第87話 自殺行為
海神に悪意はない。悪意がないからこそ面倒なのだが、別に世界が滅んで欲しいなんて思って海神は異界の侵略者に対してこの世界の脆弱性を教えた訳ではないだろう。単純に、人間の惰弱さに嫌気が差してしまったのかもしれないし、面白くないからなんて理由だけで行動しているのかもしれない。ただ……そこにあるのは好奇心だけかもしれない。悪意があって明確に目的がしっかりとした相手による攻撃の方がマシだった。海神はこの世界の人間が異界の侵略者に屈してしまい、世界が滅びに向かったとしたら、嬉々として海を荒れ狂わせて異界の侵略者たちを押し流し、それでも死なない存在には地上の生物殆どの死と引き換えに、きっと彼は異界の侵略者を全滅させるだろう。
ニクスが勢いよく海神に掴みかかろうとしたところを、俺がなんとか止める。
「何故止める! こいつが、世界を危機に陥れようとしているのだぞ!」
「だからってここでこいつに掴みかかっても何も変わらない。そもそも、この怪物を止めるなんて俺たちには無理だ」
ニクスと俺が協力したところで焼け石に水……海神にとって波風一つ立たせずに俺たちをこの世界から消し飛ばすことができるだろう。それぐらいの力を持ちながらも、己の好奇心の為だけに世界を危機に陥れる……これがニクスが危惧していた神々が復活した時の代償……その更にヤバいパターンだな。
「早急に対策を考えよう。猶予は?」
「……恐らく、一ヵ月もかからないはずだ」
「そんなに切羽詰まった状態なのか」
あぁ……クソ。
神々を復活させるのはあくまでも最終手段……なにより、海神が望んでいるのは神々が復活して時代が逆行することだろう。そして、最終的に神々が存在する世界の人間が何処まで強くなれるのかを見たいだけなのだ。ただそれだけの為に、世界そのものを犠牲にするかもしれないことを選択した。これこそが原初の神々の厄介な所なのかもしれない……生物からかけ離れ過ぎた力を持ってしまったが故に、生物とは思えないような選択をする。
あまりにも馬鹿げた話じゃないか。世界に対する解像度が違いすぎてスケールが理解できないのだ。
「神々を復活させるしか手はないんじゃないか? そうすれば世界は助かるだろう?」
「異界の侵略者を撃退した後に世界が混乱に陥っては同じことだ! 内側から壊れるか、外から壊されるかに大きな違いなどない!」
「違いは大きいさ。前者ならただの淘汰だし、後者は環境変化なのだから」
「その環境変化によって死にゆく命に目を向けない貴様たちに世界を運営する資格などあるものか!」
「おかしなことを言う……お前の役目はなんだ? 世界を安定、維持させることが目的ならば人間が生き残ろうが、滅びようが関係のない話だろう? 信仰で力を維持する神とは違い、お前は世界そのものから力を貰っているのだからな」
何も理解していないのだろう。本当にわからないって顔で、海神は首を傾げている。命を天秤に乗せる、なんて可愛い考えすらもないあくまでも人間を上から見下ろしているだけの視点。人間に対してなにか特別な感情など抱いていない、圧倒的な上からの視点。
「神々を復活させる方が確かに早いかもしれない」
「お前まで何を言い出す!」
「しかし、それ以外の方法が必ずあるはずだ」
「ないさ。なにせ、この世界は他の世界の連中と違って余りにも惰弱で脆い……異界の赤子にすら殺されてしまうんじゃないか?」
「その前提には大きな誤算がある」
「ほぉ……それは?」
「俺の存在そのものだ」
確かにこの世界の人間は異界の連中に比べて格段に弱いのかもしれない。でも、この世界にも通常とは別の魂を持った存在だっている。相手はこちらの世界のことをただ雑魚だと思って攻めてくる訳だからな……そこを突いてなんとか指揮官を殺して軍隊を総崩れにすることができれば勝利を収めることができるはずだ。
「そんなことが、上手くいく訳がない」
誰にも喋っていないのに、ニクスはすぐに俺が何を考えているのか理解したようだ。割と思考回路が似ているのかもしれないな……俺とニクスは。だから俺はニクスに対して特に嫌悪感なんて抱いていないし、むしろ境遇を聞いて同情してしまう部分もある。
確かに、ニクスの言う通りこんな無謀な作戦は作戦とすら呼ぶことができない。自殺行為に近しいものであることは、俺も理解している。しかし……神々を復活させることができない関係上、異界の侵略者と真正面から戦えるのは限られてくる。
「そんな……善良な神だけでも復活させるなんてことはできないんですか!? このままでは……ヘンリーさんを見殺しするようなものじゃないですか!」
立場など気にせず、アルメリアがニクスに掴みかかる。普通ならばニクスはそれを簡単に振り払って人間如きがと言うのだろうが……流石に罪悪感があるのかアルメリアの叫びを聞いて苦々しい表情のまま目を逸らし、胸倉を掴んでいる手には触れていなかった。その姿を見て、アルメリアは余計にどうしようもないことを察してしまったのか、唇から血が滲むぐらいに強く噛みしめ……手を離した。
「なら、私が今から神と同じぐらいに強くなります」
「不可能だ。人間が神を超えることなど、努力でなんとかなる問題ではない。神を超えることができる人間は、生まれた時からそう決まった生まれてきている。後天的な努力でなんとかできるような強さの次元ではない」
「そんなこと、関係ありません」
アルメリアの強い瞳には、自らの命を捨ててでも神々を超えて見せると言う意思が感じられた。しかし、ニクスは悔しそうに首を左右に振るだけだ。
「すまない……お前たちにはなにもできない。それは、変わらない」
「だから、その限界も超えて見せるって言ってるんです」
「不可能だ。人間には成長限界が存在している……お前は確かに成長途中かもしれないが、そのまま神を超えることなど不可能だ。そんな便利な方法があったら困ってなど──」
「あるぞ、神を超える方法」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら割り込んできた海神の言葉を聞いて、俺は即座に
「察しがいいなぁ……お前の想像通り、これには絶大なリスクが伴う……と言うより、ほぼ確実に死ぬ」
「黙っていろ」
「教えてください」
「アルメリアっ!」
俺が何のために戦っていると思っているんだ。大切な人を守りたいと思うから戦っているのに、その大切な人が自らの命を投げ捨てようとするのを黙って見ていることなんてできる訳がない!
すぐさまアルメリアを止めるために近寄ろうとしたら、リュカオンとマリーが俺の行く手を阻んだ。
「……私たちだって戦いたい」
「力を得ることができるならそうするべきだ。お前に止める権利はない」
「死ぬんだぞ!?」
正気とは思えない……自らの死にに行くようなことを止めない訳がない。
「でも、貴方も死にに行こうとしていた」
「それ、は」
俺にしかできないから……その言い訳は、口から出ることがなかった。
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