第103話 俺たちは勝った

 虚無の果てに追放された海神をぼーっと眺めていたら、いきなり肩を叩かれて大袈裟に反応してしまった。

 俺がゆっくりと振り向くと、そこには笑いを堪えている冥府神の姿があった。


「お疲れさん……まさか戦いに俺が巻き込まれるなんて思ってもなかったが、これであの世界の癌は取り除けた訳だし……このまま平和になってくれるといいんだがな」

「平和になったら自分の仕事が減るからか?」

「お前は知らないだろうが、平和になろうがならなかろうが、冥府にやってくる魂の量なんてそう大して変わりはしない。なにせ、俺は人間だけを相手にしている訳ではないからな」


 そりゃあそうなんだけども……実際に言われるとなんとなく理解し辛いんだよな。一寸の虫にも五分の魂ってやつだよな。


「しかし、海神を本当に追放しても世界は大丈夫なのか? あれでも海を支配していた世界を運営する側の神な訳だし……いなくなったら世界が崩壊するなんてことにはならない、だよな?」

「それに関しては幸か不幸かわからないが……私があの世界の神々を全て復活させたことで解決した」


 疲れたって顔でそう言ったのはニクスだ。海神を虚無の果てへと追放し、そこに更に封印を仕掛けたことで疲れ果てているのだろうが……少し聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

 あの世界の神々を復活させた?


「世界の崩壊の直前まで行っていたんだ。既に選択肢はなかった……私とお前、そして冥府神がここに来る前には全てが終わっていた。もう一度神々を消すとなると、世界を改変するような労力なるから現実的に不可能だ」

「ほほぅ? 神々が復活したならば既に私たちの世界の連中では侵略しきれないだろうな。ま、元々私としてはあまり興味のある戦争ではなかったんだが……侵略しにいった連中はこちらで回収すると約束してやろう」

「駄目だ」


 異星の神の言葉に俺は即座に反対した。

 何を言っているのかわからないって顔をしたのは、ニクス、冥府神、異星の神の全員。まさか侵略者が撤退することに反対する奴がいるなんて思ってもいなかったのだろうが、俺は彼らに革命を持ちかけている最中だ。侵略はやめるなんて言われても彼らの待遇がおかしいことを教えたのだから、その責任は持ちたい。


「俺は彼らが安心して、自由に暮らせるようにするために戦う。アンタがどんな神なのか知らないが……彼らを道具のように扱い、世界の革命を防ごうとって言うのならば俺は単独でも立ち向かうぞ」

「こいつ、正気か? 私は世界そのものと言っても過言ではない……さっきの海神と同格な神だぞ? そんな私に単独で挑む? 頭が狂っているとしか思えない発言だぞ」

「だとしても……俺は戦う」


 既に彼らとは言葉を交わした。そこで無責任に自分たちの世界は助かったから放り出すなんてことは絶対にしない……それは、俺の信念に関係していることだ。だから……絶対にここは譲らない。


「ん……ふはははははは! 気に入ったぞ! お前、私の世界に来ないか? お前が持っている概念は世界に放り捨てて、私の下で奴らの待遇改善を目指して国を興したりしてくれて構わない」

「おい、こいつは私たちの世界の貴重な人間なんだからな。絶対に渡さんぞ」

「……お前、異界の魂がこの世界に混ざったとか言って、こいつが来た時に発狂してただろ」


 冥府神が呟いた小さな言葉に、俺は苦笑いを浮かべてしまった。確かに、ニクスは当初俺のことを異界からやってきた侵略者はお前だって言ってたな。


「ん? おぉ?」

「なんだ?」


 よくわからない神々にモテるとかいう絶対にいらないモテ期が到来した瞬間に、俺たち全員の身体が勝手に後ろに向かって引っ張られ始めた。


「しまった……世界の外に長い時間とどまっていたせいで、元の世界に身体が引っ張られてやがる。私の世界にくる話、覚えておけよ!」

「いや、絶対に行かないから」


 その言葉を異星の神に対して返した直後、周囲の景色が無限に引き伸ばされるような感覚の後に、地上に戻っていた。


「おぉ……戻ってきたの、かっ!?」


 立ち上がったら、頭が割れるような痛みに襲われてその場に座り込んでしまった。頭の中から何かが飛び出しそうになっているぐらいの痛みに、思わず蹲ったまま動けなくなっていると……冥府神がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


「世界の外側は本来ならば人間が足を踏み入れていい場所ではない。そんな場所であんな濃い体験をしたからな……しばらくは目を覚ませないぐらいの痛みによる失神が続くと思っていいぞ?」

「な、んだと?」

「安心しろ。死にはしないし、あんな世界に二度と行かなければ再発もしない……ただ、ニクスには後で色々と文句を言っておいた方がいいと思うけどな! あはははは!」


 笑いながら俺の視界から消えた冥府神に、俺は後で殺すとしか思えなかった。

 ニクスと冥府神のことをちょっぴり恨みながら……俺の意識は闇に沈んでいった。





「ぶはっ!?」


 暗転した意識が一瞬で戻ってきた。

 俺の感覚では一瞬のことだったのだが、どうやらそれなりに時間が経っているのか、山の上ではなく自宅に戻されていた。あの場から俺を運べるような奴は……1人しかいない。


「起きたか」

「メイ……ありがと」


 あの場に残っていたのは、メイだけだ。

 ニクスは戻ってきた時には姿がなかったし、冥府神はその姿を笑いながら消していたのが見えていた。アルメリアとマリーは既にあの場には残っていなかったし、そうなると消去法でメイしかいなかったのだが……まさかメイが丁寧に家まで運んでくれるなんて思ってなかったのでちょっと驚いた。


「彼らは?」

「捕虜のことか? 外で寝かせてある……山の上に放置してくるよりはマシだろう」


 よかった……まだ元の世界には戻っていないらしい。


「勝った、のか?」

「勝った……とは中々言い辛い戦いだったけど、勝ったはずだ。少なくとも、世界が崩壊することを俺たちの負けだと定義するのならば俺たちは勝った……確かに勝ったんだ」


 侵略された時点で世界の崩壊を覚悟していたが、俺たちはなんとかそれを押し留めることができた。途中で海神とのバトルが始まったりして予定はかなり狂ってしまったが……俺たちは勝つことができたのだ。まずはそれを喜ぼう。

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