人ではないから、割のいいバイトだと思えばいいか?)
私はそう自分に言い聞かせることにした。
第14話 宿命の時
沙織は何度も寝返りを打っていた。
隣で寝ていた洋子が沙織に声を掛けた。
「眠れないの?」
「すみません、いろいろ考えちゃって」
「真一君のこと?」
「それもあります」
「悩むということは生きることでもあるわ」
「出来れば悩みたくはないです」
「真一君から告白されたんでしょう?」
「ええ。でもまだお付き合いは出来ないと伝えました」
「まだ怖い? 男の人のことが?」
「・・・トラウマになっちゃって・・・」
「真一君は何て?」
「待っていてくれるって言ってくれました。私が真ちゃんを受け入れられるようになるまで。そしてずっと私を守ってくれると」
「良かったじゃないの。焦る事なんかないわ。だってもう一緒に暮らしてるんだから。みんなでだけどね? うふっ」
「洋子さんの恋バナ、聞かせて下さいよ」
「恋バナかあ、そんなこともあったわねえ~」
「病院にお勤めの時ですか?」
「私はね、手術を担当する看護師、オペ看だったの。
そこで、ある優秀な外科医とお付き合いしていたのよ。
やさしくて腕も良くて、ドクターには珍しく謙虚な人でね。
偉そうな態度なんて見たことがなかったなあ。
『Dr,コトー』みたいな先生だったのよ。
患者さんを助けられない時は酷く落ち込んでね、ご飯も食べられない人だった。別に彼のせいで亡くなったわけでもないのに自分を責めて。バカみたいでしょ?
いつまで経っても人の死に慣れない人だった。
そしてそんな時はいつも私がご飯に誘うの。
「先生、ご飯奢りますから一緒に行きましょう。その代わり支払いは先生ですよ、私よりお給料が高いんだから」ってね?
するとね、彼、うれしそうに笑ってこう言うの。
「じゃあ何をごちそうになろうかな? 支払いはボクだけどね?」って。
そうしているうちに、気付いたらいつの間にか一緒に暮らしてた。お互い帰るのが面倒になっちゃってね。あはははは」
「どうして・・・、別れちゃったんですか?」
洋子は少し間をおいてから静かに言った。
「死んじゃったの、私を置いて先に」
「・・・ごめんなさい、そんなこと訊いてしまって・・・」
「ううん、もう昔のことよ。彼ね、私に言ったの。「ボクは胃がんになってしまった。もう手遅れだから別れて欲しい」って。
そんなの卑怯でしょ? だから言ってやったの、「だったら結婚してから死んでちょうだいよ」ってね。
「バツが付いてしまうんだよ」
「どうせいいわよ、もう結婚なんかしないんだから」って言ってやったわ」
「じゃあ目黒という苗字は」
「そう、夫の苗字よ」
「そうでしたか? だから農作業の時以外は指輪をしていたんですね? やっぱり結婚指輪だったんだ」
洋子は指輪を天井にかざした。
「だから私、死ぬのは怖くはないの。彼が迎えに来てくれるはずだから」
「洋子さん・・・」
「さおりんと真一君の結婚式、出たかったなあ。あなたたちの赤ちゃんも抱きたかった。
でもムリね?」
「洋子さん・・・」
沙織は泣いた。
「そんなこと言わないで・・・、長生きして下さいよ。うううううっ」
「泣かないで、さおりん。
人はね、いつかは必ず死ぬものよ。私だけじゃないわ。あなただっていつかは死ぬ時が来る。
ここにいるみんなも同じ。ちょっとだけ私が順番抜かしをしただけ。いつもさおりんのことも、そしてみんなのことも見守っているからね?」
「洋子さん・・・」
ゲボッ
突然洋子が吐血をした。
「洋子さん!」
「大丈夫、病院に、行く、から、はあはあ、ゲボゲボッ、お願い、誠二さんたち、に・・・、お願い・・・」
沙織は布団から跳ね起きて、パジャマのまま誠二たちを起こした。
「洋子さんが、洋子さんが!」
すぐに私たちは洋子さんを乗用車に乗せ、病院へ向かった。
運転は飲酒をしていない洋介さんがした。
「洋子さん! 洋子さん!」
「大丈夫ですからね! あと少しの辛抱ですから!」
