第70話 一撃の勝負

 1度逃がした相手、掴んだ尻尾は逃がすつもりはない。

 まずは目の前にいる青肌の男を戦闘不能にするところからだが……以前の処刑人のようにこちらが認識できない攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。充分に注意して、最初は様子見から始めよう。


「……悠長だな」

「なに?」


 俺の足が半歩下がったのを見て、そいつは笑った。

 まさか既に何かを仕掛けられているのかと警戒してみるが、特になにか変化が起きたようには見えない。しかし……男はそのまま笑い続けていた。


「俺は細かな戦いをするつもりはない。一撃必殺……それが俺の信条だ」

「は?」

「無駄な攻撃がないのは美しいと言うことだ。連続攻撃などナンセンス、全てが一撃で片付くからこそ美しい……冗長な戦闘など見るに堪えないだろう? だから俺の信条は一撃必殺、全てを一撃で砕くのが俺が心掛けていることなんだ。勿論、その通りに全てが上手くいく訳ではないし、実際に一撃で勝負の全てが決まることの方が少ないのは理解しているが、あくまでも自分の信条としてそうありたいと思っているだけのことだ」


 なんだ……こいつ、ひたすらに自分の心構えのことを喋っているが、なにが言いたいのかギリギリ理解できそうで理解できないぞ。

 一撃必殺を重んじている奴が、何故こうもベラベラと喋るのか理解できない。冗長な戦闘が見るに堪えないのは理解できなくもないが、そもそも戦闘の前にベラベラと喋る奴の方が俺は見るに堪えないと思うが……これも奴の作戦かなにかなのだろうか。


「そう身構えなくていい。お前はきっと、この喋っている時間こそが俺の仕込みなのではないかと警戒しているのだろう? わかるとも……お前のように敵と分かった瞬間に明確に真っ直ぐに殺意を向けながら、心を落ち着けて冷静になれるような奴はそういない。お前は俺に向けて殺意と共に最大の集中力を見せている訳だからな。この長々と喋っている時間で俺は何かの準備をしていて、そしてその力こそが一撃必殺に繋がると思っているんだろう? しかし俺はそんな野暮なことはしない……戦いは美しいものだ。人と人が互いの命をかけ全てを絞り出して相手を殺す為にぶつけ合う……実に美しい、人の生き様の全てが現れているものだと思わないか?」


 止まらないな。よくもまぁ、口から長々とそんな言葉が沢山出てくるものだ……俺は元々口下手みたいなところがあるから、こいつみたいにベラベラと喋ることなんてできやしないし、そもそも戦いを美しいなんて思ったことはない。

 命のやり取りはある種、神聖な儀式の様でありながらも、必ず薄汚く醜いものでなければならないと俺は考える。それは、どのような理由があろうとも人の命を奪うと言う行為が人間にとって禁忌であるからだ。戦いは醜いものでなければならない……あいつにとって一撃必殺で美しく片付けるのが信条ならば、俺にとっては醜く戦うのが信条だ。


「さて、長々と話したが……終わらせようか」

「本当に一撃で決めるつもりか?」

「さっきも言ったが、実際にそんなことになることはそう多くない。ただ、俺はそれを目指して日々鍛錬を繰り返していると言うだけのことだ……勿論、今日も俺は一撃で終わらせるように最初の一撃に俺の全てをかける」


 嘘ではなさそうだ……なにより、目の前の男の目が雄弁に語っている。必ず一撃で俺を殺すと。

 はっきり言って、一撃勝負になると俺は滅茶苦茶不利だ。俺が得意とする魔法である創造クリエイト開門ゲートではどうしても一撃の重さを出すのは難しい。創造クリエイトを使って一撃に特化した武器を作っても、俺にはそのノウハウがないので中途半端なものになってしまうかもしれないし、そもそも慣れていないことをして目の前のこいつに勝てるかどうかはわからない。

 足を開き、腰を引いて拳を構える男は、明らかに慣れ切っている。自らの全てを一撃に乗せることに、そしてその一撃で相手を殺すことに慣れている動きだ。付け焼き刃で戦えば、逆に俺が危険な目に遭うだろう。なら俺はどうするべきなのか……既に答えは出ている。


「……なにをしている」

「なにって、迎え撃つ構えだろうが」


 俺は男の同じように腰を引いて拳を構える。足をしっかりと開いて重心を下げることで効率的に力を拳に伝える……なるほど、これは確かに一撃が重くなりそうだ。


「お前のことは知っている。多種多様な武器を生み出す魔法と、マーキングした場所へと転移する門を生み出す魔法を得意としている、変幻自在の戦い方が特徴的なはずだが……俺の信条を聞いて戦い方を考えたと言うのならばやめておけ。お前に対して語った俺の信条は、あくまでも俺が心掛けていることであって、他人に強制するものではない。俺は一撃で片付く勝負が美しいと思っているが、お前のように変幻自在の手数で戦う姿を否定することはない……美しく感じるかどうかは別として、戦いとは勝利してこそ意味があるのだからな」

「同意だな。勝たなければ何の意味もない……そして、

「……後悔するなよ」


 きっと、俺は奴の信条を聞いて自らのスタイルを捨てたと思われているのだろうが……俺は基本的に自分の意思を曲げることが大嫌いだ。他人から何と言われようとも、俺は自らの戦い方を貫くだけだ。

 互いに必殺の構えの状態のまましばらく動かずに待っていたが……なんの打ち合わせもしていないのに、2人同時に動き出した。

 1歩。俺が踏み込んだそれに対して、敵の1歩は余りにも大きかった。距離が長いとかではなく、重い1歩だったのだ。音として、地面に伝わる振動として、目に見える気迫として、余りにも俺と奴の1歩の違いがありありと見て取れる。

 2歩。既に大きな差が俺と奴の間に生まれていた。大地を蹴り、確実に身体に力を伝えている奴に対して、俺の2歩はただ前に進んだだけ……その違いはきっと、次の3歩の後に繰り出される拳に現れるだろう。

 そして、3歩。こちらに向かって飛んでくる拳は、空気を破裂させるような音と共に俺に迫り、俺が繰り出すそれとは全く別物であった。これが一撃に全てをかけた男の拳……それを見ることができてよかったと、俺は心の底から思った。


 空気が破裂する音と共に、が男の腕を切断した。目を見開いて硬直する奴に対して、これを最初から考えていた俺は流れるように両足の腱を切断して、そのまま顔面に拳を叩きこむ。


「がはっ!?」


 一瞬の勝負だった。

 互いに一撃が繰り出されると奴の隙をついた俺が勝った。この戦いは、ただそれだけのことだ。


「ふ……ここまでしてやられるとは」

「思い込んだら一直線って性格だと思ったからな。お前、単細胞みたいな頭してそうだったし」

「違いない」


 はっきり言って、今回の俺の勝利は滅茶苦茶卑怯なものだと思う。そのはずなのに……倒れた男は嬉しそうに笑っていた。

 なんと言うか……戦いには勝ったはずなのに、気持ちでは負けた感じだ。

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