第77話 しっかりと話し合うしかない

 大まかなことを話した俺は、口を閉じてからその場にいる全員の顔を見た。当然ながらその場にいる全員がそれぞれ違った表情をしている。

 アルメリアとマリーは想定通り、驚き戸惑っている顔。リュカオンは如何にも次期族長らしく将来のことを考えて難しい顔で悩み、自分はただ言われるがままに動く兵士だと割り切っているリリエルさんは涼しい顔でお茶を飲んでいる。そして……メイは無表情を顔に貼り付け、シルヴィは俺の想定外の表情をしていた。普段から涼しい顔をしているシルヴィは、俺が原初の神に出会ったという話を聞いた時から驚いた表情で固まり、今は明らかに動揺していた。

 メイの無表情も気になるが、それよりも基本的に表情を崩さないシルヴィが動揺している理由が気になってしまった。


「どうした、シルヴィ」

「大地の女神は、生きているのか?」

「まぁ……俺だって直接会ってる訳じゃないからわからないけど、海神の口ぶりからすると原初の神はそもそも影響を受けていないし、他の神々だって死んでいる訳ではなさそうなんだよね」


 あくまでも信仰を失ったことによって力と肉体を失い、地上に姿を持って顕現することができなくなっただけのように思える。原初の神々はそもそも他の神々とは違って概念から生まれ存在ではなく、世界のシステムそのものから生み出されている存在だから神としての側面を失って世界の根幹に関わるシステムとして存在し続けているのだと思う。つまり……シルヴィが気にしている大地の女神も、世界が滅んでいないのだから生きているはずだ。そもそも神に死の概念があるのかどうか知らないが。


「そうか……神は生きているし、世界の外からの敵か……中々、不愉快な話だな」


 シルヴィとは真逆に、いつもの不敵な笑みを消して無表情のまま激情を身体の内に秘めていたメイが、ぽつりと言葉を零した。同時に、メイの全身から溢れ出たのは圧倒的な殺意の奔流。苛立ちを隠さずに放つメイに対して、シルヴィと俺を除いた4人が即座に戦闘態勢に入ったほどだった。

 メイが神に対してそれなりに思う所があることには気が付いていた。彼女はドラゴンとして誇り高い存在であると自分を定義し、それに従って彼女は自らの存在こそが最強なのだと証明するように敵を求めている。そんな中でも、彼女が強さとして上げながら戦うことを諦めた存在が……神だ。神の力は余りにも強大で、生物が挑むものではないという諦観が彼女の中にあるのを俺は知っていた。そして、メイはその諦観に対して苛立ちながらも、神々は古代の存在であって現代には存在しないことを言い訳にして生きてきたのだろう。もう戦えない相手と競い合っても仕方がないのだと、自分を無理やりに納得させていた。しかし……その相手が現在でも普通に生きていることを知ったのならば、話は別だ。


「その世界の安定維持装置とやら、私が殺す」

「殺しちゃ駄目だって言っただろ。世界を安定させるための存在だから殺すのは駄目だ」

「どうせ次が生まれると言っただろう?」

「それに対しても、恐怖を知らない無謀な安定維持装置よりも今の恐怖を知り、慎重になることを覚えた存在が自分の役割だけを全うする方がずっといいって説明したはずだけど?」


 知りながらそうやった言うのはよくないことだなぁ。

 メイは、ニクスを殺すことで神々を復活させ……片っ端から戦いを挑んで自らの最強を証明し続けたいと思っているのだろう。それに関して否定するつもりはないが、世界の安定の為に存在している奴を、メイの個人的な感情の為だけに殺させる訳には行かない。俺は役割を間違えている機械を叩いて直しに行くだけの話で、殺すことなんて全く考えていない。

 更にメイの身体から魔力が溢れ出し、家をギシギシと軋ませながら圧力をかけてくるのだが、俺はそれに対して怯むこともなく真正面から否定する。圧力で対応してくる奴には毅然とした態度を貫き通すことが肝心だ。それに、契約によってメイは俺に対して暴力を振るうことはできず、今やっている圧力をかける行為だってグレーゾーンの行為……メイはそれも理解しているはずだ。

 どれだけ圧力をかけても俺が引き下がらないことを理解したのか、メイは大きな溜息を吐いてから圧力を消して、不機嫌そうな顔で肘をついてそっぽを向いた。


「で、今回の話を全員に話した訳だけども……理由はこの話がみんなにとって無関係ではないと思ったからだ。そして……ニクスとの決着が俺が1人でつける」


 覚悟を決めてそう言った瞬間に、全員から睨まれた。


「ここまで話しておいて1人で片付ける? 相変わらず冗談が下手なのね……私を置いていった時みたいに1人で全部解決するつもり?」

「いや、置いていったんじゃなくて喧嘩別れしたんであって──」

「こんな話を聞かされて俺が解決するから無事を祈っていてくれなんて、納得できるわけがないだろう」

「同感だ。私は森の守護者として世界樹を守る義務がある。そして……それは世界を守ることに繋がると私は信じている。逆に言えば、世界を守ることが世界樹を守ることに繋がるのだ」

「それは無理があるだろ」

「私を置いていかないで」


 うーん……非難轟々だな。いや、俺がもし逆の立場だったら確かに同じことを想ったかもしれないけど、みんなに話せていない俺が異界の魂を持っている存在だって話を考えると、どうしたって俺が決着をつけなけらばならない話なんだと納得してくれる……訳ないよな。

 メイからも無言で睨まれているし、肝心のシルヴィはまだ動揺したままで助け船は出してくれなさそうだ。


「世界を守るとか、私にはどうでもいいことです。ただ……ヘンリーさんを守りたい」

「私とアルメリアは貴方についてきたの。別に貴方に守ってもらいたいなんて思ってない……世界を守る為に戦うって言うのならば、その戦いにしっかりと連れて行って」


 特に押しが強いのはアルメリアとマリーだ。俺を1人で戦わせることはないと言わんばかりに迫ってくるのだが……正直、気乗りしない。


「ニクスとやらがぶん殴るだけでは世界の情勢は解決しないだろう。神々が復活すれば再び神々の戦争が始まるかもしれないし、神々が復活したところで絶対に異界の侵略者とやらに神が勝てる保証もない……お前の考えは甘すぎる」


 リュカオンの言いたいこともわかる。ニクスをぶん殴ってはい終了で終わるのが理想だが、実際にはそうならないのだから色々と考えなければならない。

 だから……まずは、ここら辺をしっかりと話し合うしかないか。

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