第106話 俺の敵だ

 山間をひたすらに歩きながら黄金郷を探している訳だが、全く手がかりが無い訳ではない。残っている過去の文献とかに書かれている場所は粗方探し尽くしたのだが、今になって俺には新たな指針が生まれていた。それは……俺の中に取り込まれた黄金の概念だ。

 魂と結合してしまし、その魂を保持しているうちは再び別の世界に転生しようとも黄金の力は消えることが無いと、冥府神からお墨付きを頂いているのだが……その黄金の概念が宿った魂が、俺を導いているのだ。地図もなく、山を登っているのは魂が導いてくれる方向に向かって歩いているだけだからってのもある。


「ねぇ」

「……またかよ」


 山の神と戦った──いや、ニクスが不意打ちで殺しただけだけど……とにかく、山の神と遭遇してからまだ1日も経過していないのに、俺は再び神と遭遇した。

 こんな山の中で声をかけられることなんてありえないので、絶対に神であることを確信していたのだが……その姿を見て俺は本当に驚いてしまった。何故ならば、俺の前に立ってたのは金の装飾を纏った、美術品のような美しさを持った女性だったからだ。完成された黄金比によって整えられた身体、なにより全身から放たれる美というものを圧縮したようなオーラは、人間では絶対に再現できないと本能で理解できてしまう。


「美の神、か?」

「そうだけど……こっから先に行こうと思ってるならやめておいた方がいいわよ」

「こっから先って、その山頂を超えた先か?」


 俺は美の神を見上げるようにしてそう言った。山頂の岩に腰かけている美の神の向こう側から、俺の持つ黄金の概念がびんびんに反応しているんだが……ここで足止めをさせられるとちょっと困るな。


「どうして行ったら駄目なんだ?」

「貴方、馬鹿? それ言ったら意味がないでしょう? 人間は隠されたことを暴くのが大好きなんだから……悪いことは言わないから、私の忠告は聞いておいた方がいいわよ」

「へぇ……」

「なによ?」

「人間に対して友好的な神もいるんだな」


 俺が真っ先に思ったことはそれだった。今まで出会って来た神は全員が俺に向かって襲い掛かってくるような奴ばかりで、どいつもこいつも人間のことを下に見てすぐに手を出してきていたのだが……目の間で座っている美の神はこちらに敵意なんて全く向けていないし、なんなら俺の身を案じてくれてすらいる。

 盛大な溜息を吐きながら、美の神は憂鬱そうに足元の石を拾い上げて手の中で遊ばせている。そんな何気ない動作ですらも様になって見えるのだから、美の神ってすごい。


「私は人間に友好的なんじゃない。人間が存在しなければ私という価値が無くなってしまうから、人間の敵になっていないだけ」

「なるほど」


 美、という概念は人間が認めることで初めて形になるものと言ってもいい。モンスターや動物に対して、人間は美という概念に敏感だから……きっと人間がいなければ、神になるほどの概念にはならないのだろう。だから美の神は人間のことを攻撃しない……人間の敵になることは、即ち自分自身の存在を脅かす行為だから。


「それで、その先に何があるんだ?」

「はぁー……本当に馬鹿」


 それはそれとして滅茶苦茶気になるだろうが。


「そもそも、なんでこんな険しい山にが……ちょっと待って。もしかして貴方……」


 呆れたように俺の方へと視線を流してきた美の神は、俺のことを瞳で捉えた瞬間に手に持っていた石をその場に落として急に近づいてきた。流石に絶世の美女なんて言葉で表すこともできない美の暴力が近づいてくると、俺としても身構えてしまうのだが、それ以前に神が近づいてきたって事実だけで戦闘態勢に入ってしまった反射の方が俺は悲しかった。

 ゆっくりと俺の方へと手を伸ばし、頬に触れた美の神は目を見開いてから納得したように1人で頷いている。


「あの?」

「貴方、黄金の概念を持ってる。人間の肉体だから神の様にはなれていないけど、人間の肉体から解き放たれればいつでも神になることができる……黄金の神の、卵みたいな状態なのね」


 そうなの!?

 俺は普通に魂に黄金の力が宿っているだけだよ、ぐらいにしか教えてもらってないんだけど? 冥府神は俺になにしてくれてんの?


「だからこんな場所に……そっか」

「1人で納得しないで」

「聞きなさい」

「はい!」


 いきなりずいっと近寄られて反射的に返事をしてしまった。


「あの山頂を超えた先はある神の領域があるわ。そこら辺の有象無象の神々とは別物、本当に強い概念を持った神の領域が……だからそこに近づくなって私は言ったんだけど、貴方はそこにどうしても行かなきゃダメなのよね?」

「いや、そもそも何があるのか知らないんですけど」

「山頂を超えた先には……黄金の神の領域、つまり黄金郷が存在しているわ」


 顔を近づけてきた美の神によって俺は上半身だけちょっと逸らしていたのだが、黄金郷の名前を聞いて逆に美の神の肩を掴んでずいっと顔を近づけた。


「本当なのか!? 本当に、黄金郷があるのか!?」

「え、えぇ……ちょっと近いのだけ──」

「──やっと、やっと見つけた!」


 こうなったら美の神なんてどうでもいい。俺はその黄金郷を目指して人生の全てをかけてきたと言っても過言ではないのだ。

 美の神を飛び越えるような勢いで俺は山を登り切り、山頂を超えた先に広がっていたのは……全てが黄金で出来た世界だった。木々も、水も、建物も、全てが黄金に変えられた集落。


「は?」


 俺が想像していた黄金郷は、こんなものではなかった。なにより、この場所は前に来たことがある……山間にひっそりと存在している小さな村があったはずだ。そうだよ……なんで俺はそんなことにも気が付かなかったんだ。道中で神に出会ったからか? それとも……俺の魂に宿っている黄金の概念が原因なのか? 地図を持っていなかったから、自分が何処を歩いているのかわからなかった? いや、そんな簡単に道を見失うような方向感覚はしていない。だからやはり……魂に宿る力のせいなのだろう。

 この場所は黄金で作られた都市ではない……黄金に変えられてしまった、集落なんだ。


「だから行かない方がいいって言ったのに……あの神は──」

「美しくない者の、気配がするな」


 呆然としたまま黄金の集落を見つめていた俺の前に、金色の衣を身に纏った男が立っていた。


「美の女神よ、俺は美しくない者以外は通すなと言ったはずだが?」

「……感じ取れるでしょう? この人間は」

「いいや、俺とは同じではない。このような気色悪い人間が、俺と同じ概念を司る存在であるものか。この集落の醜き人間共と同じように……金に変えてやればまだ美しく見えるかもしれんが、な」


 理解した。

 こいつは、俺の敵だ。

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