第99話 泡沫の世界

 ニクスが真っ先に飛び出した。綺麗な飛び蹴りを海神に向かって放ったのだが、普通に受け止められている。


「やっぱり変わったな。お前はここで逃げ出すと思っていた」

「悪いが、世界が滅びるのを黙って見ている訳にはいかないんでなっ!」

「その調子だ」


 まだ戦闘態勢に入っていない海神に対してなら強気に攻められると考えての行動なのだろうが、俺は海神と戦う前にやることがある。


「おい、逃げるぞ」

ムリダ無理だ……アンナカイブツニカテルワケガナイあんな怪物に勝てる訳がない!」

「お前らに戦えなんて言ってない、逃げるぞ!」

ドコニ何処に!? アノカイブツガソノキニナッタラあの怪物がその気になったら

「ごちゃごちゃ言うな! 死にたくないなら逃げろ!」


 絶望するには充分すぎるほどの実力を持った相手が目の前にいることはわかっている。だからと言って、そこで足を止めていたらなにも始まらない……何も変わりはしない。

 海神が少しでも戦う姿勢を見せれば、世界は滅びへと向かっていく。それがわかっているからこそニクスが積極的な攻撃をしながらも、大規模な攻撃を仕掛けていない。原初神に傷をつけることができるのかはわからないが、それでも本気で攻撃することをしていないのは、もし傷ついた瞬間に本気を出されたら世界が滅びるからだ。


「待て」

ニゲロトイッタノハオマエダロウ逃げろと言ったのはお前だろう!?」

「俺たちを星から外に出す方法はあるか?」

ソトニ外に? ソレハアレノコトモイッテイルノカそれはあれのことも言っているのか?」

「外に放り出すだけでいい……別に追放しろとも殺せとも言っていない。ただ、世界の外で戦わないと、一瞬でこの星が消えるのは、わかるだろ?」


 星を消すほどのエネルギーを持った相手と戦おうなんてことが間違っているのかもしれないが、そもそも原初神の力の源は世界そのものなのだ。外に放り出すことで世界を守ると同時に、彼らの力の供給源を断つことができるかもしれない。勿論、これは希望的観測でしかなく、もし予想が外れていたら俺たちが外に放り出されて負けるだけかもしれない。けど……このまま戦うよりはマシかもしれない。


「できるぞ」

「本当か? あ?」

「奴を外に放り出せばいいのだろう?」


 異星から来た彼らの力を借りれば原初神にも対抗できるかもしれないと思っての言葉だったが、肯定の言葉が返ってきてよしと思ったら、その言葉を発したのは別の原初神だった。


「俺の領域、冥府へと通じる扉を利用すればあの馬鹿を外に放り出すこともできるだろう。そして、海が存在しない場所へと連れて行けば力が落ちるという判断も正しい……それでも、神としては圧倒的な力を持っていることは留意しておけよ。ではやるぞ」

「え、ちょっ!? は? もうちょっと準備とかっ!?」

「ふんっ!」


 こちらのことなんてお構いなしに、冥府神は鎌を振るって空間を切り裂く。俺が扱う開門ゲートに似た魔法を発動させて扉を生み出した冥府神は、その勢いのまま海神の方へとすっ飛んでいった。


「別の場所に案内してやる」

「くっ!? 兄上がここまで働くとはっ!?」

「俺は常に働いている!」


 会話だけ聞いてるとニートの弟と働き者の兄貴みたいな関係だな。

 あっという間に冥府神と海神の姿が消えた。それとほぼ同時に、俺とニクスの目の前にも扉が現れ、その扉から出てきた巨大な骸骨の手が俺たちを掴んで引きずり込んだ。


「おわっ!?」


 潰されるような痛みはないが、なにか生気を吸い取られるような感覚を味わいながら引きずり込まれた先には……全てが燃え盛る地獄の光景があり、瞬きをした瞬間に星の海へと投げ出されていた。

 恐らくだが、冥府を経由して星の外へと放り出されたのだと思う。燃え盛る地獄と形容した世界は、正しく地獄だった訳だ。いや、地獄と冥府は似たようなもので別物なんだけども。

 星の海へと投げ出された俺が最初に気にしたのは、呼吸ができるかどうかだったのだが……なんと、この空間には酸素が存在していないのに呼吸ができる。重力が無いのに歩くことができ、浮くことも歩くことも自分で選択することができる。ふと周囲に視線を剥ければ、俺たちが生きていたのであろう世界が泡のような小ささで浮かんでおり、そんな泡が無数に周囲を漂っている。触れようと思って手を伸ばしても、すり抜けて触れることはできない。


「っ!?」


 しばらく泡の如く煌めきながら空間を漂う世界たちを眺めていたら、見慣れた光景を見つけて俺はそれに向かって飛んだ。無重力の世界のように自らの意思で慣性だけを働かせて近づいた世界には、コンクリートジャングルの世界が映し出されていた。


「あ、あぁ……」


 俺は死んで転生した。だからこの世界で生きていくのが当たり前であり、前世に未練なんて残っていない……俺自身は本当にそう思っていたが、心の何処かで自分に嘘を吐いていたらしい。

 平和に暮らす人々や、発達した電気文明によって生活する人々を見ているだけで自然と涙が溢れてくる。帰りたいと、思ってしまったのだ。


「しっかりしろっ!」

「あ」


 泡の前で泣くことしかできなくなっていた俺の腕を掴んで放り投げたのは、ニクスだった。俺がさっきまで立ち尽くしていた場所に、水の塊が通過する。幾つもの泡を退かしながら虚空へと向かって飛んでいった水の塊……それが飛んできた方向へと視線を向けると、ニヤニヤと笑っている海神の姿。


「故郷に帰りたいと思ったんだろう? ならば私に協力したら帰してやる。それならどうかな?」

「無理だな。お前にはそんな力はない」


 こちらを馬鹿にするように笑っている海神の背後の闇から飛び出してきた冥府神が、鎌で海神を切りつけようとして避けられていた。


「おっと……こんな場所で鎌を振るったら世界が割れてしまいますよ、兄上」

「それぐらい気を付けている!」


  どういうことだ……俺が触れようとしても触れなかったし、海神が放った水弾も退かしはしていたが世界の泡を破壊してなんていなかったのに、何をそんなに冥府神は警戒しているのか。


「原初神の強すぎる力は世界そのものに干渉してしまう。望んでいなかろうがな……つまり、本気であの大鎌を振るって、もし世界の泡を割ろうものなら……それだけで1つの世界が滅びる」


 そんなことが、あり得るのか? と言うか、ここが世界の外ならばあの侵略者たちはこの場所を通って別の世界から来たってことか?


「奴らは世界と世界の間にパイプのような物を通す技術を持っているらしい……恐らくだが、奴らの世界に存在している神が作ったものだろう。それを通ることで、この場所に出ることなく世界間を移動している……でなければ滅びている」

「俺たちが大丈夫なのは?」

「神に近しい存在だから、だろうな」


 お、おぉ……概念取り込んでおいて本当によかったよ。

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