「洋子さん!」
沙織ちゃんは洋子さんを膝枕して、洋子さんの手をずっと握っていた。
そのクルマの後をずっとつけて来くる、1台のクルマがあった。
公安の捜査官たちのクルマだった。
病院の夜間救急外来に到着するとすぐに緊急処置が行われ、吐血は治まり意識も回復したが、洋子さんはそのまま入院することになってしまった。
私たちは仕事の合間を縫って、代わる代わる洋子さんを見舞った。
「柿でも剥きましょうか? 何か欲しい物とかは?」
私は洋子さんに訊ねた。
洋子さんの掛けられた毛布が少し薄く感じ、死んだ親父の言葉を私は思い出していた。
「人は死期が近づくと、身体が薄くなるんだ」
彼女に何もしてあげることが出来ない自分が腹立たしかった。
「何もいらないわ。ねえ誠二さん?」
「何ですか?」
「私がいなくなったらあなたがみんなをまとめて頂戴ね。
そしてまた、心に傷を負った人が来たら仲間にしてあげて欲しいの」
「そんな弱気なことは言わないで下さい。洋子さんがみんなのお母さんなんですから」
すると洋子さんはロッカーの鍵を開け、私に菓子箱を渡した。
「通帳と印鑑、キャッシュカード、それに登記事項証明書や保険証券なんかが入っているわ。暗証番号は5511。「此処いい」になっているから。当分みんなが生活に困らないお金が入っているわ。
沙織ちゃんは私と養子縁組をして、死亡保険金は沙織ちゃんに渡るように手続きをすることにするわ。だからそれもみんなの生活の為に使って頂戴。
誠二さんが頼りなの。
真一君と沙織ちゃんをお願いね。
たぶん洋介さんはもうすぐ私たちの元から出て行くはずだから」
「洋介さんがですか?」
「なんとなくそんな気がするの。女の勘って言うやつよ。
だからお願い。誠二さん、あの『憩いの家』を守って」
「わかりました。その時まで預かっておきます」
「ありがとう、誠二さん」
それから1週間後、洋子さんは私たちに看取られ、天国へと旅立って逝った。
まるで笑っているような穏やかな顔で。
私はまた親父の言葉を思い出していた。
「その人の死に様が、その人の生き様だ」
その通りだと私は思った。
洋子さんは最期まで、本当に素敵な人だった。
第15話 陰膳
洋子さんを失った悲しみで、私たちの会話はめっきり少なくなっていた。
特に洋子さんを姉のように慕っていた沙織ちゃんの憔悴は痛々しいほどだった。
食事の時は洋子さんの席に「影膳」を据えた。
テレビを点けていないと、とても間が持たなかった。
朝のニュース番組では今日もまた、政治家の下劣さが暴かれ、その事実に対して知らぬ存ぜぬを決め込む議員たち。
私はテレビのチャンネルを変えた。
食事を終え、私たちは作業小屋で正月のしめ縄やしめ飾りを作っていた。
沙織ちゃんの手が止まり、急に泣き出してしまった。
真一君は手を休めずに言った。
「あんないい人、いなかったよね・・・」
「どうしてそんないい人が・・・、死んじゃうの・・・」
私と洋介さんは何も言わず、しめ縄を作り続けた。
私たちは悲しい時には悲しむしかないことを知っていた。
夜、真一は沙織の部屋の襖の外から声を掛けた。
「さおりん、まだ起きてる?」
「うん」
「あたたかいココアでもどう? 淹れて来てあげようか?」
「もう歯を磨いたからいい」
「そう、じゃあおやすみ」
「真ちゃん、ちょっとお話ししない? 入って来てもいいよ」
真一は襖を開け、寝ている沙織の隣に座った。
「中々眠れなくって・・・」
「僕もだよ。今も洋子さんが傍にいるような気がするんだ」
「やさしくて、思い遣りがあって・・・。洋子さん、結婚していたの知ってた?」
「えっ? 洋子さんが?」
「お医者さんと結婚していたんですって。そしてその旦那さんも病気で死んじゃって、今度は洋子さん。
そんな酷いことってある?」
「そうだったんだ・・・。洋子さんは僕のお姉ちゃんみたいな人だった。
僕が初めてここに来た日、洋子さんは言ってくれたんだ。
