第88話 宣言

「神を超える方法はとってもシンプルな方法だ」

「それは?」

「神が持つ概念を喰らう」

「不可能だ」


 海神の言葉を真っ先に否定したのはニクスだった。海神の言葉通りに人間が神を超えたら世界を管理するのに厄介なことになるのは確実。だからニクスは可能かどうかに関わりなく止めると思っていたが……まるでニクスは夢物語を語る馬鹿を見るような視線を海神に向けていた。


「不可能とは、何故?」

「人間の魂は世界の概念を受け止められる構造をしていない。たとえ概念を認識してそれを喰らおうとしても、概念が身体を突き破って存在そのものが概念に乗っ取られて消滅する……簡単に言うならば喰った瞬間に概念に取り込まれて死ぬ」

「確かに、普通の人間ならそうだろうな。だが、耐えられる人間だっている

「かもしれない、の言葉だけでそんな馬鹿げた自殺行為をする愚か者がいるなら見てみたいものだ。昔、神に匹敵するほどの力を持った人間の英雄が、神を超えるために力の概念を取り込もうとして死んだことを私は知っている。そんなレベルの話なのだ……概念を取り込むことなど人間にはできない。これは実力があるとかないとかではなく、そもそも人間が概念を取り込めるような構造をしていないのだ」


 ニクスの言葉は力を得ようとするアルメリアを説得するものではなく、淡々と世界の法則について語っているものだった。力のあるなしではなく、そもそも人間には概念を受け止めることができないと言う話を聞いて、アルメリアは少し怯んだ様子を見せる。力がないと言われるだけならまだしも、そもそも人間には不可能なものだと言われてしまうとどうにもできないと思ってしまったのだろう。


「いいじゃないか。世界を救うために自らの命ぐらいかけてみたらどうだ?」

「お前は黙っていろ。神々を超えるなど簡単に言うな……お前を殺すことができるなら、とっくに手が出ているぞ」

「出せばいいじゃないか。私は退屈が嫌いなんだ……お前が相手なら多少は楽しめるかもしれない」

「ふざけたことを……お前の興味本位だけで世界が滅びたらどうする。お前もこの世界の存在……お前が死ななくても世界が滅びればお前の存在は消えるのだぞ」

「そうはならないな……なにせ、完全に世界が滅びる前に私が異界の侵略者を滅ぼす」


 話にならない、とはこのことか。

 海神にしてみれば、これは人類に対して適度なストレスを与える方法の一つにすぎないのかもしれない。そんな農業みたいなことを人間相手にやられても困るのだが、原初の神にとっては人間など所詮はそんなものだろう。大地を歩く人間が地を這う蟻のことを気にしないように、原初の神にとって地上に住んでいる生き物のことなど大して気にしてはいない……むしろ、反応を見るために変なちょっかいをかけたりするのだろう。


「それでも……それでもっ! 私は力を手にして、ヘンリーさんを守りたいんです!」

「……死ぬ覚悟があると言うことか」


 死ぬことを覚悟して戦うなんて馬鹿のすることだと、俺は思う。それでも……アルメリアが命を投げ捨ててでも俺を助けたいと思ってくれていることは、素直に嬉しく思う。だからこそ……俺はアルメリアを死なせる訳にはいかない。


「概念を喰らうことなど人間には不可能だ。死ぬかもしれないではなく、確実に死ぬ……だから、代わりの手段を私が用意する」

「ほぉ……世界の隙間に引っ込んでいることしかできないニクスに何ができる?」

「この世界で行き場を失いかけていた精霊を救ったのは私だ。そして……世界に精霊という存在を定着させるために様々なことをしてきた」


 手のひらにぼんやりと魔力を集め始めたニクスが、アルメリアに視線を向けた。


「アルメリアとやらに、今から私の魔力を注ぎこむことで世界から少し浮かせる」

「世界から、浮かせる?」

「私という存在はどうしてもこの世界から浮くようにできている。なにせ本来ならばこんな風に表に出てきて力を振るう存在ではないからだ。それを逆に利用し、浮いた存在を新たに定義づけて固定する」

「それはつまり、アルメリアを精霊にするって言ってるのか?」

「あくまで一時的なものだ。概念を取り込むよりも安全だが、勿論それで神に匹敵する力をすぐに得ることはできない」


 だが、魔力体の扱いに秀でた精霊になることができるならば、確かに強化に繋がるだろう。しかし、それには当然リスクが存在しているはずだ。


「失敗すればどうなる」

「失敗することはないが、定義づけて固定することができなければ当然この世界にいることができなくなる。そして、精霊として固定しすぎれば二度と人間には戻れなくなる……どちらでも駄目なのだ」

「反対だ」

「やってください」


 はぁ……また言い争いになったら面倒だ。


「リスクを取らずに強くなる方法などない。そして……異界の侵略者を相手にお前が1人で戦ったところで勝つ確率など万に一つもないぞ」

「……そうですか、と」


 無謀な戦いになることなど理解していたが、命を捨てるようなものだと改めて言われるとちょっとムカつくな。だが、きっとニクスの予想は正しいのだろう。俺が1人で戦っても……勝つことなどできやしない。


「くく……さぁ、楽しくなってきたな」

「海神、お前に1つだけ言っておきたいことがあったんだ」

「ん?」


 愉快そうに、1人だけ上から俺たちを見下ろして笑っている海神に俺はゆっくりと近寄る。俺のこの行動すらも楽しもうとしている海神の笑みを見て、俺は自分の中の怒りを必死に抑えつけていた。こいつに怒りをぶつけたって、効きやしない。そんなことはわかっているのだが……この状況でこの屑に対してなにもできないなんて心底腹立たしくて自分を止められなくなってしまう。

 剣を向けても無駄なことはわかっている。正面から戦いを挑んでも、そもそも戦いにすらならないレベルの実力差があることも。ただ、それでも……何もせずに引き下がったのでは余計に舐められるだけだ。

 海神の胸倉を掴んで引き寄せる。


「いつか、必ずお前を殺す」

「……人間が? を殺す? ふははははは!」

「あぁ……今のうちにそうやって笑っておけばいいさ」


 俺の持つ神殺しの刃が、本当に神を殺す日が来ることを願っているよ。

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