第82話 臆病

 これは厳密に言えば戦いではなく、駄々をこねる子供をなんとか落ち着けようって行動だ。実際、真正面から俺がニクスと戦って勝てるかどうか……頑張れば勝てるかもしれないが、そもそも死んでも復活する身体を持っている相手に勝つ方法があんまり思い浮かばないので、勝てないかもしれない。

 ニクスは初めに、俺の動きを警戒しながら距離を取った。こちらが武器を主体に戦う相手であることを冷静に分析した結果、近寄ることを避けたと考えるべきだろう。ニクスの実力ならば相手の懐に飛び込んで戦うことだってできるはずなのに、それをしないのはやはり自信を喪失した状態のまま数千年以上放置されてきた結果なのだろうか。


「ほっ!」

「む……」


 手始めに取り敢えず斬撃を飛ばしてみる。刃の中に魔力を込めてそのまま飛ばす感覚で振るえば、魔力で形成された刃が飛んでいくのだが……ニクスはそれを大袈裟に避ける。実際にどうなるのかはわからないが、あれだけの魔力を持っている存在ならば片手で弾けるぐらいの威力だと思うんだが……どうにも臆病すぎる。原因はわかっているし、トラウマをさっさと克服しろなんて言うつもりはないのだが、いくらなんでも未知のものに対して警戒心が強すぎるだろう。臆病になっているとかトラウマになっているとか、色々と考えていたからきっと慎重な戦い方をするんだろうなと思っていたのに、まさか慎重なんてレベルじゃない動きをされるとは。

 この戦いの勝利条件はニクスが自信を取り戻して世界の運営に戻ること。彼が正常に世界を動かしていれば神々が戦争で世界を滅ぼすなんてことにもならないはずなので、なんとかして彼に自信を取り戻して欲しいのだが……どうすればいいのか全くわからない。


「くっ……何を考えている!」

「えぇ……」


 どうしようかなと考えていたら、急に苦悶の表情を浮かべながら大袈裟に距離を取ってこちらを指差しながら叫び始めた。これには俺も困惑して何も言えないのだが、もしかしてこれを続けるつもりか? 冗談だろう?


「それでも世界の安定維持装置として生み出された存在かよ。人間如きにそんな弱腰じゃなくてもっとこっちに向かってくる気概とか見せてくれないのかね」

「挑発か? 悪いがその手には乗らないぞ……近寄った瞬間に何をされるのかわかったものではないから」

「調子狂うなぁ……もっと大物然としてくれていた方が楽だったのに」


 なんでこうも小心者以下のなにかみたいな動きをするのかわからん。あれだけの力を持ちながらも他人に対して自分を卑下する気持ちになる理由が俺にはさっぱりわからないのだ。あれだけの力を持っている人間が、まさか他人の力を見抜くことができないほど雑な力の使い方をしている訳でもあるまいし……いや、単純に俺の中にある異界の魂という未知の部分に恐れをなしているのかもしれない。

 深く、疑り深く考えてしまえば、無力だと思っていた人間が急に異界の侵略者のように変貌するかもしれないと思っているのだろうか。確かにそれならばあの態度も少しは納得……できないな。それにしてもちょっとビビり過ぎだと思うから。


「ふんっ!」

「は?」


 全く近寄ってくる気配のないニクスに対して俺はひたすらに突っ立っているだけ。そうしているだけでニクスは勝手に焦り出して挙動不審になったりしているので、これは重傷だなーなんて暢気に考えていたら、ニクスが動いてくれた。動いてくれたのだが……その行動があまりに予想外過ぎて俺は呆けてしまった。

 両手を動かして何をしているのかと思ったら、ニクスの手の動きに合わせて空間がグネグネと動き始めたのだ。景色は歪み、ニクスは空間に折りたたまれるようにして何処かへと消えてしまった。ニクスが俺の目の前から消えても空間の捻じれは止まらず、俺はいつの間にか捻じれに巻き込まれてさっきとは頭の方向が逆になっていた。しかし、この空間には上下左右の概念がないのか、頭が逆になっていてもなにも変わっていない。


「マジかよ」


 今の所なんの影響もないが……これだけ広大な空間を自由自在に操って支配する力は圧巻のものだ。それこそ神の領域……人間が空間を支配する権利を持っていたとしてもここまでのことなどできないだろう。

 まぁ、心の中でニクスを褒め称えてもしょうがないのでこちらから再び出向いてやろう。既に敵に座標を送り付けてそこに飛ぶ手段は確立できた。俺は再び開門ゲートを使ってニクスの背後に飛んだ……つもりだったのだが、何故か砂漠に飛んでいた。


「貰った!」

「おっと」


 砂漠に飛び降りた俺は再び開門ゲートを使ってニクスの元に飛ぼうとしたら、それよりも速く砂の中からニクスが飛び出してきた。飛び出しながらこちらに向かって手を伸ばしてきたが、本能的に触れられたらマズいと考えて避けながら反撃しようとしたら、再び空間を折り畳んで何処かへと消えてしまった。

 逃げ腰、と言えばいいのだろうか。しかし、さっき伸ばされた手から感じた禍々しいと称してもいいだろうと思えるほどの濃い魔力から考えると、迂闊に触られたら死にそうな気がする。あくまでも臆病で慎重に動いているから弱く見えるだけで、実際には向こうの方が存在として遥かに格上であることは違いない。実力は戦闘経験の差で埋めることができるだろうが、単純な出力勝負をしたら勝てる気がしないと思うぐらいには、ニクスと人間の肉体的なスペック差は凄まじい。


「お、おぉ?」


 空間を折り畳んで消えたと思ったら、今度は砂漠の景色が折り畳まれて海に変わった。と思ったら今度は山に変わって、また最初の宇宙みたいな場所に戻ってきた。今の移り変わりに意味があったのだろうかと思ったが……まぁ、意味がないことはあんまりしないだろう。結果的に無意味になることはあっても、だ。


「私の想像以上の強さだな」

「いや、俺まだ殆ど何もしてないと思うんだけど」


 本当にちょっと移動して攻撃を避けただけだ。空間を支配して操っているニクスからしたら、移動能力の時点でかなり異質な存在だと感じるのかもしれないけど、これぐらいだったら人間でもできる奴なんて大量にいるだろうし、何を感じて想像以上の強さと思っているのか俺には全く理解できない。

 明らかにニクスは自分の中で敵を勝手に大きくし過ぎだ。実態以上の敵に臆して逃げ続けるなんて世界の安定維持装置がやっていいことではない。格上をしっかりと格上であると認識させる……非常に面倒だな。

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