第80話 開門

 無限に広がるような空間をひたすらに歩いている。何もない場所を歩いていると自分の中の時間間隔がゆっくりと狂って行くのを感じる。既に自分が何分こうして歩いているのか全くわからないのだ……はっきり言って異常としてか言えない状態だが、俺の精神はまだ正常なまま。

 ニクスは完全に俺のことを舐めていると思っていた。向こうは確かに神々に対してトラウマを持っているかもしれないが、俺は別に神の力を持っている訳でもないただの人間だ。確かに魔法は得意で人間の中では強い方かもしれないがそれでも人間の域を超えている訳ではないと自分で思っている。なのに、ニクスは俺のことを警戒してこうして仲間と分断しながら姿を現さずに戦おうともしていない。非常に面倒なことだが……これはニクスの厄介な所なのだろう。かつて原初の神に対して戦いを挑み、負けたことによるトラウマから他人と戦うことを極度に恐れていると言うことか。


「……クソ」


 激しい戦いになるのではないかと覚悟していた。処刑人と武人が俺の前に姿を現した時は、もっと激しい戦いになるだろうと予想したし、俺も無事では済まないかもしれないとしっかりと覚悟していた。なのに、待っていた現実は戦うこともせずにひたすらに歩くだけの現状だ。

 ニクスは人間のことを良く知っているらしい。人間の精神は脆い……こんな何もない、何も感じない空間に放り投げておけばたった数時間で精神がイカレてしまうことをしっかりと理解しているようだ。全くもって嫌らしいことだ……たとえどれだけの力の差があろうとも、それに立ち向かうだけの覚悟を持っていたと言うのに、まさか戦うことすらできない状態にされるとは思わなかった。


 更に歩き続けても景色は変わらない。耳は俺の呼吸音だけが響き、空間は鳴動するように動くだけで何も変化がない。敵が襲ってくる訳でもなく、ただひたすらに同じ空間を歩かされている現実に、俺は何もすることができない。

 気まぐれに創造クリエイトで武器を作ってみても、振るう相手がいなければ手慰みにもならない遊びだ。これで空間を切り裂く武器でも作ってやろうかと思ったが、それをするには俺の想像力が足りない。なにせ、空間をしっかりと切り裂く感覚なんて俺には想像することができない。これは普通の人間として生きてきた弊害……いや、人間ならば絶対にできないものなのだから悔やんでも仕方がない。


 これならひたすらに敵が襲い掛かってくる中で藻掻いている方がマシだった。いや、ニクスもそこら辺を理解しているから俺に対して敵を送り込む訳でもなく、こうして放置しているのだろう。しかし、そうなると奴は俺のことをずっと何処かで観察しているってことになる訳だよな。

 そもそも、ここはただの世界の隙間なのではなく、精霊界なのだ。精霊がどこかに姿を隠している可能性だってあるし、なんならそもそもこの空間が本当に無限に続いているかどうかもわからない。

 このまま永遠に歩き続けていても、きっと俺は気が付かない間にまた知らない場所に飛ばされるだけだろう。ここはしっかりと落ち着いてから覚悟を決めて、博打勝負だ。幸いなことに、ここには敵もいないので時間はたっぷりとある。なので……実験は好きなだけできると言うことだ。


開門ゲート


 まずは普通に開門ゲートを使用して感触を確かめる。

 いつも通り、普通にこの空間でも開門ゲートが使えることが確かめられたら、まずは外と繋げられるかを試してみるが……やはり世界の隙間から外へは繋げられないようだ。距離的な問題ではなく、そもそも世界が存在している座標が違うから飛ぶことができないって感じか。

 さて、開門ゲートが機能することがわかったのならば……次はいよいよ本番だ。。俺の扱う開門ゲートは基本的に指定した座標と座標を移動することができる魔法だが、その座標にニクスの存在そのものを結びつける。まだ顔も合わせたことがないような奴に対してそんなことができるものかと思うが、奴と俺の間には確かな縁が存在している。海神が繋いでくれたこの縁を辿ることで……もしかしたら俺はこの空間に隠れているニクスの元へと飛べるかもしれない。


 意識を集中させて目を閉じる。何もない空間を見つめ続けてもきっとどうにもなりはしない。大切なのは、俺がただニクスの元に飛びたいという意思と、縁をしっかりと手繰り寄せることができる意識だけだ。

 今までやったことがないことを、ぶっつけ本番でやるのだから上手くいくかどうかなんてわかる訳もない。しかし……やらなければ俺はこの世界を永遠に迷い続けることになるだろう。


開門ゲートっ!」


 集中している状態で、なにかが煌めいた感覚を信じて俺は開門ゲートを発動して目の前に扉に飛び込むと……そこには血を流して地面に横たわるマリーとアルメリアの姿……そして、それを見下ろす男。

 俺の思考が正常に動き出す前に、創造クリエイトで生み出した剣は男の背中から心臓がある位置を貫いた。


「な、に?」

「お前、ニクスか?」


 心臓を刺してから聞く言葉ではないと思うが、不思議と目の前のこいつが絶対にニクスだと俺は確信していた。自分の魔法である開門ゲートがここに繋げたからこいつがニクスだと思ったのではなく、本当に見た時にこいつが俺の倒すべき敵なのだと勝手に思い込んだのだ。

 殺すつもりはないなんてメイに散々言っておいて、初手で心臓を貫いてしまったことには自分でも驚いているが、こいつが敵なんだと認識して、マリーとアルメリアが傷ついて倒れている光景を見せられて冷静ではいられなかった。


「そのまま抑えていろ!」


 大きな声がしたのでそっちに視線を向けたら、人の姿から巨大なドラゴンの姿に戻っていたメイが口から大量の火炎を吐き出した所だった。

 いや、そのまま抑えてろって……このままだと俺も死ぬんだが!?


「ドラゴン如きが図に乗るな」

「ぐぁっ!?」


 しかし、心臓を貫かれているはずのニクスは手をかざすだけでメイのブレスを真っ二つに裂いて周囲に散らし、魔力の乱れもないままメイの巨体を不思議な力で吹き飛ばしていた。


「貴様も、いつまで私の身体に張り付いているつもりだ?」

「お前が倒れてくれるまで、かな」

「そうか……死ね!」


 触れていた身体が消えて、次の瞬間には胸に剣を刺した状態のままニクスが俺の背後に回り込んでいた。瞬間移動ってより……時間が飛んだみたいな、動きだ。

 目の前に迫る謎の光に対して、俺は思い切り目を瞑った。

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