「真一君。ここは自分を赦してあげる場所よ。この大自然がそれを手伝ってくれるわ。これからよろしくね?」
そう笑って僕と握手してくれた。洋子さんの手、とても温かい手だった。
僕はダメな警察官だったんだ。周囲に溶け込めず、ドン臭くていつも先輩たちから虐められ、そしてある日、発作的に拳銃を自分に向けて・・・」
沙織は布団の中から手を出し、真一の手を握った。
「かわいそうな真ちゃん。一緒に寝てあげるからおいで」
沙織は布団をめくり、真一を招き入れた。
ふたりは並んで天井を見上げていた。
「洋子さんに言われたの。私たちがこの村で結婚して、子供が生まれたら抱っこさせて欲しいって。
その夢、叶えてあげられなかった・・・」
「さおりん、結婚しよう。
そして僕たちの子供を天国の洋子さんに見せてあげようよ」
「真一・・・」
「今すぐにとは言わない。沙織の気持ちの整理がつくまで待って・・・」
沙織が真一の言葉を遮るように、突然キスをしてきた。
「今日はここまで。寝よう、真一」
「うん」
ふたりは手を繋いだまま目を閉じ、久しぶりに熟睡した。
私は盗聴器のペンを見詰め、決心した。
(もう止めよう、こんなことは)
翌朝、『道の駅』の駐車場で新里さんたちと会った。そして私ははっきりと言った。
「もう協力することは出来ません」
私はペンを新里さんに返した。
「なぜです? これをポケットに差しているだけであなたは3万円が貰えるんですよ。こんな美味しいバイトはないじゃありませんか?」
「確かにいいバイトかもしれません。でも野村さんは私たちの家族なんです。家族を疑うのはもう耐えられません」
「困りましたねえ~。目黒洋子さんがお亡くなりになったことは残念でした、何でも末期ガンだったそうで。まだお若いのに」
「彼女の事とは関係ありません。どうしてそこまで・・・」
「警察ですからね? 私たちは。
わかりました。それでは仕方がありません、では野村さんには私の方からお話しします。渋山さんがお金を貰ってあなたを盗聴していたとね? 木下沙織さんにもお伝えしないと。あっ、もう木下さんじゃないか、目黒さんの養子になったんですものね? 目黒沙織さんにもお話ししないと」
「そんな、酷いじゃないですか!」
「酷い? 酷いのは渋山さんの方でしょう? 仕事を途中で放り出すなんて」
「・・・」
「よろしくお願いしますよ、渋山さん。
私たちはお互いに「パートナー」なんですから。ふふっ」
新里は盗聴器のペンと現金の入った袋を私に渡した。
「今回からバイト料、増額しておきましたから。5万円入れてあります。ではよろしくお願いしますよ、渋山さん。我々はもう、ズブズブの関係なんですからね?」
私はクルマを降り、しばらくそこに立ち尽くしていた。
(警察がそうまでして洋介さんに関心を寄せるのはどうしてなんだろう?)
私はまた胸ポケットにペンを差した。
第16話 焚火
紅葉も終わり、葉の落ちた木々が冬の訪れを予感させていた。午後、私と洋介さんは裏庭で焚火をしながらサツマ芋を焼いていた。
パチパチと燃える炎を見詰め、私たちは無言だった。
枯葉を火にくべながら洋介さんが言った。
「めっきり寒くなって来ましたね? この静かな村にも冬がやって来るんですね?」
「私もここで冬を迎えるのは初めてです」
「先日、川で白鳥を見掛けました。寒いシベリアから飛来して、温かくなるとまた北へと帰ってゆく。温かくてエサが豊富なところでそのまま暮らせばいいものを、どうしてまた、わざわざ極寒の地に帰ってゆくのでしょうね?」
「どうせなら私はツバメになりたいですよ。冬を知らずに温暖なところにずっと住んでいたい」
私は自分の作業服に差してある盗聴器のペンが気になっていた。
「私は白鳥の気持ちがわかるような気がします。彼らは帰りたいんじゃなくて「帰らなければならない」のではないでしょうか? 極寒の地、シベリアへ」
弱火になった焚火に入れた、リンゴの木枝や枯葉がメラメラと再び燃え始めた。
