第89話 死の神
状況が一変してから既に2日が経過していた。異界の侵略者に対抗する手段を考える時間がない状態で、結局はアルメリアが一時的に精霊になることで力を増すことを選択した。勿論、俺もニクスも最終的な手段としか考えていないが、結局どれだけ考えたって異界の侵略者を撃退する方法なんて思いつきやしない。
俺たちが状況に戸惑い、無為に時間を過ごしている間にも異界の侵略者はこの世界に侵攻するためにどんどんと近づいている。最終的にどんな結果になろうとも世界は激変することになるだろう……それこそ、海神の望んだままに。
海神と言えば、他の原初の神々も異界の侵略者がやってくることに気が付きながらも動く気配がないとニクスが憔悴した表情で語っていた。彼らは世界が滅びるその日まで静観しているつもりかもしれないと、弱気な声で言っているニクスを見ても、俺はどうすることもできなかった。もう、ただの人間がなんとかできる次元を超えているのだ。
俺は異界の魂を持っているだけで、特別に滅茶苦茶強い訳ではない。勿論、異界の魂が影響しているのか普通の人間よりは遥かに強く、なんならニクスに匹敵すぐらいの力を持っていると原初の神からも告げられた訳だが……あくまでもニクスに匹敵するぐらいの力を持っているだけだ。しかも、その力だって尖った部分だけで、他の部分は人間相応の力と言っていいだろうレベル。はっきり言って、異界の侵略者とやらに対抗できる気がしない。
しかし……あくまでもし、の話だが。
ニクスは人間の魂は概念を喰らうことができないようになっていると言っていた。そして、通常の人間の魂は概念を喰らおうとすれば概念に取り込まれて消滅すると。普通の魂を持った人間にはそんなこと不可能なのだと断言していた。
もし、概念を喰らおうとする人間が異界の魂を持った通常ではない人間だったならば、どうなるのだろうか。恐らく、その結果はニクスにもわからない。通常の人間通り、概念に取り込まれて世界から消滅してしまうかもしれないし……逆に概念を喰らうことに成功して新たな神として世界に君臨することができるかもしれない。通常の人間がやろうとしても賭けにすらならないって話だが、通常の人間ではない俺がやれば賭けにはなるかもしれない。
「その判断は半分正しい。しかし、あと1歩足りないな」
「……誰だよ。それに、俺はなにも喋ってないぞ?」
「魂が語っていたぞ」
色々なことがありすぎて眠ることすらできなかった俺は、風にざわめく森を眺めながら星空の下でただぼーっと考え事をしていたのに、いきなり知らない奴が現れて心の中を読まれたら驚きもするし不愉快な気持ちにもなる。
「名乗ってから喋ってくれないか? 森の守護者?」
「冥界を支配する死の概念から生まれた神、とでも言えば理解できるかな?」
弾かれたように俺は立ち上がって武器を構える。俺の目の前に現れた黒ローブの怪しい男の正体は、異界の侵略者をこの世界に呼び寄せた海神と同格……そして、遥か古代にニクスを瞬きする間に何度も殺した圧倒的な力を持つ原初の神。死の概念を形として押し込めた異常な存在。
なるほど……これは確かに生物の気配ではない。海神と相対して喋っているだけで海の気まぐれさと圧倒的なまでの存在感を肌で感じることができるように、目の前の男とは喋っているだけで背筋が凍るような本能的な恐怖を感じると共に、確かに目の前に存在しているのに曖昧に感じてしまう不確かな感覚……これが死の神が持っている力の象徴なのだろう。
「兄弟が迷惑をかけたことを詫びるついでに俺と会話しに来たのか?」
「あれが兄弟? 冗談はやめてくれ……あんな気分屋のカスが兄弟なんて反吐が出るからな」
「酷い言われ様だな」
「実際にそうだろう? 海神なんて偉そうに名乗っておきながら、やっていることは傍迷惑なことばかり……先に立場を表明しておくが、俺は異界の侵略者が世界を滅ぼすことには反対だからな」
「なら、なんで今まで出てこなかった」
「それを言われないとわからないほど、お前は馬鹿じゃないと思っているぞ」
わかっているさ……これはただの八つ当たりだ。俺の前で薄く笑っている冥府の神が海神を止めてくれさえすれば、異界の侵略者に対してこんな風に頭を悩ませることもなかったかもしれないなんて、たらればのことを考えて八つ当たりをしている。
冥府神がこんな状況になるまで表に出てこなかったのは、単純明快な理由なのだろうと予想が付く。その理由は、海と違って冥府などと言う曖昧な場所を支配し、これまた曖昧な死という概念を司る存在が簡単に表に出ることはできないからだろう。海神が信仰を失った今でもあんな風に簡単に姿を現すことができるのは、神と言う概念を忘れ去った人間たちでも海と言うのは身近に存在している偉大なものだからだ。
「あいつがやろうとしていることを俺が止めるのは不可能だ。当然、異界の侵略者と戦うこともな……勿論、地上に生きている生物の8割が消し飛ぶことを了承してくれるならどちらもできなくはないかもしれないが」
「それはもう、防衛にすらなっていないだろう」
「だろうな。だから俺はここまで手を出さずに見守ってきたんだが……流石に今回の海神の件はあまりにも人間には大きすぎる案件だからな」
だから同じ原初の神である自分が出てきた……そう言いたいのかな?
出てくる気配すらならい他の2人と比べたらマシなのかもしれないけど、ようは冷やかしに来ただけだろう? だったらこのままサボってくれていた方がマシだったな。
「そう邪険にしないでくれ……お前が考えていた概念を取り込む方法、俺が教えてやろうと思ってな」
死の神がにやにやと笑いながら語ったその言葉に、俺は即座に反応してしまった。反応してしまったから……余計に死の神は笑みを深める。
「魂は全て俺の管轄……海神やニクスなんかよりもよっぽど上手くやってやれるぞ?」
「……何をしてくれるって?」
「お前と相性がよさそうな概念を引き合わせて喰わせることができる。そうだな、たとえば……黄金、とかな?」
はぁ……神ってのはこんな性格が悪い奴しかいないのだろうか。だったらニクスが復活させることを渋るのも理解できてしまうってものだ。
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