第73話 原初の神

 海神を名乗った青年は、俺が口を開いたまま啞然としている姿を見て笑っていた。如何にも、神と名乗れば絶対に驚くだろうと思ったと言わんばかりの笑いに対しても、俺は特に反応を返せなかった。なにせ、本当に目の前にいるのが神なのだとしたら……今まで俺が考えていたことは全て的外れだったことになるではないか。


「驚きすぎだぞ? そろそろ会話がしたいぞ、私は」

「す、すいません……ちょっと予想外過ぎて」

「だろうな。大方、神は既に全員が地上から去ったと考えているのだろう? たわけめ……大海原の化身である私が、どうやってこの地上から去ることができる。大海原そのものである私にとってはこの場所こそが、存在できる唯一の場所なのだ」

「そ、それは……」


 つまり、大地そのものである、世界樹を植えた張本人の大地の女神とやらも……まだこの世界の何処かにいる可能性があるということなのだろうか。

 ともかく、海神がこの場所に留まっている理由はわかった。どんな巨体なのだろうと思っていた相手が、まさかの細身の青年……しかも俺の身長よりも低いとは夢にも思わなかった。しかし、そんなことはどうでもよくて、今は聞きたいことが大量にあるのだ。


「……」

「どうした? 黙り込んで」

「いえ、その……色々とお聞きしたいことが、ありまして」

「そう畏まるな。畏れてもいない相手に畏まった所でなんにもならんのだろう? お前のような奴はそもそも神に対して敬意も敵意も持っていないからな」


 いや、流石に敬意ぐらいは持ってるぞ?


「神である私に対して不躾に質問していいのかどうか迷っているのだろう? どうせ、後から全部聞く話なのだからさっさと聞きたいことを言え。私は質問されることよりも、長々と時間をかける奴の方が嫌いだ」

「わかりました」


 神とは、人間のように1柱ごとに性格が違う。その性質をしっかりと理解してから喋りかけないと、後でどんな天罰が下るかわからないので神の相手は慎重にしなければならない。それは、直に接しているからこそなのではなく、たとえ偶像に対して祈っている時ですらそうなのだ。

 目の前にいる海神は、回りくどい言葉を嫌うタイプの神だと考える。真っ直ぐだからこそ時に融通が利かないこともあるだろうが、基本的には自分が正しいと思ったことをやるタイプの性格……なるほど、それさえわかってしまえば後は彼の考える正しさが何処にあるのかを知るだけで会話になるだろう。


「ふ、ふふ……人間が私を前に色々と考え込むのはいつの時代も変わらないな。たとえ信仰が失われようとも、人間の形は変わらないも馬鹿よな」

「あやつ……俺は、その神々の存在を世界から秘匿している存在について聞きたいのです」

「そうか……まぁ、そうだろうな。私に会いに来た時点で要件などそれぐらいしかないだろう。しかしなぁ……あやつは非力で臆病で慎重で馬鹿だから、お前でも尻尾を掴んで引きずり出すのは難しいぞ?」


 散々な言われようだな。臆病で慎重な部分は俺は長所として考えるが、馬鹿ってのはどういうことなんだろうか。


「奴に明確な名は無い。強いて言うのならば……この世界が生み出した、安定維持装置、と言ったところか」

「安定維持装置?」

「世界が崩壊しかけた時に生まれ、世界を維持する為に生まれた存在だと言うことさ。最初に奴が生まれたのは……冥界の神と天空の神が大喧嘩をした時だったな」


 冥界神と天空神が喧嘩するって、余程のことじゃないか?


「冥界の神、天空の神、大地の神、そしてこの私、大海の神は原初の神と言ってな。他の神々より先に世界に生まれた存在なのだ。我々が生まれた時はまだ世界がこんな安定した姿ではなく……なにより異界からの侵略者が大量にいた」

「異界からの侵略者!?」

「あぁ……この世界の外側には違う世界があり、それが無数に広がっている。人々は空に浮かぶ他世界をと呼んでいるが、あれは異界の光だ」


 え、宇宙無いの!?


「で、なんだったか……あぁ、奴が生まれ時の話か。我々原初の4人がそれぞれの領域を統べ、異界の侵略者たちを世界から追い出してから……様々な生物が生まれた。その時の領分で兄者たち……まぁ、冥界の神と天空の神が喧嘩を初めてな? 一瞬で世界の生命の9割が消し飛んだ」


 なにしてんのこの神たち。


「その時ばかりは世界そのものがヤバいと思ったのか、安定維持装置として奴を生み出した。生み出されたばかりの奴は世界によって生み出された自分こそが世界を安定させる全能の存在だと信じ切って、自信満々に兄者たちの喧嘩に割って入り、瞬きする間に50回は殺された」

「えぇ……」

「それ以来、奴は直接神々と相対することなく、様々な謀略を使って世界の安定を図るようになった。つまり、奴が表に出てこなくなった理由は、兄者たちに蹂躙されたトラウマだな」


 あほくさ。


「そして、時代が進んで神が概念の数だけ増えたことで再び神々の戦争が起こり……それを好機と見るや奴は世界の安定の為と神々の存在を人々の記憶から消していった。神は信仰心を糧に力を得る……人間から忘れ去れた神などなんの力も持たぬただの神秘的な存在でしかない」

「なるほど……ん? 信仰心がないと存在できないのに、原初の世界に存在していた4柱は?」

「ふ」


 おい、鼻で笑ったぞ。つまり目の前にいる海神は……いつでも力を発揮することができる状態にいるってことか? しかも、そんな力を持った奴があと3柱もいて、世界について静観しているってことだよな。


「我々も世界のシステム側の存在ではある。奴が世界を安定させたいという気持ちは理解できるし、神としての側面も持っている我々からすると信仰を奪う奴を殺してやろうかと思う気持ちもある。原初の神々は相反する感情を持っているが故に……静観することにした。人間が奴を破って神々の存在を取り戻すのならばそれでよし、奴が生み出した偽りの平和の中で滅んでいくのならばそれはそれでよし……とな」

「偽りの、平和」

「断言しよう。このまま神の存在を忘れ、世界の安定維持装置如きに飼い慣らされ続けていると、遠くない未来には異界の侵略者によってこの世界ごと滅ぼされる」


 つまり、神々を取り戻すとまた戦争によって世界が滅ぶかもしれないけど異界の侵略者には勝てる。逆に、神々を取り戻さないと異界の侵略者によって世界が滅ぶ。

 うーん……詰んでないか?

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