「ここは本当にいいところです。コンビニも飲み屋も何もないところですが、私はこの黄昏村が大好きです」
「本当ですね? 忘れられた日本の原風景がここにはあります。
毎日汗をかいて肉体労働をして、みんなでご飯を食べ、笑い、星空を見ながら五右衛門風呂に浸かり、1日が終わる。
私は三郎さんも洋子さんもしあわせだったと思うんです。
確かに死ぬにはまだ早過ぎたかもしれません。でも、こんな素敵な人たちに看取られて死ねるのなら、本望ではなかったのかと。
羨ましいんですよ、私にはあの人たちが。
人間らしく生きた三郎さんと洋子さんが」
「私もそう思います。東京で暮らしていた頃には、いつも何かに追い立てられて生きていたような気がしていました。
会社から追われ、家族から追われ、そうして懸命に生きていました。
毎日がいっぱいいっぱいでした。何も考える余裕はありませんでした。
1つでも多くの特許を申請し、会社に貢献する。
女房子供に少しでもいい暮らしをさせてあげたい。ただそれだけでした。
大企業の中では小さな歯車でしかなかった私でしたが、それでも満足でした。
だがそれも欲深で無能な経営陣たちのお陰で多くの社員が切り捨てられ、私も路頭に迷いました。
私たち歯車はあっさりと捨てられたのです。資本主義という詭弁に。
資本主義とは民主主義でも自由主義でもありません。支配する者と支配される者に分かれることです。金持ちと貧乏人に。
でもそのお陰でこの素晴らしい黄昏村へ来ることが出来ました。まさに「万事塞翁が馬」でした。
今、私は自分の人生にとても満足しています。
ここに来ることがなければ、私はただ世の中を恨んで死んでいたかもしれません。
結局、大切なのはお金でも名誉でもなく、人なんだと」
「誠二さん、私、明日ここを出ていくことにしました」
「えっ、どうしてですか!」
私は稲妻に撃たれたような衝撃を受けた。
生前、洋子さんが予言した通り、洋介さんがここを出て行くというのだ。
「白鳥と同じですよ、ここはあまりにも居心地が良すぎました」
「だったらどうして?」
「だからですよ。真一君と沙織ちゃんには黙って出て行こうと思っていますので、誠二さんから伝えて下さい。
とても感謝していたと」
「行く宛てはあるんですか?」
「また海外を放浪しようと思っています」
「そうですか。寂しくなります、洋介さんがいなくなってしまうと」
洋介さんは焼芋を拾い上げ、籠に入れると焚火に水をかけて火を消した。
あたりに濛々と白煙が立ち込めた。
「それじゃあ熱いうちにみんなで食べましょうか?」
「・・・」
私は複雑な心境だった。
もうこれで洋介さんを盗聴しなくても済むという安堵感と、洋介さんという大切な仲間を失う寂しさに。
第17話 一人一殺
「ホシが動き出すようです!」
「黄昏村の主要道路に緊急配備! 職質を掛けて引っ張れ!」
「了解しました!」
「武器を携帯している可能性が高い。十分注意しろ! ただし殺すな、生け捕りにしろ! いいな!」
「はい!」
公安たちが一気に色めき立った。
その頃、片桐は暗視ゴーグルを使い、ひとりで山越えをしていた。
そして明け方、自衛隊のヘリに回収され、市ヶ谷の本隊へと帰投した。
厳重なセキュリティシステムを幾度も通り、地下4階の作戦司令室に片桐は辿り着いた。
片桐は幕僚長の山神に敬礼をした。
「片桐一佐、これより『ヨハネの黙示録作戦』を開始する。
現場での指揮権はすべて貴様に与える」
「はっつ! これよりヒトサンマルマル(13時00分)『ヨハネの黙示録作戦』にかかります!」
「よし、かかれ!」
「はっつ!」
「片桐一佐、俺も後から行くからな」
片桐は山神幕僚長に敬礼をし、7人の使徒たちが待つ、教会へと向かった。
内閣官房調査室、いわゆる『内調』も行動を開始した。
「この令和の時代にクーデター計画など、実に馬鹿げた話だ。
あの自衛隊発足以来、最も切れ者と言われたカミソリ山神幕僚長、気でも触れたか?
