第92話 差し伸べられた手

「つまり、死の神が急にやってきてお前ならば概念を取り込んで神になることができるだろうと言われて、その口車に乗せられたら本当に神の力を手に入れたと?」

「まぁ……はい」

「馬鹿か?」


 すいません。

 正直、ニクスに馬鹿かって言われる理由はわかる。死の神がお前なら耐えられると断言していたが、それが本当のことかどうかなんて俺にはわかる訳がないし、それに加えてニクスが神の力を危険視していたのも理解しているのに、俺は世界を守るためなのだから仕方がないのだと言い訳をして受け入れたのだ。ニクスと協力している俺が単独で判断してやっていいことではないだろうと言うのはわかる。

 悪いことをしたなとは思っているが、だからと言って今すぐ黄金の概念を捨てて普通の人間に戻れと言われたら俺は拒否するだろうことは、ニクスもわかっているはずだ。危険な賭けをした自覚はあるし、ニクスには多少は申し訳がないなとも思いながらやったこととは言え、異界の侵略者に対抗するための力が手に入ったのに手放せと言われても俺は断る。


「はぁ……お前は1つ勘違いをしているが、私は神の持つ概念の力そのものを危険視しているのではなく、神という存在が傲慢に全てを破壊することを危惧しているのだ。だから、お前の人格がしっかりと残ったまま神の力が使えるようになるのならば特に問題はないと思っているし、できるならさっさとやっておけばよかったとも思っている」

「あ、そうなんだ」

「ただ……やはり私は賭けというものが好きではない」


 世界の安定維持装置として生み出された存在だからなのか、ニクスは確実性のあるものしか信じようとしない。ほんの少しでも失敗の可能性があるのならばそれから逃げるタイプ……自然界で生き残るには当たり前の誰もが持っている危機管理能力を極限まで高めた性格をしている。

 ニクスからすれば、どうなるかわからない、失敗の可能性すらあった概念を取り込む方法なんて全く考慮にも値しない方法なのだろう。逆に言えば、アルメリアに対して力を変質させて精霊に近づける方法を提案したと言うことは、絶対に失敗しない自信があるからなのだろう。


「それにしても、よりにもよって黄金なのか」

「相性がいいとは言われたんだけどな」

「理屈としては理解できる。お前はこの世界に生まれてから長い時間を黄金郷に捧げていた訳だから、この世で最も黄金というものを追い求め続け、近づいた人間なのだからな……黄金と言う概念に最も近い存在として、相性がいいと言うのは理屈としては理解できるのだが」

「頭では納得できない?」

「そうだな。そもそも、概念が形となって生まれるのが神であって、後天的に概念を取り込んで神に近しい存在になるものなどいない。それはもう力を得た、では済まされない……魂の変質だ」


 魂の変質……つまり、ニクスが危惧していた人格が歪んで神のように傲慢な存在になることのことだろう。


「あくまで仮説でしかないが、お前は異界の魂という特殊なものを持っているから他の人間とは違う空白があったのだろう。そこに黄金と言う概念を嵌め込むことでお前は力を得た……のだと思う。魂については冥界の管理人ほど詳しくないからあくまで推測でしかないが……」

「なんにせよ、力が手に入ったならそれでいい。これで異界の侵略者に対してまともな抵抗ができるってことだ」

「それはそうだろうな……実際、異界の侵略者を撃退するなら神々を復活させるのが早いのだから。それはわかっているのだが、な」

「気にしなくていい。ニクスの懸念は当たり前なんだから」


 神々を復活させて異界の侵略者を撃退したところで、その異界の侵略者よりも強い力を持った神々が世界を滅ぼす勢いで争い出したら意味がない。なんとか制御しようと考えても、前科がありすぎて抑えられるなんて気休めでも言えやしない。

 力の強さは即ち我の強さ……神々は力と持つと同時に己こそが世界の中心にして神々の王だと信じてしまう生き物なのだ。圧倒的な力、信仰心と概念が存在する限りには死なないし死んでも復活する存在を生物と呼んでもいいのか、という疑問はあるが。


「私が力を得ることは、できないのか?」

「……少し見ない間に随分としょぼくれたな」

「あー……ちょっと原初神に立て続けにいじめられたから」

「なるほど」


 もはや縋るような声でニクスに近寄ってきたメイは、その瞳に絶望を浮かべていた。精霊界で自分に対して啖呵を切っていた存在とは思えない、と表情が物語っていたニクスに対して俺は軽く色々とあったのだと説明してやる。その説明を聞くと同時に、ニクスは瞳に同情を浮かべた。それはきっと、メイを憐れんでのものではなく……かつての自分を思い出して気持ちが理解できるからの視線なのだろう。彼もまた、世界の安定維持装置として生まれながらも原初神によって簡単にそのプライドを打ち砕かれた存在なのだから。


「ドラゴンこそが究極の生物であり、進化の頂点というのは確かな事実だと私も思う。ドラゴンにその先は存在せず、ただ衰退していくだけと言うのもまぁ……事実ではあるのだろうな」

「おいおい、もうちょっと手心を──」

「──しかし、その程度で衰退して滅びるのならばとっくの昔に消えている。ドラゴンは人間が魔法を上手く扱えず、そこら辺のモンスターとも苛烈な生存競争を繰り広げていた頃からずっと頂点に立ち続けている種族なのだ。だからいつか、私は君たちドラゴンが進化の袋小路を抜けて頂点に立ち続けると確信している。今の停滞期は、その為の準備期間なのだとな」


 慰めるような言葉を言うようなタイプには見えなかったが……案外優しい面もあるんだな。しかし、その言葉では駄目だ。


「いつかでは駄目なのだ……今、私が最強にならなくてはならない! そうでなければ意味はない!」


 そう……メイの問題を解決するには、ドラゴンという種族がいつか進化するなんて言葉では駄目なのだ。今、この瞬間に、メイが圧倒的な強さを手に入れる方法が無ければ彼女の問題は解決しない。


「ならばもっと簡単な話だ。お前がドラゴンをやめればいい……そこの人間がそうしたようにな」

「は?」


 死を司る神はドラゴンという種族がこれ以上、強くなることは不可能だと断言した。そして、ドラゴンは概念を取り込んで強くなることなど不可能だと言った。それが魂によって決められた宿命なのだと。しかし、ニクスは微塵もそんなことを想っていない様子だった。


「私の大嫌いな賭けになるだろうが、理論上概念を取り込むことができない生物などいない。神々が好き勝手に世界を破壊していた時期にはなんて存在がいたぐらいだからな……もし、お前が概念を取り込むことができて神になることができたら、最強になることはできるかもしれないな」


 それは女神が差し出した慈悲の手なのか、それとも非業な死へと招く死神の手なのか……少なくとも、メイは逃がすつもりがないようだ。

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