第98話 世界の命運

 俺の言葉を聞いて「少し考えさせてほしい」と言った彼らを放置して、俺とニクスは少し離れたところで向かい合っていた。


「どういうつもりだ? 私たちの目的はあくまでも世界の防衛と侵略者の撃退だぞ? あいつらが奴隷のように扱われている現状を解決するなんて目的には関係のないことだ。そんなことに労力を割くのだったら私たちの世界を防衛する手段を考えるべきだ」

「彼らはただ戦うように命じられているだけの兵士だ。兵士を幾ら殺したって何も解決しない……普通に考えて、星単位で動いている相手から自分たちの世界を守るなんてほぼ不可能なことだ」


 戦力差が違いすぎる……戦争において最も重要なのは数だ。どれだけ突出した力を持った存在がいたとしても、どれだけ頭のいい軍師が味方にいたとしても、1対100万の戦いで勝つことは不可能だ。それこそ、1の側が不死身の怪物でもなければな。しかも、この戦争で俺たちは敵を倒すだけでは駄目なのだ。世界を守りながら膨大な数の敵を倒さなければ戦いには勝てない……俺たちだけでやろうなんて考えが既に無謀だ。


「だからと言って、奴らの面倒を見る必要が何処にある? 確かに数では圧倒されてしまうかもしれないが、それでも敵に手を差し伸べるよりはマシだ」

「いいや、彼らはもう敵じゃない。俺たちの味方って訳でもないが……敵の敵は味方だって考えるなら、確かに味方かもしれないな」

「ふざけている場合か? 俺たちの肩に世界の命運がかかっているんだぞ? これは遊びじゃない……俺たちが負ければ世界は滅びるんだぞ!」

「だからこそだろ。彼らに革命を起こして貰って向こうの星で身動きを取れ失くしてやればいい。戦争が継続できないと判断すれば、相手だって引っ込むさ」


 と言うか、勝つにはそれぐらいしか手がない。

 あれだけの数の敵を倒しておいて、全てが末端の兵士だけで構成された先遣隊でしたなんて質の悪い冗談だ。俺たちが真正面から戦って勝てる戦力差ではないことがよーくわかった……神々がたとえこの世界に戻ってきたとしても、何処まで堪えられるかわかったものではない。


「できることをやるしかない。勿論、好奇心があったから彼らを助けたってのも嘘じゃないし、俺としてはどちらの理由も本気だ」

「馬鹿だ……なんという愚かな男と私は手を組んだんだ」

「後悔するにはちょーっと遅かったな。俺は元々、こういうタイプなんだよ」


 俺は自分が好きなように生きているつもりだ。だからどれだけ利がなかろうとも俺は自分の好きなように進むし、それが他人に不利益をもたらすとしたら極力回避するように考えるが、あくまでも考えるだけだ。

 勿論、世界がなくなったら俺が好きに生きることもできないのでそこら辺の優先順位を間違えているつもりはないが……それでも俺はニクスに言われるがままに世界を守る為の存在ではない。俺は何処までいっても、エゴイストだからな。


 これからどうするのか、具体的に決めて行こうと思った瞬間に、空間が切り裂かれてそこから大量の死体が落ちてきた。バラバラになった者、外傷なく恐怖の表情のまま固まっている者、凍り付ている者、絶望の表情のまま自決している者……様々な死体が山のように積み重なっていく。


「これ、は……」

「ふぅ……思ったよりも数が多かったな。さて、俺を働かせたのだから面白いことになっているのだろうな?」


 空間を片手で紙のように引き裂いて現れたのは、冥府を統べる原初の神。ニクスによって世界の隙間に送り込まれた大量の侵略者の相手をしているはずの原初神なのだが……この量の死体は、ここまでの一瞬で全員を殺したと言うのだろうか。

 埒外の力を持った存在であることは理解していた。だが……これほどまでなんて考えていなかった。なにせ、ニクスによって隙間に送り込まれた侵略者の数は、俺たちが戦っていた敵の過半数で、それだけの数を俺たちが倒すのに数時間はかかっていたのに……俺が人質を取って少し説得している間にもう、全滅させたのだ。


「まだ空を飛んでいる鳥がいるではないか。どれ……俺が消してやる」

「クソっ!? これだから原初神は──」

ア、アァあ、あぁ……」


 焦ったような表情を浮かべるニクス、同胞をいとも簡単に殺してしまう存在に絶望して声を上げることすらできなくなっている捕虜。そして、彼らを守るように前に立つ俺。


オマエお前!?」

「約束は守る。お前たちには絶対に手出しさせない」


 冥府神はちらりとこちらに視線を向けた楽しそうに笑みを浮かべてから、黒い刃のようなものを手から発射して……上空でメイと戦っていた怪鳥を一瞬でバラバラにした。同時に、懐から大鎌を取り出して虚空へと向かって振るい……景色が消し飛ぶと同時にいつの間にか姿を現していた海神の槍とぶつかっていた。


「お久しぶりです、兄上」

「やめろ気色悪い」

「ここで争うな! お前たちが暴れれば世界が今度こそ滅びる!」

「水を差すなよ、三下」


 ニクスが海神と冥府神の間に入ろうとした瞬間、海神が神として本気の殺気を放った。殺気を浴びただけでもマズいと思った俺は、黄金を操って背後の彼らを守るように覆い隠す。俺自身はまともに殺気を受けることになるのだが、概念を取り込んで神に近しい存在となった俺なら問題ない。


「いいや! ここで黙っていられる問題ではない!」

「ほぉ……どうした? そこの男に出会って考え方が変わったか? 前なら絶対にそこで逃げ出していたと思うんだがな」

「ニクスだって成長するってことだろ……いつまでもあんたら原初神が好き勝手できるせかいじゃなくなったってことだ」

「おい、俺も好き勝手にやっているような言い方をするな」


 冥府神は知らん。ただ、少なくとも海神は好き勝手に世界を改変しようとしているし、なんなら世界を滅ぼすようなこともしているので原初神はクソって言っても差し支えないはずだ。海を統べる神、冥府を管理する神、それぞれが役割を持っているから邪神扱いされていないだけで、やっていることは邪神よりも質が悪い。


「おい、なんか流れで俺を敵にしているが俺はお前たちの敵ではないからな」

「わかってるさ。流石に原初神を2人同時に相手しようなんて考えてない」

「1人なら、なんとかなるとでも?」

「こちらが1人ではないからな」


 戦闘態勢に入っている俺の横に、ニクスがゆっくりと立ち、冥府神は控えめに海神の前に立ち塞がっていた。


「兄上が人間の味方につくとは……これは面白くなってきましたね」

「気色の悪い喋り方をするなと言ったはずだ……殺すぞ」

「できるものなら」


 やばいな……これ、宇宙で戦っても勝てるかな。

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