退官まであと1年、黙って天下りすればいいものを」
「この法治国家、日本において要人暗殺なんてどうかしていますよ」
「内閣直属の我々も、あの人たちが何を考えているのか理解出来んよ。
自分たちで『別班』を秘密裏に組織しておきながら、都合が悪くなると今度は「潰せ」と言う」
「ヘンな話ですよね?」
「上はクーデターだと騒いでいるが、おそらくそれはあるまい。
自衛隊内部に大掛かりな不穏な動きはないからだ。いずれにせよ暗殺は絶対に阻止しなければならない。神父と7人の使徒を消せ。間抜けな公安に先を越されるなよ」
「分かりました」
片桐と7人の使徒たちは、都内の古い教会の礼拝堂の中にいた。
「神父さん、いよいよですね?」
「みなさん、よろしくお願いします。私たちで日本の未来を変えるのです。
この腐敗した日本の政治を浄化しようじゃありませんか」
「日本に光を!」
「弱き者が救われる社会を!」
「子供たちに夢と愛! そして希望を!」
片桐はガラスのゴブレットに注がれたワインをみんなに回した。
その盃が片桐に戻って来ると、片桐はそのゴブレットを大理石の床に叩きつけて砕いた。
「神父さん。では一人一殺ということで」
「この神国日本から『腐ったミカン』を捨て去りましょう!」
「一人一殺!」
「一人一殺!」
そして片桐たちはそれぞれ警備員の制服に着替えると、国葬の行われる千鳥ヶ淵記念ドームへと向かった。
囲炉裏の炭が赤く燃えていた。
真一君と沙織ちゃんが酷く落胆していた。
「洋介さん、どうして僕たちにここを出ることを言ってくれなかったんでしょうね?」
「家族なのにね?」
「一番辛かったのは洋介さんだったと思います。
君たちの顔を見たら悲しくなるからではないでしょうか?」
「でも私たちに黙って出て行くなんて・・・」
「また海外を歩いて来ると言っていました。
そしてまたいつの日か、この黄昏村に戻って来るかもしれません。
真っ黒に日焼けした顔で」
「そうか、旅行に行ったと思えばいいんですものね?」
「洋介さんはまた、この家に戻って来ますよ、必ず。
だって僕たち家族なんですから」
私たちは頷きあった。
だが私たちは洋介さんがここへは二度と戻らないことを知っていた。
第18話 憂国
国葬会場には警備員に変装したペトロ、ヤコブ、ヨハネ、シモン、タダイ、トマス、マタイ、の7人の使徒たちは予定通り、各々のターゲットへの接近配置ついていた。
続々と現れる国内外の要人たち。
そして公安、内調も辺りを警戒していた。
「どこにいる片桐。姿を見せろ」
SATの狙撃班も会場周辺に待機していた。
そしてビルのメンテナンス作業員に扮した片桐はビルの屋上で腹這いになり、狙撃体制を取った。
(北北西の風 風力1 ヴィジュビリティ(視界)3)
片桐の狙撃対象者は民自党の政調会長の牛田だった。
黒塗りの公用車から降りて来た牛田は、喪服の前ボタンを留めた。
距離約200m。片桐一佐は狙撃スコープを覗き、牛田を捉えた。
大きく息を吸い、長く吐いた。
そして息を止め、引き金を2回弾いた。
サイレンサーを装着していたので鈍い音がして、発射された銃弾の衝撃と、命中した手応えが体に伝わる。
牛田の頭部はあの時の森のスイカのように砕け散り、心臓をも的確に貫いた。
即死だった。
国葬会場はたちまち阿鼻叫喚となり、パニックに陥った。
「くそっ! やりやがった!」
公安の新里たちは牛田の倒れた方向から、その延長線上にあるビルを特定し、一斉に走り出した。
片桐はすぐに喪服に着替えると、狙撃した銃はそのまま放置し、悠然とエレベーターを使い、1階フロアへと降りて国葬会場へと歩き出した。
狙撃を合図に7人の使徒たちは法務大臣の岡倉、農林水産大臣の木村、民自党幹事長の大下、園田国交副大臣、衆議院議長、細川。そして衆議院議員の吉村と、主民党の元首相、菅本を各々に拘束した。
屈強なSPたちはすぐに使徒たちを取り押さえようとしたが断念した。彼らの動きはすぐに封じられた。
「動くな! 全員吹き飛ばされることになるぞ!」
ペテロたちはそう叫ぶと、リモコンのスイッチに指を掛け、上着を脱ぎ捨てた。
彼らの体にはプラスチック爆弾、C4が上半身に巻き付けてあったのだ。
