第79話 ハメられた

「あれが、精霊界への扉です」


 ヨハンナに案内されるままに訪れた場所には何もないように見えた。しかし、ヨハンナが歩き出すと……は姿を露わにした。


「これ、門……なのか?」

「はい。精霊界へと繋がる門です」


 空間が歪んで目の前に門が出現する。それはまるでで、なんだか不思議な感覚だった。他人が俺の開門ゲートを見た時にはこんな風になっているんだなってのがわかったから。


「ならさっさと乗り込んで殺しに行くぞ」

「だから殺さないって」


 珍しく俺の背後を黙って歩いていたメイは、扉が現れた瞬間にちょっと不機嫌そうな顔をしてさっさと中に入ろうと言ってくるのだが、そもそも俺はニクスを殺さないと約束しないと一緒に行かないと言ってある。

 俺が強い意志を乗せてメイの方をじっと見つめると、ため息を吐きながらやれやれと首を左右に振られた。まるで俺の方が聞き分けの悪い奴みたいな感じを出しているが、聞き分けが悪いのはメイの方だからな。


「準備とかは、しなくていいの?」


 開拓地を攻略する時にはいつも必ず最善の準備をしてから向かうことを知っていたマリーは、俺が突発的に行動しているように思えたのかそう言ってくる。まぁ、実際にヨハンナから精霊界への行き方を聞いて、ここにやってくるまでに1日しか経過していない。ついていくと決めたマリー、アルメリア、リュカオン、リリエルさんは準備するのが1日しかなかったと言っていたが、俺としては逆にそんなに準備するものがあるのだろうかと思ってしまった。


「そもそも開拓に行く訳でもないし、ちょっと苦情を言いに行って、戦闘になったらぶん殴って黙らせるだけだから準備なんて必要ないよ」

「それでも、普段の貴方なら絶対に完璧な準備をしていたはずよ」


 そうかもしれない。普段の俺だったら準備することで精神を落ち着けようとしていたと思うし、なにより準備していなかったことを後悔することが本当に嫌いだったからしっかりと準備をしていたと思う。しかし、今回の話は開拓とは別なのだ。

 まず、遠征をする訳でもないのでそこまで重い荷物を持ってくる意味はない。そして、戦闘に備えると言って持って来るものは基本的に奇襲に使えるものか、俺の調子を整えるものなのだが……前者は全く意味がないので持ってきていない。どうやって監視しているのかは知らないが、ニクスは俺の動向を逐一把握している。処刑人と武人を俺に送り込んできたのがいい例で、奴は俺がどんな動きをしているのかしっかりと把握している。だから、奇襲用のものを用意しても基本的に役には立たないだろうと考えて持ってきていない。そして後者に関しては……それこそ無意味な話だ。


「準備なんてしなくても、俺の身一つで絶好調だよ」


 今の俺は本当に絶好調だ。海神が俺に対してなにかしたとか、そんな訳ではない筈なのに……何故か俺の身体は絶好調を維持している。これなら無駄に荷物を持っていく必要もないし、なにより本当に戦いに行く訳ではないのだ。ただ、神々を秘匿することをやめるように言って聞かなかったら殴るだけの話だ。

 俺の異様な雰囲気を感じ取ったのか、マリーは息を飲んでそのまま黙ってしまった。別に威圧するつもりなんて俺にはないのだが、精霊界への扉に近づくにつれて俺の身体が異常に好調を維持し続けていることが関係しているのかもしれない。


「では、開きますよ」


 ヨハンナがそう言ってから魔力を扉に放つと……ゆっくりと扉が開き始めた。

 世界の隙間……精霊界。対策もせずに突っ込むと人間としての形を失って世界から消えると海神は言っていたが、もしかしたらそれの成れの果てが精霊なのかもしれない。

 ちらりと背後にいる仲間たちに目を向ける。彼女たちは、俺と同じようにニクスの名前を知り、過去を知ったことで縁が結ばれているはずだ。存在が消えることはないだろうが……万が一を考えるとあまり連れて行きたくはない。でも、ここで置いていったら滅茶苦茶怒られるだろうから黙っているしかない。

 扉が完全に開き、その先の光景が見えてきた……次の瞬間には、引きずり込まれるように中へと移動していた。


「なっ!?」

「景色が!?」

「……向こうがこちらを認知してわざと引きずり込んできたぞ」

「みたいだな」


 ヨハンナが扉を開けた瞬間に、中にいる誰かがこちらを引きずり込んできた。まぁ、十中八九ニクスのやったことなのは間違いない。

 逃げることができないと理解して、せめてこちらに有利な条件で戦おうとわざと引きずり込んできたのだろうが……その引きずり込んできた本人が姿を現さないとは、本当に臆病な奴だ。

 精霊界、世界の隙間とはどんな場所なのだろうかと想像していたが、まさかこんな幻想的な景色とは思わなかった。足がついているのかついていないのか、感覚的にわかりにくい場所を歩きながら、俺は360度全方位に広がる宇宙のような景色にちょっと惚れ惚れとしていた。


「まさか、またこうして貴様と対面するとは思わなかったぞ」

「くく……嬉しいな。こうして好敵手と再び相まみえることができるという事実に、俺は感謝しているよ」


 美しい景色を見ながら歩いていた俺の前に、怒りの形相を浮かべた処刑人と、嬉々とした表情で俺に向かって拳を突き出す武人がいた。

 ニクスの配下なのだからここにいるのは当たり前と言えば、当たり前なのかな。それにしても、武人の方は消されずに済んだらしい。


「あのお方の手を煩わせるまでもない……ここで死ねっ!」

加速アクセル


 処刑人が剣を片手に突っ込んできた所、俺の背後から物凄いスピードでリリエルさんが加速しながら剣を足で蹴ってから胴体に拳を叩きこんでいた。


「ふっ!」

「俺が相手だ」

「ほほぅ?」


 今度は武人が腰を低くして拳を突き出してきたが、それを真正面から受け止めたのはリュカオン。拳を受け止められた事実に嬉しそうな笑みを浮かべた武人は、ちらりとこちらに視線を向けた。


「この男を打ち砕いてから、お前に再戦を申し込むとしよう」

「俺を打ち砕くか……やってみろ」


 獣人の膂力と人外の膂力がぶつかり合った瞬間に衝撃波が発生して、周囲で煌めていた星々が宙を駆け巡る。まるでこの場所そのものが胎動しているかのような動き方に、なんとなく気味が悪いと思いながらもちらりと背後に目をやると……そこには誰もいなかった。


「は?」


 再び振り返ると戦っていたはずのリリエルさんとリュカオンもいない。

 これはもしかして……ハメられたか?

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