第90話 種族の限界
黄金の概念を取り込む……それはつまり、俺自身が黄金の神になるようなものだ。俺が求め続けた黄金郷の伝説……それを生み出した神と同じ力を得ることができるのだと、目の前の死の神は言っている。
悪趣味にも程があると俺は思う。目の前の原初神は俺が黄金郷を求めて地上を彷徨い歩いていたことを知っているのだろう。だから俺に対して黄金の力を取り込んで紙に近づくこともできるのだぞと言っているのだろうが……黄金郷を求めても探せなかった俺に対してそれを言うことの意味をしっかりと理解しながらも、挑発のように俺に対して笑いかけているのだ。頭に来ない訳がない……俺のことを馬鹿にしているも同然だ。
「ま、冗談はおいておくとして、実際に俺が魂を管轄している神なのは本当だからな……ニクスやあの馬鹿の海神よりも俺の方が魂については詳しいぞ。だからお前が力を望むのならば俺は──」
「本当に、黄金の力を俺が手にすることができるのか?」
「……驚いたな。お前はそういう手段で黄金郷を目指すのは嫌っていたと思っていたんだが?」
やはり俺のことをしっかりと理解しながら俺のことを挑発していたらしい。思うところが無い訳ではないが……力を得るのならばよくわからない概念よりも、俺がずっと追いかけ続けてきた黄金の方がいいと思うのは当然のことではないだろうか。良く知りもしない概念を取り込んで、それで神以上の力を手に入れましたと言われても理解できる気がしないが、ずっと追い求め続けた黄金の力ならば……俺はすんなりと受け止めることができるだろうと思ったのだ。あくまでも、人間として俺が考えた理論でしかないが。
「ふむ……できなくはないだろうな。お前と黄金の力の相性が良いことは嘘ではないし、実際にお前が最も簡単に操ることができるであろう概念は黄金で違いないだろうからな。ただ……さっきも言ったが、お前は嫌うと思っていた」
「確かに、俺は黄金郷を目指すなら全て自分の力で成り立たせたいさ。ただ、その前に世界が滅んだら全て同じだ」
「なるほどなぁ……そこら辺を割り切れる性格ではあった、と言うことだな」
割り切らないと世界が滅びるのだとしたら割り切るしかないだろう。俺の我儘の為に、全世界の生命体を危険に晒す訳にはいかない……これは、そういう戦いなのだ。
「ただ、先に言っておくが……二度と普通の人間には戻れると思わない方がいい」
「元から普通の人間だったつもりはないけど」
「そんな遊びみたいな話じゃない。下手すると、自我がゆっくりと神のように変質して言って……最終的にお前も海神みたいな奴になるかもしれない可能性があるってことを理解しろってことだよ」
「俺があんなクズになると?」
「あくまでも可能性の話だ」
関係ないな。
「それで世界が救えるなら問題ないだろ」
「救った後の世界でお前が暴れる可能性があるって言ってるんだがな」
「その時は誰かが俺のことを殺してくれればいい。きっと仲間の誰かならやってくれる」
俺のことを理解している人間なら、きっとそうしてくれるだろうと俺は思っている。勝手な期待をかけているかもしれないけど、俺は自分の手で世界を破壊したくはないから……誰かが止めてくれることを願っている。まぁ、暴走したらの話なんだが。
「よし、ならばさっさと黄金の概念を取り込んで世界を救え」
「そんな簡単に言われてぱっと救えたら苦労しないんだがな」
「ぱっと救ってくれないと困るだろう? 死人が増えたら俺の仕事も増えるから、被害が出る前にさっさと敵を殲滅して欲しいんだよ」
冥界の管理人だから、死人が増えると自分の仕事が増えるか……まぁ、確かに理解できる話ではあるが、だから世界をさっさと救えって言われるとなんとなくイラっとするのは何故だろうか。元はと言えばこいつがニクスをボコボコにしたせいで神々がいなくなったのが、敵がやってきた原因だからだろうか。
まぁ……イラっとすることはあっても今の俺がこいつに挑んでも勝てる訳がないので、深呼吸してなんとか気持ちを落ち着かせる。アンガーマネジメントってやつだな。
「で、どうやれば概念を取り込める」
「まずは黄金の概念を持ってくる必要があるな」
「それは何処に?」
「世界に遍在しているから俺が取ってこよう。ほんの数分で持ってこれるからちょっと待ってろ」
「は? おい!」
概念ってそんな簡単に持ってこれるのかよ。勝手に1人で納得してどっかに消えたし……数分もあれば持ってこれる概念で本当に大丈夫なんだろうな……ちょっと不安になってきたぞ。
「概念を取り込むことで力を手に入れるか……その方法があれば、私も力を手に入れることができるのだろうか」
「メイ?」
何処から聞いていたのか知らないが、いつの間にか俺の背後にメイが立っていた。
ここ最近のメイは何処か意気消沈している様子だったのだが……まぁ、ニクスや海神と立て続けに自分よりも遥かに格上の存在が現れれば、力こそが全てだと考えていたメイからするとショックも大きかったのだろう。自分の中の常識が打ち砕かれるようなものだ……まぁ、受け入れることの方が難しいだろう。
「人間であるお前にできるのならば、誇り高きドラゴンであるこの私でもできるはずだ……私は人間より遥かに強力な力を持った存在だ。だから私は……私、は……」
それ以上、メイの言葉は続かなかった。
俺から彼女に声をかけてやることはできない。同情されることはメイにとっても最も屈辱的なことだろうし、なにより概念を取り込むことができるのは俺だけなのだと言われてしまったら、きっとメイは立ち直ることができなくなってしまうから。
強者が弱者に声をかけることなんてできやしない。それがわかっているからこそ、俺はメイに対してなにかを言うことができなかった。
「おぉ、取ってきた……なんだ? どういう状況だこれは」
「死の神よ……私に神を超えることはできるか?」
「無理だな」
「っ」
縋るようなメイの言葉を、原初の神はばっさりと切り捨てた。
「ドラゴンなど所詮はこの世界に生まれた存在でしかない。人間よりは遥かに強いかもしれないが、それも個体差によるものであって、種族としては人間の方が優れている部分も多いと俺は考えている。なにより……お前たちドラゴンには先がない」
「先?」
「進化の果て、とでも言えばいいのか……自然界にライバルがいなくなったお前たちに待っているのは緩やかな破滅だけだ」
無慈悲なまでの種族に対する死の宣告……それはまさしく、死の神らしい言葉だった。
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