使徒たちは政治家たちに手錠を掛けた。
政治家たちの表情は青ざめ、泣き叫ぶ者や命乞いをする者。失禁している者もいた。
そして片桐はテレビクルーたちに声を掛けた。
「ちょっとすみません」
「うるせえ! 今それどころじゃねえ!」
「私が今回の首謀者です」
そして片桐も同じように喪服の上着を脱ぎ捨てると、身体には爆薬が巻き付けてあった。
「動かないで下さい。出来ることならあなたたちを道連れにはしたくないのです」
「ひっ!」
男性スタッフの中には腰を抜かしている者もいたが、髪をポニーテールにした若い女子アナだけは勇敢に片桐にマイクを向けた。
「カメラをお願いします。あなたはどうしてこんなことをしたのですか?」
「この中継は今、全世界にライブ配信されていますよね? 途中でCMを挟んだり、スタジオのコメンテーターに発言させず、私がこれから話すことを忠実に中継して下さい」
「わかりました。ではお願いします」
カメラマンが片桐の姿を映し出した。息を呑む全世界の視聴者たち。
片桐は自爆スイッチに手を掛けたまま、静かに話し始めた。
「国民のみなさん、そしてこれをご覧の全世界のみなさん。私は先ほど政調会長の牛田を射殺しました。そして今、我々の同志に捕らえられている政治家たちは皆さんも既にご存知の通り、マスコミで報道されている以上の悪事を重ね、日本の国民を愚弄しています。
そして責任を取ることもなく、自分たちの罪を認めようともしない。
真珠湾攻撃は果たして日本の卑怯な奇襲攻撃だったのでしょうか?
日本の敗戦は時間の問題であったにも拘らず、アメリカは自分たちの開発した大量殺戮兵器「原子爆弾」の威力を実験し、その脅威を世界に知らしめるために広島、長崎にも原爆を投下しました。
沖縄戦で、民間人までもが火炎放射器で焼き殺される必要があったのでしょうか?
そして今もアメリカの日本占領は続いています。
それは何故でしょう? それはアメリカの手先となって国を売り、利益を貪り贅沢を尽くす、欲にまみれた政治家やマスコミがいるからではないでしょうか?
「二度とあの惨たらしい戦争に子供たちを送り出さない」と発足した教育者同盟。
そうした教育者たちの理念は死にました。
いじめの隠蔽、わいせつ行為に適当な授業。
公務員になりたいなら別な行政職に携わればいいのではありませんか?
日本の道徳教育は、この日本の優れた伝統です。
教育者はサラリーマンではありません、聖職者なのです。
聖職者に労働者の権利など無用であり、教師はそれを覚悟の上で教職に就いていただきたい。
給食費の払えない子供に「お前は給食を食べる資格はない」と、子供たちの前で平気で貧しい子供を罵倒する卑劣な教師がいます。
これが憲法で保障された「義務教育」なんでしょうか? 国民のみなさん、どうか目を覚まして下さい。
政治家、官僚、マスコミ、教育者たち、そして我々日本人の在り方を。
これはテロではありません。ましてやクーデターでもないのです。
美しい日本を取り戻すための「抗議」なのです。
どうか皆さん、この日本を自由で平等な、思い遣りのあるやさしい日本に甦えらせて下さい。
心から切にお願いいたします。
それではみなさん、私たちから出来るだけ速やかに離れて下さい」
使徒たちのところからも群集が逃げて行った。
そして彼らはそれを確認すると、
「神の国、日本万歳!」
そう使徒たちは叫び、一斉に自爆した。
薄汚い政治家たちを道連れにして。
「片桐を射殺しろ!」
SAT に片桐への射殺命令が下った。
一斉に銃弾を浴びた片桐は、まるでダンスを踊るようにハチの巣にされた。
片桐の爆薬は偽物だった。
片桐は血の海に沈んで行った。
黄昏村の私たちもそのテレビ中継を見ていた。
真一君が叫んだ。
「これ、洋介さんですよね!」
私と沙織ちゃんは何も言わなかった。
あまりの衝撃に言葉が出なかったのだ。
(洋介さん・・・)
沙織ちゃんは両手で口を押えた。
洋介さんが射殺された時、沙織ちゃんは気を失ってしまい、私と真一君はテレビに向かって洋介さんの名を叫び続けた。
「洋介さん! 洋介さん!」
「死なないでくれ! 洋介さん!」
