第107話 金の性質
金の密度は非常に高いことで有名だ。1㎏の金塊と言われて人がどんなものを思い浮かべるのかは知らないが、事実として1㎏の金塊は大体ポイントカードより少し大きいぐらい……掌サイズで1㎏の重さになるほどの密度を持っている。水の19倍ぐらいの密度があるのだから、1㎏でも掌サイズになるのも納得だろう。
仮に、もし仮にだが……金を自由自在に動かして人にぶつけることができたら、どれだけの殺傷能力になるのだろうか。完全な純金は衝撃によって簡単に形を変えてしまうものだが、純粋な重さだけで考えれば鉄塊を投げるよりも遥かに殺傷能力が高いと言える。
腕を組んだまま仁王立ちしている黄金の輝きを放つ神と、それを睨み付けるようにして立ち尽くしている俺……その周囲に存在している金塊がグネグネと動きながら空中を飛び交っている。
通常の純金ならば簡単に形を変えてしまうような衝撃を加えようとも、俺たちが操る金は形を変えることはない。なにせ、金を完全に操っているからだ。液体のようにドロドロにして動かすこともできれば、鉄よりも固くしてぶつけることができる……支配すると言うのはそういうことだ。
「ちょ、ちょっとなんなの!?」
黄金が飛び交う戦場から逃げるように、美の女神が走っているのが視界の端に写り込んだ。人間を見にくいと称した黄金の神が、美の女神を放置していたのはやはりその「美」という概念を素晴らしいものだと判断したからなのだろう。目の前のこいつは、明らかに美というものを意識しているようなことを言っていたからな。
「不愉快だ。俺と同じ黄金を操る能力を持ちながら、何故そのような醜き身体で生きていられる」
「俺の顔が醜いってか?」
「顔面の美醜など言っていない。黄金という完成された原子を操りながら、何故貴様は人間などという不完全な身体のままで生きていられるのかと聞いているのだ」
「そもそも、黄金が完成された原子なんてのを初めて聞いたけどな」
俺はそもそも原子の構造に美しさとか感じるような感性がないから、そんなことを言われても理解できない。人間が不完全だってのも理解できるし、醜いと言われたら微妙に否定しきれないのも事実なんだが……だからって神の肉体こそが最も完成された素晴らしいものかと言われると、俺は首を傾げざるを得ない。
そもそも、完成された存在ならば戦争を起こして世界を滅茶苦茶にしたり、人間を無暗に殺してニクスの怒りを買って存在ごと消去されたりしていないだろう。
「美の神すらも魅了する黄金が完成されていないと? 人間が黄金を崇めるのは何故? 美しいからだろう?」
「昔の人間が黄金を崇めていたのは美しかったからかもしれないけど、今の人間が黄金を崇めているのは、その普遍的な価値から通貨的な信頼を得ているだけで、金そのものに関してなにか思うことなんてないぞ」
「殺す」
おっと……地面が一瞬で黄金に変わり、そのまま俺に向かって襲い掛かってきた。
黄金の神として、黄金の美しさを否定されるのは屈辱的なのかもしれないな。でも、俺としては普通のことを言ったつもりだ。実際、黄金を手にして人間が真っ先に考えるのは「幾らになるのだろうか」ってことだろう。
俺は黄金の概念に適性があり、力として魂に取り込んだだけで別に黄金という概念に対して誇りがある訳でもない。つまり……そもそも相いれないってことだな。
数分間の攻防でわかったことだが、やはり黄金の概念そのものから生まれた神と、黄金の概念を後から取り込んだ俺では練度が違いすぎてこのまま突っ立っているだけの戦いだけでは勝てる気がしない。ま、俺は別に突っ立っている状態じゃないと攻撃できない訳じゃないから、ここから動きをつけての戦いになるってだけか。
「
「ほぉ? 武器を生み出す魔法か……しかし、そのような浅知恵で俺に傷をつけることができると思っているのか?」
「黄金の攻略方法なんて、俺も良く知ってるさ」
俺が生み出したのは直剣と呼ぶには少し短く、短剣と呼ぶには少しばかり長い剣。ショートソードに分類されるであろうその剣を片手に、俺はこちらに飛んでくる黄金を避けて接近する。
黄金の神は完全に俺のことを格下として扱っている。実際、黄金を操るって部分だけであれば俺は黄金の神に勝てる部分なんてないし、ここは黄金の神が司る領域だ……本来ならばこの場で戦っている時点で俺の負けは確定しているようなもの……俺が普通の人間ならばの話だが。
「っ!?」
俺が突き出した剣を無造作に黄金で防いだ神は、剣から発せられた電撃を見て偉そうに組んでいた腕を解いて上空へと逃れた。
「貴様っ!」
「どうだ?」
金は融点が1000度以上で溶かすにはかなりの温度が必要になるのだが、熱伝導率と電気伝導率は高く、素早く全ての黄金へと伝えることができる。電撃を受けたぐらいで神は死んだりしないが、バチバチと攻撃されるのは非常に不快だろう。
忌々しそうな顔で俺の持つ剣を見つめていた神は、おもむろに周囲の黄金を操って巨大な竜のようなものを作り出した。俺に触れることを嫌ったようだが……直接触れなければ俺の身体を黄金にすることなど不可能なはずだから、ここからどうするのか見ものだな。
本来ならば神の領域内で戦うなど自殺行為なのだが……俺は敢えて黄金の神を世界の隙間へと引きずり込まずに戦っている。それは何故なのかと言えば……俺自身も黄金の領域内ならば十全以上の力を発揮できるからだ。
「このっ!? 人間風情が不敬だぞ!」
「それは負ける言い訳にはならないからな」
「黙れ!」
竜の頭を模した黄金を避けながら、俺も黄金を操って壁を生み出す。黄金と黄金がぶつかってどちらかが一方的に勝つことはなく、問題なくこちらに向かってくる黄金は防ぐことができ、黄金を操る以外の攻撃手段がないあいつに対して、俺には他にも人間が生み出した魔法がある。
金の融点は1000度……
左手に意識を集中させて生み出していくのは……金を融解させるほどの熱量を発する、槍。
「馬鹿なっ!? 黄金を自らで操りながら、それを破壊する方法を頭で考えているのか!? あり得ない!」
「だろうな……でも、俺は科学の世界で生きてきた人間なんでね」
魔法使いは自らの魔法が破られる想像をしない。それは自らの魔法に弱点があることを想像するのと同じことだから……しかし、俺にとって金は1000度で融解するものであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
投げた槍が金の壁を融解させながら突き破り、右手に持っていたショートソードがそのまま神の腹に刺さった。
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