第71話 恐怖
「……自らの勝利に納得がいかないか?」
「まぁ……正直、アンタの気持ちを踏みにじったとは感じているよ」
「そんなことは気にする必要はない。これはルールが決まった決闘ではなく、命の奪い合いだったのだからな……俺は自らの信条として真正面からの一撃勝負を望み、そしてお前はそれに応えなかった。ただそれだけの話だ」
「それだよ。アンタがせめて、卑怯だと俺のことを思い切り罵倒してくれたら、勝負なんだから勝った方が偉いと誇れるものを、そうやって綺麗に受け入れてしまうから俺の方が逆に惨めな気分になってくる」
頭ではしっかりと理解している。俺とこいつの関係はあくまでも殺し合うものであり、そこにルールなんて存在せず、最後に立っていた方が勝ちの勝負。そこに卑怯も汚いもなく、ただただ先に相手を倒した方が勝者で、死んだ方が敗者の戦いなのだと。そう、頭ではしっかりと理解しているのだが……心ってのはそう簡単なものではない。
一撃による真剣勝負を望みながらも、それに相手が応えないのならばそれはそれでいいと、戦いを無駄に神聖なものにせず、それでも自分の心だけは裏切らないように戦っていたこいつの姿は途轍もなくかっこよかったと俺は思う。俺にはそんな真っ直ぐな戦い方はできない……できないからこそ、少しだけ憧れてしまうものだ。
「胸を張ってしっかりと誇れ。それが勝者の義務だ……敗者に情けをかけることなどあってはならない……勝者とは生き残ったものであり、敗者とは死んだものなのだからな」
「……わかったよ」
個人的に納得いかないことばかりだが、それでも敗者がそう言うのならば俺はそれに従うまでだ。勝ったのは……俺なのだから。
右腕を切断され、両足の腱を切られたことで立ち上がることもできなくなった男の隣に俺は腰かける。周囲の時は止まったまま……まだ、時間を動き出そうとしない。以前の処刑人のように逃げ出したりもしないこの潔さが、余計に心苦しい感じを煽ってくるが、その感情は奥にしまい込んで俺は目的を果たすべく口を開く。
「神々について、全てを消し去ろうとしているお前たちの主は……何者だ?」
「俺も良く知らない。ただ、俺はあの方の命令に従い、あの方の言われた通りに敵を殺す拳だった。そして、俺はそれでいいと思っていた……自らの存在意義だとか、自らがどうやって生まれたとか、そんな小さなことに目を向けずに俺はただ言われた通りに敵を倒す。その為にこの拳を鍛え上げた」
「じゃあ普段は何処にいる?」
「それも知らない。俺は普段、星が輝く暗闇の中でずっと待機している。そこが何処なのかも俺は知ることができず、あの方は俺に対して意思だけを伝えてくるのだ」
「意思?」
「声なき声、とでも言えばいいのか……とにかく、俺の頭にあの方が何をしたいと思っているのか、その意思だけが伝わってくる。俺はそれに従ってひたすらに戦い続けてきた」
十中八九、こいつを生み出したのはその主人とやらだろう。それにしても、自らが生み出した手先にすら自分の全てを明かさないとは、用意周到にも程があるだろう。
「わかっていることは多くないが、俺の知っている全てを話そう」
「いいのか? それは裏切りと同じなんじゃ」
「いいも悪いもない……俺はここで死んでいる。敗者とは死者のことだ……死者の口が勝手に開いて喋ったところで、なんの裏切りになる」
すっごい屁理屈だ。
「まず、お前が考えているであろうことを否定する。あの方は神ではない」
「それは……」
「神ほど万能の力を持たず、そして神と戦えば敗れる……そんな方なのだ」
いきなり、重要な情報が出てきたな。つまり、神々の時代が戻ってくるのを恐れているのは、神々が現れたら自分の力ではどうしようもなくなってしまうから? 神々の力が余りにも強大すぎて、自らの力では世界そのものを制御することができなくなってしまうからということか。
「そして、俺が知っているあの方の唯一の情報だが……あの方は異界を恐れている」
「異界?」
「その詳細は知らない。ただ、あの方から届けられる恐怖の感情は、常に異界と神に向けられていた。あの方がどのような立場から異界と神を眺めているのか知らないが、あの方は自分が世界を征服したいとか、人間を思うがままに動かしたいと思って神々の証拠を消しているのではなく……ただ、恐怖から逃れるためにやっているのだ」
恐怖から、逃れる。それは人間と何も変わらないと言うことになると思うのだが。
生きたがり……そう表現すればいいのだろうか。死という絶対的な恐怖から逃げ続けているということは、人間と共通しているように見える。そう……生物の人生とは、根本的に死から逃れようとするものなのだと俺は考える。
神々の力が強大だから、異界とやらが怖いから、だから逃げる。
「あの方の心には常に恐怖があった。死ぬことへの恐れ、立場を奪われることへの恐れ、人間が自らを超えるかもしれない恐れ、そして自らの存在そのものが消えてしまうかもしれない恐れ……恐怖から逃れるために、あの方は色々と暗躍している」
正直、共感できてしまう自分がいる。死の恐怖は恐ろしいものだ……自らが1度体験しているからこそ、俺はあの方とやらの恐怖に共感してしまう。だからこそ、死ぬべきだと俺は思う。自らが死にたくないから、世界を滅茶苦茶にしてしまってもいいなんてそんな理屈が通る訳がない。
全てを語って満足そうにしている男の身体が、少しずつ透け始めた。これは……処刑人が消えた時と同じような現象なのだろうか。
「……お前のような強者と戦うことができてよかったと思う。全てを話した俺はもう二度とお前と会うことはできないかもしれないが……もし顔を合わせることがあったら、もう一度戦おう」
「今度こそ真正面から、な」
気持ちのいい奴だと俺は思った。
卑怯なんて言葉は存在しないと思っていても、実際にそこまで割り切れるような奴なんて早々いるものではないだろう。俺が今まで出会ってきた中で、一番と思えるぐらいに性格がいい奴だった。
「ふ……海神の槍、調べてみろ」
「それを阻止するのがお前の仕事だろうに……そんなことしてるから、俺の前に現れることができないかもしれないんだろ?」
「そうだな。だが……あぁ……自らの本性に、嘘は吐けないと言うことだよ」
その言葉を最後に、男は消えた。
同時に、周囲の止まっていた時が動き始める。
「海神の槍、か」
調べてやろうじゃないか。
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