第85話 解決

「起きろ」

「ん……あれ?」


 倒れているメイ、アルメリア、マリーの所に行き、俺は声をかける。既に幻覚は見せられていなかったようで、今度はちょっと話しかけるだけですぐに目を覚ました。

 起き上がったマリーは自分が何をしていたのか思い出せないって顔で、俺の顔をぼーっと眺めていたが、背後に立っているニクスの姿を見て急速に意識を取り戻していったのか、俺から離れて魔力を完全に開放していた。俺も久しぶりに見るマリーが本気になった時の魔力は、離れているはずなのに身体が凍り付いてしまいそうなぐらいの極低温の風を生み出していた。


「ニクスの説得……説得? 取りあえず目的は成功したから問題ない」

「人間にしては強い方なのではないか? 誇ればいいと思うぞ」

「途端に調子に乗るのなんとかならない? もうちょっと謙虚さとか思い出してくれると俺としては凄く嬉しいんだけど」

「私は自らの力を等身大として捉えるようになっただけのことだ。お前の言葉通り、私の本当の力を使えば神々如きに後れを取ることはないのだからな」

「ちょっと原初の神に叩いてもらうかな」

「やめろ。世界が滅びるぞ」


 ちょっとビンタするだけで世界が滅ぼせる原初の神ってなんなんだよ。もはや世界に対していていい存在じゃないだろ。

 俺がニクスとちょっと親し気に話している姿を見て、マリーは困惑しているようだが、今回の俺の目的があくまでもニクスの説得であって戦闘ではないことは事前に伝えてあったのでなんとか飲み込んでくれたらしい。

 リュカオンとリリエルさんは滅茶苦茶呆れた感じでもう何も言ってくれないので、マリーあたりがニクスに対してなにか言ってくれることを期待していたのだが、どうやら文句があるのは俺に対してらしい。


「何をしたらあんな風になるのかしら?」

「殴ったら全然効かなかった。そしたら勝手に俺がお前の力を過大評価してただけだはみたいなこと言われてそのまま戦闘終了した」

「悔しくないの?」

「え、別に俺は世界最強目指している訳じゃないし……いいかなって」


 元々、俺は世界最強を目指していた時期なんてありはしない。そもそも、人間が神の如き存在に勝てないのは当たり前のことであって悔しいとか悔しくないとか、そんなことを考えるような相手ですらないのだ。人間単体が至ることのできる場所など限られているし、何処まで行っても人間は怪物すらも超越した存在には勝てない。だからニクスと力で競うなんて最初から考えてすらいなかった。


「ちっ……そもそも安定維持装置如きにも勝てんとは」

「ドラゴン如きが私に勝とうなど馬鹿なことを考えるものではない」

「人間を恐れていた装置の話など聞く耳持たん」

「だからドラゴンは駄目なのだ。人間には時折外れ値とも呼ぶべき怪物が生まれ、その力は神にすら匹敵することがある。神には絶対に勝てないようになっているドラゴンはそもそも人間と戦う土俵にすら立っていないのだと知れ。そうやって人間を侮っているから世界の個体数がどんどんと減っていく」

「ほう? なら私がここでお前を殺して自分が神よりも上の存在であることを証明してやろう」

「……私は異界の魂を持ち、人間として計り知れない力を持っていたヘンリー・ディエゴのことを警戒はしていたが、お前のことなど一度も恐れたこともないぞ。メイラレンティール」


 マリーとアルメリアに手を貸していたら、いつの間にかメイとニクスが再び戦いそうな感じになっていたのだが、これは止めた方がいいのだろうか。

 メイは確かに強いが、それは生物として限定された強さだ。一方、ニクスが持っている強さは生物を超越してシステムとして昇華されるほどの力。はっきり言って戦いを挑むことそのものが無謀とすら思えるほどの差があるのと思うだが、ドラゴンのプライドがある以上は止まることもできないだろう。


「はいはい、終わり終わり」


 仕方がないのでここは俺が間に入っておこう。メイは俺の言葉なんかで止まることはないが、ニクスはきっと俺の言葉を聞いてくれると思ったからだ。

 予想通り、俺の言葉を聞いてニクスは動きを止めてくれたがメイはドラゴンの身体を持ち上げて口から巨大な火炎ブレスを放った。


「少し反省していろ」


 ニクスはちらりと俺の方へと視線を向けてから、溜息を吐きながら空間を折り畳んでメイを何処かへと飛ばしてしまった。まぁ、飛ばしたと言ってもどうせこの空間の中の何処かへと移動させただけなのだから大して問題は無いと思うが……それにしてもニクスが俺の顔色を窺うようなことをするとは思わなかった。


「ニクス、異界の侵略者への対策が思いついたらいつでも連絡してくれ」

「……お前は、元の世界に戻りたいとは考えないのか?」

「え?」

「お前の魂は異界からやってきたものだ。その異界の支配者が意図してやったことなのか、それとも事故でこの世界で紛れ込んだのかは知らないが、お前はその影響で向こうの人生を失くしたはずだ。それを、取り戻したいとは考えたことがないのか?」


 失った人生、か。


「まぁ、思ったことがないって言うと嘘になるけど、今は帰りたいなんて思っても無いよ」

「それはこの世界に、縁ができてしまったから?」

「縁は大切なものだからね。できてしまった、なんて言葉は使うべきじゃない」


 それに、俺の前世ははっきり言って孤独に近いものだった。確かに幾人もの女性と恋愛をしたことはあるけれども、人生を共にするようなパートナーは終ぞ見つけることができなかった。そう考えると、この世界では俺を慕ってついてきてくれる人がいるこの世界の方が、俺は恵まれていると言えるだろう。

 帰りたいなんて、大人になってからは思ったことがない。それこそ、この世界に生まれた直後はずっと思ってたけどね。


「お前は強いな。私はきっとこの世界から放り出されたら、耐えられない」

「それはお前がこの世界を安定させる存在として生まれたからだろ?」

「そんなことは関係なく、私には自分がしたいことなどないのだ。だからここに閉じこもって世界を運営している方が合っている」

「それこそ、そう思い込みたいだけなんじゃないか?」

「なに?」


 引きこもりの人間にありがちな話だけどな……自分がそうしなければならないって思い込んでいるだけで、実際に外に出てみたら自分のやりたいことなんて幾らでも見つかる。


「自分がやりたいこと、探せばいいだろ。今からでもさ」


 夢を抱くのに年齢なんて関係ないんだからな。

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