囲炉裏の炭が平然と、赤く燃えていた。
最終話 黄昏村の春
各テレビ局の報道バラエティ番組では連日のように事件の話題で持ち切りだった。
「今回の事件は日本の警察の大失態ですよ! これは民主主義の崩壊です! ここは日本なんですよ! その日本で自爆テロだなんてどうかしている!」
「だいたいおかしいじゃないですか? 自爆したとは言え、犯人たちの身元が分からないなんて」
「そんなことってあるんですか? 怖いわ」
「何も殺すことはなかった。殺すことは」
「これで少しは政治も変わるんでしょうかねえ?」
「岸辺総理は本気のようですよ。70歳での議員定年制と企業役員就任への禁止。帰化人の議員資格剥奪、議員定数の削減、タレント議員への政策論文試験の実施。禁酒禁煙、親類縁者、そして本当のすべての議員資産の公開、各議員のSNSによる政治活動の実績報告の義務化、そして歳費の10%を福祉施設への寄付に当て、月1回のボランティア活動への参加が義務付けられ、二世議員については国民の経歴適性審査が必要になりましたからね」
「どうせまたすぐに元に戻りますよ、そんなの絵に描いた餅だ。あはははは」
「では次のニュースです。ウクライナの戦争が長期化し・・・」
「総理、これでよろしかったのでしょうね?」
岸辺総理と山神幕僚長は水曜日の午後、赤坂の料亭にいた。
「すぐには変わらんかもしれん。だが政治家たちに緊張感は生まれたはずだ。政治家としての覚悟がどういうことかが。
カネ儲けや権力に執着する奴は自分の命と引換だとな?
後はこれからの子供たちに未来を託すしかない。
それには山神君、やはり教育だよ。
子供たちは我々大人たちの背中を見て育ってゆく。
だから私たちは大人として、日本人として恥ずかしくない人間として生きなければならない。子供たちの手本として。
教育に格差があってはならんのだ。学ぶ機会は平等でなければならない。それをやるのが総理としての私の役目だ」
「片桐たちの死を無駄には出来ませんからね?」
庭から鶯の声が聞こえた。
総理が帰った後、山神幕僚長は拳銃を持って、庭へ出た。
「片桐、みんなご苦労さん」
庭に銃声が響き渡り、山神は自害した。
何事もなかったかのように、黄昏村にも春がやって来た。
真一君と沙織ちゃんは結婚した。新婚なので、近くの古民家へ引越すことを私は勧めたが、ふたりはそれを断った。
「誠二さんとここで一緒に暮らしたいんです。誠二さんは僕たちの「お父さん」ですから」
「それにここは私のお姉さん、洋子さんの家ですから。ここが私の実家です」
「それに誠二さんは「お爺ちゃん」でもありますからね?」
「えっ! そうなんですか? 赤ちゃんが?」
「はい、女の子みたいです」
「おめでとう。それは本当に良かった」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
私は時々思う。
すべては夢だったのではないかと。
三郎さんが死んだことや、洋子さんが亡くなったこと、そして洋介さんと暮らしていたことも。
洋介さんは元々ここには存在していなかったのではないかと。
人間の思考とは過去の記憶の積み重ねで出来ている。
そして神は人間の悲しみや辛い過去の記憶を次々と消してくれる。
だからこそ、人間は生きて行けるのだろう。
洋子さんが作ったこの『憩いの家』に2名の応募者があった。
一人は35歳の元ケアマネージャーの女性で、もうひとりは55歳の、癌の治療を終えたばかりの元市役所職員の男性だった。
私たちは沙織ちゃんのお腹の子供と4人で、あの時と同じようにWelcome Boardを作成し、2人が来るのをバス停で待っていた。
かなり遅れてバスがやって来ると、少し照れ臭そうにバスを降りて来るふたりに私たちは言った。
「黄昏村へようこそ!」
黄昏村は桜が満開だった。
春の甘い香りが黄昏村をやさしく包んでいた。
黄昏村に春が来た。
『黄昏村に春は来ない』完
【完結】黄昏村に春は来ない(作品230423) 菊池昭仁 @landfall0810
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