第76話 やるべきこと

「余程のことなのだろうな?」


 人の姿になったメイが若干不機嫌そうな顔でやってきた。これで全員が揃ったことになるが……どうにも俺が真面目な話をすると聞いて、大事なのだと全員が察したらしく、凄い真剣な雰囲気になっている。いや、大事と言えば確かに大事ではあるんだけども……今回はまだ触りだけだからそこまで構えられるとこっちの方が気圧されてしまう。しかし、割と大事な話ではあるのでしっかりとこちらも真面目な顔になって喋るとしよう。


「前提から話さないといけないことが沢山あるから、取り敢えず質問は後で……一気に聞くから」

「わかりました」


 世界の安定維持装置であるニクスをぶん殴ろうぜって話をする前に、まずこの世界の現状を話さないといけない。


「遥か古代に存在していた神々が、人間の記憶から消されようとしている。神について意識したり、興味を向けたりすることができなくなっているのがこの世界の現状だ」

「……いきなり質問した過ぎる言葉が出て来たわね」


 わかる。マリーの言いたいことはわかるけど、一々質問を挟んでいたら一生話が進まないことは目に見えているのでここは我慢して欲しい。


「神を消そうとしているのはこの世界そのものが生み出した、世界を安定して運営するための存在で、神々の戦争によって世界が崩壊しかけたことを考えて神をこの世から消そうとしている。勿論、この安定維持装置だけの力で神の存在を消せる訳ではない」

「神々は、かつての戦争で疲弊して大地から消えた。どうせそこから復活できないようにしただけで、神を倒している訳ではないのだろう?」

「まぁ、そうなんだけど……」


 シルヴィの言葉に俺はなんと返せばいいのかわからなかった。やはり大地の女神によって生み出された存在だからなのか、神々の力については嫌と言うほど知っているようだ。

 そう……世界の安定維持装置如きでなんとかできるほど、神という存在は優しくない。だから、神々が戦争によって疲弊した隙に、人間から信仰を奪って力を失わせたのだろう。力を失った神々は、肉体を保つこともできずに世界に散らばっているのか、それとも何処かの異界に逃げたのかは知らないが……とにかく、そういう感じみたいだ。


「ここまでなら神について人間が知ることができなくなっているだけで済むんだ。勿論、これだけでも大問題ではあるんだけどな。だって人間が自分たちの過去、ルーツを知ることができないんだから」

「ここまでなら? 他にも問題が?」

「……夜に空を見上げると、光っているものがあるだろう?」

「星、ですよね。急にどうしたんですか?」

「あれ、実は異世界の光、らしいんだ」


 異界の光がそのまま星のように煌めいて見えている……宇宙がないと聞いた時は意識が飛んでいきそうなぐらいの衝撃を受けたものだが、この世界で生まれて生きてきた人間にとってはどういう風に聞こえるのだろうか。そもそも宇宙を知らない人間は、どのようにして空の上を想像していたのだろうか。


「異世界の光が……星?」

「星が異世界の光って、つまりどういうこと?」

「あの光が全て異世界からの光であり、神々がいなければ異世界からやってくる侵略者に近い将来、この世界は滅ぼされることになるだろうって話を聞いた」

「ちょっと待ちなさい!? いきなり世界が滅ぶとか言われても意味わかんないわよ!」


 そりゃあそうだ。マリーが最初に声を上げて反応してくれたが、この場にいる俺以外の全員がそう思っているだろうから、そこはしっかりと説明しないといけないだろうな。


「まぁ……神ってのはこの世界で最強の存在な訳だろ? それがいないと、異世界の神には勝てないってことだ。侵略者が容赦する訳ないのはわかるだろ?」

「それは、そうだけど……」

「だから、俺は神々を復活させる。その方法はもうわかってると思うが」

「……その世界の安定維持装置とやらを殺すのだろう? 全く、お前はいつも変なことに首を突っ込んでいるな」


 メイにすら呆れられるとは。しかし、これに関しては俺がやらなければならないことなのだ。誰に何と言われようとも俺が何とかしなければならないことであるのは変わらない。と言うか、誰かがやらないと世界は滅びる。だったら、それを知ってしまった俺が動くのは当たり前のことだ。


「殺しはしない。恐怖心から暴走しているだけで世界の安定維持装置自体は必要だからな」

「だが、世界の安定維持装置なんてものは無くなれば勝手に生えてくると思うぞ? だから今の暴走している奴をさっさと殺して新しいのに挿げ替えた方がいいに決まっている」

「それをすると、次に生まれてくるのはまた何も知らない世界の安定維持装置だろう? 恐怖も知らない奴が世界を守れるとは俺には到底思えないから、暴走だけを止めておきたい」


 物事に恐怖するというのは別に全てが悪い訳じゃない。恐怖心を持つと言うことは、それだけ危機管理ができるということなのだから、無謀に突っ込むことは無くなる訳だ。そうなってくれるとこちらとしてはありがたい。なんにせよ、世界の滅亡を止めるには神に力が必要なように、安定維持装置であるニクスの力も必ず櫃世になってくると俺は思っている。だから、殺しはしない。

 俺は当初、神々の存在を秘匿している奴は自分こそが世界の支配者なのだと気取っているいけ好かない奴だと思っていた。そして、その通りの存在だったのならばメイの言う通りに、俺は普通に殺していただろう。だが、相手が感情を持っている、世界を良くしようと善意で動いている奴だとわかったのならば話は別で、ぶん殴ってお前は間違っていると言ってやるだけでいいのだ。

 恐怖とは、生きているものが誰でも持っている普遍的な感情なのだから、それに抗うことも逃げることもまた、生物としての選択なので俺は何も言わない。ただ、世界を巻き込むことだけはやめろと言いに行くだけの話だ。


「……質問、そろそろいいですか?」

「まぁ、大体話し終わったかな」

「では……この話、どこで聞いたんですか?」

「原初の神から」

「原初の神……まさか、会ったと言うのか?」


 アルメリアの質問に対して端的に答えたら、メイとシルヴィは目を見開いて驚いていた。この2人からすると、原初の神は他の神々とは全く違う存在であることを知っているのだろうな。だからこそ、こんなに驚いている。

 うーん……海神は俺の前に簡単に現れたけどな。

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