第69話 掴んだ尻尾

 家のリビングでバラバラと書物を広げる俺に対して、誰も何も言えないって感じで距離を取られている。原因は勿論俺自身にあって、鬼気迫る勢いで書物を捲りながら調べ物をしているからだろう。もしかしたら、滅茶苦茶怖い顔をしているかもしれないが……それぐらいには内心が穏やかではないので仕方がない。

 書物を広げて色々と調べている理由は、神々について調べて欲しくない奴がどうやって世界の常識を改変しているのか、それを知るためである。書物を調べるだけでその方法が浮かび上がってくる訳ではないが……どうしても人の思考を誘導する能力を働いているだけあって、どこかに歪みが生まれているはずなんだ。そこを完璧に消すことができる程の力を持っていたら、真実に近づこうとする存在を殺すための処刑人なんて存在している訳がない。処刑人の存在自体が、真実の改変そのものが完璧ではないことの証明になっている。


 人を勝手に籠の中に入れて、上から目線で見下ろしている存在が気にくわない。言葉にすればそれだけのことなのだが……どうにも腹が立ってしょうがない。俺はこんなにも怒りやすい性格だっただろうかと思ったのだが、俺の頭に湧いてくる怒りは本物なのでどうしようもない。


「……ピリついてるわね」

「私も、あんなヘンリーさんを見るのは初めてです……と言うか、基本的に飄々としていることが多いって言うか」

「私もあそこまで怒っているのは見たことがない。それなりに怒っている姿は見てきたけど、あそこまではね」


 ちらちらとなにか見られながら言われているような気もするが、そこは気にせずにそのまま俺は書物を並べながら何処かに存在しているであろう違和感を探し続ける。既に何度も目を通した書物に、今更そんな探せるほどのなにかがあるなんて本当かどうか……自分でも半信半疑になってしまうような話だが、もしここにそれが無かったら俺は完全に手詰まりになってしまう。だから……本当にあるかどうかもわからないものを、俺はひたすらに追いかけるしかないのだった。



 無理だ。

 あんだけ追いかけるしかないとか思っておきながら、書物を数時間睨み付けていたも全く見つけることができなかった。あれ以来、俺が神々の真実について近づいていることはないのか、覆い隠したい連中からの介入は受けていない。いや、もしかしたら処刑人を一度撃退しているせいで、様子見に徹した方がいいと思われているのかもしれない。俺からすると、襲われることになろうが事情を知っている奴と顔を合わせることができる機会はありがたいことだから、もっとバンバンと襲い掛かってくれた方が楽なんだが……向こうもそれはわかっているのか、全く関与してこない。


「……仕方がない」


 こうなると、残された手段は1つしかない。実際に神が遺したとされる遺物を見に行くことだけだ。つまり、山の向こう側……海に刺さった海神の槍を見に行く。話は何回も聞いたことあるが、実際にその海神の槍とやらを見に行ったことはないので、少し興味はある。それを見たからって必ずしもなにか進展がある訳ではないだろうが……それはそれとして、気分転換にはなるだろう。

 そんな風に考えていた俺の思考まで読まれているのか、周囲の音が消えたのを感じ取って俺は目を向ける。さっきまでこちらを見つめて話していたマリーとアルメリアの姿はなく、なんなら家のリビングからいつの間にか、何もない空間に移動させられていた。


「どうしても知りたいようだな」

「お前、部下か? それとも神々の時代に戻したくない本人か?」

「ふ……お前如きがあのお方に会える訳がないだろう」


 なるほど、本人は出てこないらしい。

 察するに、俺が海神の槍を見に行こうとする、その行為そのものが奴らにとって余りにも都合が悪いものなのだろう。それはつまり、俺がその海神の槍に近づけばなにかしらに気が付くことがあるということだ。俄然、やる気が湧いてくるってものだ……少なくとも、目の前の奴をぶっ倒して早くその海神の槍を見に行きたいと思うくらいには。

 なんとなく尊大な感じの態度で喋りかけてきたのは、身長が2メートル以上ありそうな男……人間かどうか怪しい感じの、肌が青色の男だ。絶対に人間ではないのだろうが、前の処刑人が割と人間みたいな奴だったからいきなり人外みたいな見た目を見せられて困惑している。


「あのお方は人の為にやっている。お前は知らないだろうが、神々が地上に再び舞い降りるということはつまり、混沌の時代が戻ってくることでもあるのだぞ? 強き者が幅を利かせ、弱き者はひたすらに搾取され続ける……そんな理不尽な世界では不安だろう? だからこそ、あのお方は弱き者を助けるために──」

「物は言い様だな」

「……なんだと?」


 弱者救済……言葉にすれば誰だってその正しさに酔うことができる素晴らしい考え方だ。根本的に自らが優れていると思い込んだ奴しか口にすることができない、吐き気さえ感じてしまうほどの理想論。


「そもそも今の世の中で、その弱き者が搾取され続けていないとでも? 今だってそんなに大して変わってないだろ……強い奴が全てを搔っ攫って、弱い奴はただひたすらに地面を這いつくばっていることしかできないのは、何も変わっていない」

「神々の時代を知らないからそんなことが言える。あの混沌の時代に比べれば、今の世の中は平和そのものだ。人々は幸福に生きていくことができる」

「人の幸福は相対評価だ。人間が生きている限り、半分は幸福で半分は不幸になるようにできるんだよ」


 この世の幸福と不幸は表裏一体。誰かの幸福は誰かにとっての不幸……そんなことも理解しないで誰もが幸福な世界なんて、無理に決まってるだろ。


「それにしても、ようやく尻尾を見せた訳だな」

「なに?」

「あのままずっと関わらないで放置しておけば、俺はお前らに辿り着くことができなかったかもしれないのに……我慢できずに出て来たから、俺は確実に尻尾を掴む」


 以前は何が起きているのかよくわからなかったから、チャンスを逃してしまった。だが……次はない。今回は確実に、世界の真実まで辿り着いてやろうじゃないか……そのための情報を知っている奴は、俺の目の前にのこのこと出てきたのだから。

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