第83話 面倒な奴

 うーむ……あくまでも仮説にすぎないのだが、もしかしてニクスにはこちらを直接的に攻撃する手段が少ないのだろうか。あれだけの魔力を持ちながら近づいてこないのは臆病な性格に加えて、俺が剣を使って戦う近接特化であることを見抜いているからと思っていたが、それでも外から一方的に魔法で攻撃してくることがないのはおかしいじゃないか。最初は俺の開門ゲートで背後を取られることを警戒しているのかとも思ったが、俺の開門ゲートを一度空間を使って避けながら反撃してきたことからもわかる通り、しっかりと対応できている訳で……ニクスが遠距離攻撃を仕掛けてこない理由がわからない。

 遠距離攻撃を仕掛けてこない何かしらの理由があるのだとしても、空間を折り畳みながらひたすらに逃げている理由もわからない。


「メイ、起きろ」

「う……うぅ……」

「駄目か」


 逃げ回っているニクスを追いかけるのを一旦諦めた俺は、ドラゴンの姿で転がっているメイに触れて声をかけてみるが起き上がる気配を見せない。幻覚を見せる魔法は異界の魂を持つ俺には通用しないとニクスが言っていたが、逆に言えばこれは対象者の魂に直接作用する魔法と言えるだろう。そんな無茶苦茶な魔法があるのかと思わなくもないが、こんな空間を支配して人間の認識を世界ごと改変することができる力を持っているニクスになら可能かもしれない。

 問題は、自力でなんとか解けてしまった俺にはこの幻覚に魘されている3人を解放する手段がわからない、と言うことだ。俺は勝手にこれは幻覚だと判断して破ることができたが、それは俺の魂が持つ特異性によるものであって、この魔法の持つ脆弱性をついたとかではないのだ。そうなると俺には外部からこの魔法を解除することなんてほぼ不可能であって、必然的に俺は孤独な戦いを強いられることになる。

 ニクスはこちらを攻撃してこないだけで圧倒的な格上だ。ニクス本人は全くそんなこと考えてもないだろうが、俺の攻撃なんて真正面から受けたって大した傷にはならないだろうし、空間を折り畳んでいるこの力を有効的に使えば俺なんて簡単に追い詰めることができると思うんだが……そこら辺の感覚は戦闘経験の差かな。


「させるか!」

「うわっ!? 急に出てきてなんだよ……そろそろ戦う気になってくれたのか?」

「なに? 私はこれでもずっと戦っている! お前からすれば私なんぞ取るに足らない相手かもしれないがな!」


 メイを起こされると面倒だと思ったのか、ニクスが空間からいきなり現れて俺に向かって手を突き出してきたので、それを普通に掴んでから反対方向へと投げ飛ばすと、再び空間を折り畳みながら消えて、俺の目の前に戻ってきた。


「あのさぁ……そろそろはっきりさせておきたいんだけど、お前のその力を使えば人間なんて簡単に殺せるだろ? 流石にちょっと人間のこと過大評価しすぎでは?」

「人間など大したことはないと思っている。だが、異界の魂を持っているお前がいつになったら本気を出してくるのかと心配でな」

「だーかーらー! 俺はそんな力持ってないって言ってるの! 異界の侵略者がどんな存在か知らないけど、神にしか対抗できない存在だとしたら俺には勝てないから助けを求めてに来ているようなもんなの! そろそろ自分が強いってことを思い出せ!」

「異界の人間の言葉など聞かん!」

「意地っ張りかよ!」


 やはり、最大の障害は俺が異界の魂を持っているという事実なのだろう。ニクスにとって言葉などもはや飾りでしかなく、ニクスの中にある巨大なトラウマを乗り越えなければ俺の声なんて届きやしない。ただ……そんなことの為に原初の神が動いてくれるとも思えないしな。

 本当にどうすればいいのかわからない。力で叩くだけならば何も考えずに挑めばいいのだが、どうにかしてニクスに自信を取り戻させなければならないと考えると全く頭が回らない。そんな風に頭を抱えそうになっていたら、空間を割って4人の人間が飛び込んできた。


「ちっ!?」

「おい、私の足を引っ張るなと言ったはずだぞ!」

「黙れ戦闘狂……私はあのお方の為に戦っているに過ぎない!」

「……連携、行けるか?」

「誰に言っているんですか?」


 4人の人影は2人ずつに別れて着地した。片方は処刑人と武人の凸凹コンビで、もう片方はリュカオンとリリエルさんのコンビ。どちらの方が優勢かは……今の会話を聞けばすぐに理解できるだろう。


「おい、何をしている」

「あ、主様!? この空間は……し、しまった!?」

「気が付いていなかったのか? てっきりお前が助けを求めていたのかと思っていたが」

「黙れ戦闘狂!」

「ちっ……たかが人間如きに手こずりおって」


 ニクスは俺と接している時は全く違う態度で、自らが生み出した部下2人が苦戦している姿に舌打ちしながらリュカオンとリリエルさんの方へと視線を向けた。


「私が自ら引導を渡してやる」

「いいのか? お前の後ろから迫っているそいつを無視して」

「なに!?」

「そろそろイラつきも限界なんだ……取り敢えず殴らせろ!」


 ニクスの意識が一瞬だが確かに俺から外れた。その隙をついて顔面をぶん殴ってやる。これほどまでに近づけたのは2度目……しかし、ぶん殴った感触があんまりなかったな。

 ニクスは顔面を殴られたことに驚いていたが、それ以上に吹き飛ぶわけでもなくたたらを踏むだけの現状に困惑していた。俺は力を込めて本気で殴ったんだが、どうやらニクスにとってはちょっと殴られた程度の威力だったようだ。そして、ニクスは俺が本気で殴ったことを察していた。


「これが……お前の本気?」

「そう言ってるだろ? お前は人のことを過大評価しすぎだ」


 異界の魂を持っている存在に殴られたら即死するぐらいのことを最初から叫んでいたが、俺の拳なんてたかが知れている。特に神々に比肩する強さを持つニクスにとっては、俺なんて本来ならば明確な格下のはずなのだ。それを勝手に虚像を作り上げて逃げ続けているのだが……臆病にも程がある。

 殴られた頬に触れながら、ニクスは困惑した表情をこちらに向けていたが、次の瞬間には俺の背後に回り込んでいた。紙一重で掌を避けた俺が渾身の蹴りを胴体にお見舞いしてやるが、それも数歩後退りするだけの威力。


「こんな、ものが?」

「あー……」


 目的は達成できたはずだ。ニクスは俺の力を身体で受けることで正確に把握した……が、これが必ずしもいい方向に転がっていくとは限らない。何故ならば、俺が敵ではないと知ってしまったからだ。


「私は、こんな雑魚に怯えていたのか」

「情緒がジェットコースターだよ、お前」


 いきなり尊大な態度で俺を見下し始めたニクスに、俺はため息を吐いてしまった。

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