第72話 海神
海に刺さった巨大な槍、と言われてどれくらいの大きさを思い浮かべるか。多分、人によって思い浮かべる大きさは違うと思うが……俺は普通に海から突き出る槍みたいなものだと思っていた。しかし、実際に見てみると……そのスケールに圧倒されてしまう。
波を受けても全く微動だにせず、海の中に佇む威圧感のある山。あれが槍の持ち手だって言うんだから恐ろしい大きさだが、なによりこれを槍として扱っていた存在が過去には地上にいたって言うんだから……もう訳がわからないぐらいだ。しかし、なるほど……確かに、神々について調べている俺をこれに近づけたくない理由はわかった。見ているだけで、なにか力のようなものが伝わってくる感覚がある。
「触れてもいいんですか?」
「触れるって……どうやってあれに近づくつもりですか? まさか海を泳いでいくとか?」
背後に立っていたあの槍の研究をしているという学者に許可を求めたのだが、触っていいかの前にちょっと馬鹿にされた。確かに、大きさ的にぱっと行って触れるものではないだろうが、そこまで言わなくてもいいじゃん。
「そもそもあれを調べてどうするんですか? 正直、新しい発見なんてもうないと思いますが?」
「そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれない。研究ってそういうものではありませんか?」
「それは、そうですけど……でも、はっきり言ってあんな過去の遺物を調べたって何にもなりませんよ。海神の槍とか、よくわからないものですし」
そのよくわからないものを解き明かすのが研究ってものだが……これは認識が改変されているからこうなっているんだろうな。ここで研究している人たちは、最初はこれがなんなのか気になったから研究していたはずなのに、遥か古代の存在が遺した傷跡のようなものだとわかり、それが書物に出てくる海神なのではないかと辿り着いてから……彼らの情熱は一気に消えた。今では、海神の槍ということだけがわかっていればいいだろうと言わんばかりの態度なのだが、それでもここから離れずに研究を続けていると言うことは、きっと神々について世界ごと改変されても、心の中ではなにかを知りたいという欲が溢れているのだろう。
世界の改変を乗り越えて、その欲望が外に漏れだした瞬間にその命を刈り取るのが、恐らく俺が戦ったあの処刑人や青肌の武人だったのだろう。
「とんでもない発見があるかもしれないですし、もしかしたらただの岩の可能性だってあるかも。それが楽しいんですよ」
「不思議な人ですねぇ」
神々について知られたなくないから世界が改変されている……逆に言えば、あの海神の槍を研究している人たちが全員改変されているのならば……あの槍をこれ以上調べると、きっと何かが出てきてしまうのだろう。神が消えた理由に関することか、あるいは神が復活する方法なのか。それが何なのかは全く想像もできないが、あの槍を調べることで神々を恐れている奴らの主とやらにとって恐怖の象徴たる神に関する何かが起きる。だから、改変を完全に受け付けなくなってしまった俺を、これに近寄らせたくなかった。
さて、海の中にあるあの槍にどうやって触れるかだが……まぁ、単純に水の上を歩くって方法はある。魔力を使って表面張力を利用することで水の上に浮く技術は存在しているが、あの海を渡れるほどかと言われたらあんまり自信がない。いっそのこと、空を飛ぶ方が現実的な気がしてくる。
そうなると普通の手段で行こう。
「船とか、ありませんか?」
「は?」
小舟を借りた俺は、結構荒れている波を超えながら海神の槍に近づく。
海神の槍の影響なのか、この周辺の海は常に荒波らしい。数十メートル規模の船で移動できないほどのものではないが、常に白波ぐらいで穏やかになる時がない。これがもし海神の槍の影響なのだとしたら……解放するだけで大陸が沈められるぐらいの力はあるんじゃないだろうか。
ここで疑問になってくるのが、この槍の持ち主である海神は何と戦ってこんな槍をここに落としたのだろうか、ということだ。残存魔力からしてなにかと戦っていたことは間違いないのだろうが……その相手が何者かわからないのだから不思議なものだ。もしかしたら、別の神と戦っていたのかもしれない。
考察を脇に置いて、俺はなんとか海神の槍にまで近づき……そっと手をかざした。近くに来ると本当に山って感じの大きさに感じてしまうほどの岩の塊。これで海から上に露出している部分は全てが持ち手の一部でしかないって言うんだから、全長がどれくらいなのか想像もできない。ましてや、この槍を扱っていた海神はどれだけの大きさだったのか……古代のロマン、とでも言えばいいのだろうか。とにかく、人間とは何もかもスケールが違う存在に俺はちょっと圧倒されてしまった。
ペタペタと岩に触れてみるが、特になにかある訳ではない。俺の予想では、触れた瞬間にパーッと光ってなにかが出てくる……なんてゲームみたいな演出でもあると思ったんだが、どうやら俺は選ばれた勇者ではなかったらしい。
「よいしょっと……ふぅ」
岩の一部にロープを括りつけて船を繋ぎ止める。そして……思い切り岩を蹴って上に飛ぶ。魔力を含めた身体能力には自身がある。とんとん拍子でそのまま上に登っていき……数分もすると岩の頂上まで辿り着く。
上から眺める海の景色は美しく、これが海神の視点だったのかなんて考えるとなんとも感慨深くなってくる。しかし、いつまでも感慨にふけっている場合ではない。俺はここに神について研究しに来たのだから、景色を見る必要はない。
「ほぉ? 人間か……このような気配を漂わせる人間がまだ生き残っていたとは、驚きだな」
「え?」
岩の頂点でペタペタと地面に触れていたら、急に目の前に青髪の青年が現れた。いつからそこにいたのか、俺には全くわからなかったが……少なくとも敵意を向けてきている訳ではないので戦闘態勢には入らなかった。
「ふ……いい反応だ。私が少しでも攻撃する素振りを見せていたら、すぐさま反撃していただろうな?」
戦闘態勢に入らなかっただけで、別にいつでも戦える状態ではあった。それこそ青年が言う通り、少しでも攻撃されたら即座に反撃する心構えはあった。
「よい。勇気ある者に免じて私の所有物に触れた無礼を許そう」
「……所有物?」
「我が名は……今は失われている。ただ、人間は私を海神と呼ぶ」
「海神!?」
あれぇ!? 神はもういないんじゃなかったの!?
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