第102話 虚無の果て
「ほっ! 面白くなってきたじゃないか」
俺が真っ先に飛び出して海神に拳を突きだしたら、俺が最初に突っ込んでくるなんて思っていなかったと言わんばかりの表情で笑っていた。まぁ、この中でまともに戦闘をしたら真っ先に死ぬのが俺であることは変わりないのだが……それでもずっと後ろで見ている訳にも行かない。拳に黄金を纏わせて保護しながら攻撃力を高めて殴ったのだが、普通に水流によって受け止められてしまった。
そんな俺の背中を超えて冥府神が鎌を振り下ろして水の壁を真っ二つにすると、異星の神が爪を伸ばして海神の心臓を貫く。
「ぐっ!?」
「油断しすぎだな。いつまでもお前が有利だと思うなよ」
爪によって簡単に心臓を貫かれた海神の表情が苦痛に歪んだ瞬間には、冥府神が既に背後に回り込んでいて、貫かれて体外に飛び出していた心臓を握り潰していた。
呆気に取られている俺の横を、今度はニクスが通り過ぎていき……海神の身体を掴んでそのまま加速した。
「このまま世界の端まで追放する!」
「む、だなことをっ!」
「ちっ!」
ニクスがやろうとしていることは単純で、加速し続けることで海神をあらゆる世界から遠ざけて水を操れなくして、更に世界の外側の更に遠い場所へと追放してその存在そのものを封印することだ。原初の神を殺すことは難しい……だから、神の力を使ってその身を封印することで、世界に危害が及ばないようにしてしまおうと考えている。
海神が説得に応じることなく暴れ続けるのならば、それ以外の攻略方法はないと思うし、ニクスのやろうとしていることは正しいことだと俺も思っている。ただし……原初神と呼ばれるほどの存在がそんな簡単に追放されるかと言えば、当然ながらそんなに簡単な話ではない。
ニクスがなにをしようとしているのか真っ先に理解したらしい海神が、心臓を潰された状態から抵抗しようとしているのを見て、俺はニクスの身体につけていた黄金を操って海神の腕を縛り付ける。
「これはっ!? だから、無駄なことだと言っているんだ!」
「何処までが、無駄だ?」
右手を黄金に覆われ、急速に遠くなっていく世界の泡から水を操るのが難しいと判断した海神が余っている左腕を使ってニクスを殺そうとしたが、瞬間移動のような方法で海神の近くに移動していた冥府神が一瞬でその腕を切断してしまう。
これには海神も少し焦ったのか、両足を使ってニクスを蹴り飛ばそうとしていたが、流石に腕もない水もない状態の海神に簡単に引き剥がされるような実力ではない。
「飛ぶぞ、人間」
「え」
俺の仕事はここまでかなと思って離れていく3人を見つめていたら、異星の神が俺の肩に触れてそう呟いた。何を言っているんだろうと思いながら彼の顔を眺めていたら、次の瞬間には海神の近くまで跳んでいた。
この感覚は、間違いなく空間跳躍だろう。まさかこんな魔法が実在しているなんて思ってもいなかったので、俺は驚愕に目を見開いたまま、反射的に黄金を操って海神の足を縛り付ける。
「ぐっ!? 人間風情が調子に、乗るなっ!」
俺が操る黄金に対して怒りを爆発させた海神が、濁流のような魔力を放出して塞がれた右手と縛り付けられている足の黄金を一瞬で融解させた。海神なのにどうやって熱を発しているのだろうと疑問に思ったのだが、海神の感情によって水が沸騰しているのが見えたので、ちょっと驚いた。が、解放された右手は冥府神の鎌に、両足は異星の神の爪によって切断された。
「諦めろ。お前は敵を作り過ぎた……原初神である自分が負けるはずなど無いのだと、慢心したからこうなっている」
「お前のような存在はあらゆる世界にとって癌だ。早めに消しておいた方が世界の為になる……悪く思うなよ」
冥府神と異星の神の言葉を聞いて、海神は額に青筋を浮かべていた。
「神でありながら世界の運営などというくだらないものに縛られている屑共がっ! 力ある存在ならば何故世界の在り方を自らの望むままに変えない! 何故、力を持ちながら世界の行く末を眺めるだけなどとくだらないことができる! 私は力を持つ者として、世界を変える権利がある!」
「ないさ。お前は根本的に世界に対して興味など抱いていない……世界に存在しながら、世界に対して興味も持てず穏やかに暮らすこともできないお前には、その世界で必死に生きている命を冒涜する権利などありはしない」
冥府神の言葉は淡々としていた。それは、冥府というあらゆる生物の魂が集まる場所の管理をしているからなのか、それとも原初神として自らの存在をそうだと定義して仕事を真っ当にこなしているからこその考え方なのか……少なくとも、冥府神にとって海神は世界に必要だから存在しているだけでしかなかったようだ。
冥府神は度々、兄上と呼ばれるだけで嫌悪感を滲ませたような表情で否定していたが、その理由はそこにあったのかもしれない。海神は自らが冥府神の弟であり、同じ原初神であると認識していたが、冥府神は海神のことを世界に対して害をもたらすクズぐらいにしか考えていなかったようだ。
「世界を在り方を決めるのは勝手だが、私のように他世界に極端な迷惑をかけないようにするべきだったな」
「いや、お前の世界の兵士が普通に攻めてきたんですけど?」
「それに関してはただの戦争だ。勝った方が生き残り、負けた方が消える……こいつのように世界の外から干渉して滅ぼしている訳ではない」
くっそ腹立つな。
異星の神にとって、今回の侵略行為はただの戦争であって、海神のやっていることとは別物らしい。言い訳にすらなってないだろと思ったが、それはそれとして今は関係ない話と割り切ってしまおう。
「お前は神としての自由にやり過ぎた……これは世界の意志のようなものだ。お前をあらゆる世界から追放して……もう二度と好き勝手にできないようにしてやろう」
「くそっ!? 世界を安定させるためだけに生まれた存在が、世界の運営者に対して逆らうと言うのか!? 私が世界から消えれば、あの世界の海がどうなるのか誰にもわからないんだぞ!?」
「それならば問題ない。そこのヘンリーが黄金の力を取り込んで神の如き力を手に入れたように、世界に浮かんでいる概念は神を消したぐらいで消えたりはしない……だから、安心して世界の果てで孤独に消えろ」
「ふざ──」
海神が焦って抗議の声を上げるよりも早く、ニクスが更に加速した勢いのまま、世界の泡から引き離して吹き飛ばす。
「これが原初神の終わりの姿か」
冥府神がぽつりと呟くと同時に、海神は世界の果てへと消えていった。
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