第91話 黄金
「怒ったか……まぁ、無理もない話だ。ある程度は同情もしてやろう……ドラゴンなどと言う進化の果ての存在として世界に生まれてしまったが故に先がなく、ただ緩やかに破滅していく存在になってしまったなど……自分がそうだと思ったらゾッとする」
「黙れ」
「ドラゴンの寿命が長いのは何故か知っているか? 頑張って子孫を次の世代に繋げる必要がないからだ。子孫を残していく過程で遺伝子を選別して生物は進化していくのだが、その必要がなくなったドラゴンはひたすらに現状維持を夢見ている。だから個体の寿命を延ばして少しでもドラゴンという種族を生き残らせようとしているが……そのせいで生殖能力が著しく下がった。これでは袋小路……生命の進化として圧倒的な失敗だ」
俺が止める前に、メイが牙を剥いて死の神に向かって飛びかかり、胸倉を掴んだのだが……死の神は冷たい目をメイに向けたまま淡々と事実を突きつけていた。
死の神であるが故に、恐らくは生命についても深い理解力を持っている神の言葉は、一つ一つがただの事実として発せられる。だからだろう……メイがなにかを反論することも、掴んだ胸倉を引っ張って神を殴ることもせずにただ怒り狂った瞳をぶつけ続けているのは。
「無慈悲だと思うか? だがこれは真実だ。お前たちの種族は既に、千年以上前から失敗している……進化の方法を間違えたのだ」
「私たちが、失敗だとでも言いたいのか!?」
「事実だろう。実際、あれほど見下している人間には時折バグが生まれて、ドラゴンを上回る力を発揮する者が現れる。人の世で英雄と呼ばれる存在だが、彼らが生まれるのは人間と言う種族には進化の余地がまだまだ残されているからだ」
定期的なバグとして、進化の先を走るものが生まれる……それが人間の強さだと死の神は言っているのだ。ドラゴンは生まれた時から強者として決定づけられているが、人間はそうではないと。
「人間は惰弱で寿命も短いが、ひたすらに増えて遺伝子を淘汰し続け、進化することができる……これは生命として大きな力だ。簡単に言えば……ドラゴンが生まれたから死ぬまでの寿命を生きている間に、人間は何度も世代交代を進めて進化を続けている」
「何処がだ! 人間は今も惰弱なままだ!」
「気が付いていないはずがないだろう? ここ数百年で、人間が体内に保有する魔力量は数倍に膨れ上がっている」
「っ!?」
残酷なまでの進化の歴史。それを突き付けられたメイは呆然とした表情で胸倉を掴んでいた手を離し、そのまま後退って座り込んでしまった。
「さて、黄金の概念は必要だと思うだけ集めてきた。これでお前は黄金の神になることができるだろう!」
「全身が黄金になったりしないよな?」
そうなったら余りにもダサくないか?
「安心しろ。概念を取り込んだ所で見た目はそう大して変わりはしない……なにせ、魂は元のままなのだからな。まぁ、概念からそのまま生まれた神は結構概念に引っ張られた見た目をしているが」
「嫌な話聞いたな」
つまり、俺が追いかけていた黄金の神はその名の通り全身が黄金でできていたりするかもしれないってことだろ? 普通に嫌だな……そんな成金みたいな見た目の神。
「ほい」
「ん?」
話をぶった切って死の神がこちらに向かってなにかを投げてきた。それは金色の小さな粒のようなもので……え、まさかこれって。
俺が何かを察するよりも前に小粒の金は俺の手の上で跳ねてそのまま身体の中に消えていった。
「よし」
「はぁ!? なにがよしだ! ふざけてんのか!?」
絶対今のが黄金の概念だろ!? なんでそんな雑に投げて人の身体の中に入れてんだ!? 意味わからんことしてんじゃねぇぞ!
「そう怒るなよ。これで終わったぞ」
「は?」
「なんだ? 派手な儀式でもやって「内側から力が湧いてくる!」みたいなことでも期待していたのか? 残念ながら概念を取り込むことなんて、魂の土壌があればこんなもんなんだよ……まぁ、黄金の力を制御するにはしばらく練習は必要だろうが」
えぇ……概念を取り込むと普通の人間が死ぬって話だったのに、普通じゃない人間ならこんな一瞬で終わってしまうものなのか? 余りにも虚しい……なんで俺、こんなものの為にちょっと覚悟決めてたんだろう。
「っ! がぁっ!」
「ちょっ!?」
俺が黄金の概念を取り込んだと聞いたメイが、牙を剥いていきなり襲い掛かってきた。本来ならば俺の契約魔法によって俺を傷つけることなどできないはずなのに、どうやって契約の穴をすり抜けたのか知らないがいきなり攻撃してきた。
初撃を避けた時に、俺とメイは同時に驚いたような顔をしていた。俺はメイの動きが何故かゆっくりに見えたことに、そしてメイは表情から察するに……攻撃できたこと自体に驚いているようだ。
「ほぉ? 契約によって傷つける行為を禁止しているのか? それで何故攻撃できたのかドラゴンの方が驚いていると……まぁ、事実を言えば傷つくかもしれないが察することはできるぞ」
「言え!」
「ふむ……今のお前のことを、黄金の神となったヘンリー・ディエゴが無意識的に脅威と認識していないからだろうな。お前、犬にじゃれつかれて攻撃されたと思い込むか?」
「っ!?」
「え、そんなこと考えてないんだけ──」
「ガァ!」
メキメキと言う音と共にメイの身体がドラゴンへと変貌していき、口に溜め込まれた魔力がそのまま炎のブレスとして吐き出された。反射的に森と家が燃えると思った俺は、いつも通り魔力を練ろうとして……身体の内側から溢れ出るものを放出した。
身体の周囲から液状の金が溢れ出し、メイの口を塞いでそのまま縛り上げていく。自分で操作していると言うよりも、俺の意思の通りに動く金に自分でも驚きながら簡単にメイの身体を絡めとって完封していく。ものの数秒で、メイは抵抗することすらできない状態へと変貌し、周囲は豪華絢爛な金に埋め尽くされていた。
「いいな……魔法の扱いが上手いから概念も簡単に操れそうだな。これなら異界の侵略者を相手にしてもそれなりに戦えるだろうさ」
「えー……」
「おい! 今ここに神の気配が……なにをしているんだ?」
死の神が愉快そうに笑っている横から、空間を引き裂いてニクスが飛び出してきた。神の気配を感じ取ってやってきたようだが、俺が黄金を操ってドラゴンを縛り上げている姿を見て首を傾げていた。ニクスに一瞬だけ視線を向けた瞬間には、死の神はまるで最初からいなかったかのように闇に消えていた。
面倒なことだけして残りは人に任せやがって……どうやってニクスに説明すればいいんだよ。
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